第33話 ランサムを手にした男

 宿へ戻ってきたツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊の面々。

 それぞれ自室へ戻ろうとした時、

「晩餐会への招待状が届いております」

 支配人にそう言われ、疑問を抱きつつも会食室を向かった。




「ここね……」

 長机と椅子が整然と並べられた会食室。

 マキータは警戒しつつ入室した。

「すごい! 美味しそうな料理がいっぱい並んでますよ!」

 アキヤは無警戒に部屋に飛び込み、滅多に有りつけないような御馳走を手当たり次第に頬張った。

 アサミラも近くの肉を手掴みで口に運んだ。

(……毒はないようね)

 マキータや他の選手達も適当な席に座り、まだ暖かい料理を皿に取り分けた。

 と、そこへ。

「お口に合いますか?」

 男が現れた。全身ビシっと決めたフォーマルスタイルの、桑年の男。上座に座った。

「あ? 何だお前誰だ?」

「アサミラさん! 無知が過ぎますわ!」

 家庭環境から社交場での礼節を知るシルヴィ、男の前に進み出てお辞儀をした。

「初めまして、お会い出来て光栄であります。大統領」

「だ、大統領!? ってことはタニー・ミキか! 初めて見たぜ……」

 アサミラの言葉は礼を失していたが、大統領タニー・ミキはそれを咎めずニコリと笑った。

「初めまして。元気のいいお嬢さん方だ、ここ最近の連勝も頷ける」

「それで」

 離れた位置に座ったままのマキータ、立ち上がりもせずにタニー・ミキに言葉を向けた。

「一体何の用でしょうか。私達を呼び出した目的をお聞かせください」

「目的かい? 決まっている」

 タニー・ミキはマキータの前に歩み寄り、両手を広げてみせた。

「君だよマキータ。君が欲しい!!」

「!」

 一瞬、会食室内に衝撃が走った。

 君が欲しい……即ち、移籍の誘いである。

「お断りします」

 マキータは勿論、そんな誘いには乗らない。


 マキータはツツーミ王国で生まれた。幼い頃よりヴェストレーヴェ隊の活躍に胸躍らせ、憧れていたマキータ。このチームでプレーする事を誰よりも誇りに思っている。

 そしてランサムを想う。突然現れた出自も分からぬランサムであるが、誰よりもチームを愛し、命をかけて勝利を目指している。彼の熱いプレーに胸打たれぬ者がいようか。いや、いまい。

 ランサムと出会って以来、マキータの心の中にはいつだってランサムがいた。

 そんなマキータが、移籍などする筈がないのだ。


「フフ、そうか。しかしマキータ、これを見てもまだそう言えるかい?」

 タニー・ミキが指を鳴らした。

 すると奥から、また一人の男が現れた。

 その男に、マキータは見覚えがあった。いや、マキータだけでなくこの場の誰もが。

「あ、貴方は……!」

 鍛え抜かれた肉体、端正な顔立ち、そして白と紺のユニフォーム……。

「ラ、ランサム!!」

 そんな筈はない……マキータは思った。

 しかし、その姿形はランサムと寸分狂い無いものだった。






 ――城下町の路地裏。

 会食室での出来事など知る由もなく、角材を構えているランサム。キッシュとの戦いが始まっていた。

 初球はストレート――ランサムはフルスイングした。

 しかし、いつも使うバットとは勝手が違う。芯を外し、ランサムの打球は建物の壁に当たった。

「どうしたランサム、それではヒットとは呼べないな」

「くっ……!」

「まさか、通常の球場ならヒットコースだったなどとは言うまい。壁に当たったらファール、それがこの路地裏野球のルール……!」

 キッシュは二球目を投げた。変化球。ランサムはバットには当てたが真っ直ぐ飛ばず、建物のガラスを割った。

「ツーストライク、追い詰めたぞランサム!」

「……それはどうかな」

「何?」

「今の二球で、僕は角材バットの癖を掴んだ。面が平らな分むしろ普通のバットよりも扱いやすいくらいだ」

「聞き捨てならないなランサム、たとえそれが本当だとしても、たった二球で俺の球が見切れるものか!」

 キッシュの三球目。

 力の篭った、渾身のストレート。

 内角高目、バットより重い角材で振り遅らせる事を狙った速球。

「見切った!!」

 ランサムは小細工などしない。どんな勝負のどんな球も、全身全霊で応える。

 つまりフルスイング――角材の面はボールを捉えた。

 そして圧倒的なパワーと緻密で繊細なテクニックを兼ね備えたランサム、ボールを真っ直ぐ、キッシュの頭上を超えるように弾き飛ばした。

「ば、馬鹿な!」

「これが答えだ、キッシュ!」

 キッシュはその場に崩れ落ちた。

 自信を持っていた完璧な筈の球を打ち返された。そのプライドは粉々に砕かれてしまっただろう、一日二日で立ち直れるものではない。

 しかもランサムが使っていたのは、そこらに落ちていた角材である。そのショックたるや想像を絶するものであろう。

「キッシュ」

 膝をついたキッシュに、ランサムは手を差し伸べた。

「良い勝負だった! 次は、球場で戦おう!」

「ラ、ランサム……」

 ランサムには相手を批難する気持ちなど微塵も無かった。

 ただ野球を愛する者同士、全力の勝負をした。それだけだったのだ。

 なればキッシュは有望で才溢れる選手、此処で心折れるよりも更なる成長を願う、それがランサム。

 キッシュは、ランサムの宇宙の様に広い心に触れ、心が洗われていくのであった。

「ランサム、俺はお前に言わなければならない事がある……」

「何だ?」

「実は、俺は…………グハァ!」

「!」

 突如、吐血し倒れ伏したキッシュ。

「キッシュ!? キッシュ!! ……ハッ!」

 揺り動かすが意識が無いキッシュの襟首、よく見れば“〓”の焼印があった。

 そして、それが燃えるように赤い光を発している。

「フン、役立たずめ」

 路地の奥、キッシュの背後から一人の男が現れた。

 フードを深く被っているが、その顎部の形状からアゴ族である事は明白だった。

「お、お前は!!」

「ランサムのデータも満足に取れぬとはな」

「ウ、ウッツィクァーワ!!!」

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