第26話 限界ランサム領域

 オーサーカバイソンズとの死闘を勝利で終えた翌日、移動日。

 ツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊の面々は、オーサーカを出立し北方のダイセンへ向かう。

 ダイセンはTホーク地方第一の都市である。聞くところによると、錬金術が発達しているらしい。


 穏やかな晴天の日だった。ワイバーンの背に揺られ、ランサムはうたた寝をしていた。

 同じワイバーンの背に乗るのは、他にはアキヤとシルヴィ、そしてマキータ。

 マキータはランサムの寝顔を見た。なんとも穏やかで、安らかで、どことなく子供っぽい寝顔。

 普段の、引き締まってこの上なくハンサムな顔とは大きく違う。そのギャップに、心穏やかならざる婦女子など存在出来ようか。いや、出来まい。

「ちょっとマキータ、貴女はランサム様の事どう思っているの?」

 不意に、シルヴィがそんな事を訊いてきた。

「どうって……彼は素晴らしい選手です。チームが連勝を続けているのも、彼の力があってこそです」

「そうではなくて、ですわ。ランサム様は今も貴女の家で寝泊まりしてらっしゃるのでしょう?」

「ビジターが続きますから、あまり家には帰っていません」

「私、ランサム様をお父様に紹介いたしましたの。お父様もいたく気に入ってらしたわ」

「父親に?」

 まだ封建主義の価値観が色濃く残るこの世界、親に殿方を紹介するとは即ち、婚約にも近い行為であった。

「そ、そうですか……それが何か」

「もし、ですわ。今シーズン優勝出来たら。私、ランサム様に結婚を申し込みますわ」

「……」

 シルヴィの言葉に、マキータは心中かき乱された。

 しかし当然の事として、ランサムと自分は特別な関係ではない。故に、彼女の行動を止める事など出来ないのである。

(でも、ランサムは……)

 時々思う事がある。ランサムはツツーミ王国に束の間降り立った救世主、役目を終えれば消え去ってしまうのではないか。

 その覚悟は持っていなければならない。しかしチームメイト達には、確実ではないその考えで混乱を来す訳にはいかず、言い出せない。

 ふと、マキータは眠るランサムを見た。変わらぬ姿、しかし。

「ランサ……ハッ!」

「ど、どうしました?」

 目の錯覚か。マキータには、ランサムの体が一瞬透き通ったように見えた。

 まるで、この世から半分消えているように。

(い、いや気のせい……私も、疲れているだけ……)

 そう思い込んだ。






 ――懐かしい匂い。

 ランサムが目を覚ました時、そこは見覚えのある景色だった。

「ここは……西武ドーム救護室? 何故僕はここに……」

 ベッドに寝かされていたランサム。頭の重さに気が付いた。

「これは……」

 頭に、帽子型の謎の器具が装着されていた。鉄製で機械が組み込まれている。それから伸びたコードは、ベッド横の巨大な機械に繋がっていた。

 言うまでもなく、西武ドームの医療設備は世界最高峰である。しかしこの器具は明らかに怪我や病気を治す類のものではなかった。

「ラ、ランサム!? 何故!?」

「君は……セラテリ!?」

 部屋の隅に男が立っていた。セラテリだった。

 しかし目覚めたランサムを見て、明らかに動揺している。

「セラテリ、これは一体どういう事なんだ? 僕は何故ここにいる?」

「ランサム……そうだな、隠し事は無用……そうさ私は、君の肉体を乗っ取ろうとしたのさ!」

「ぼ、僕の肉体を!?」

 セラテリは、計画をゆっくりと話し始めた。

 ランサムの持つ無敵の肉体……それさえ手に入れれば、プロ野球での活躍は約束されたようなもの。セラテリは自らが設立した研究施設も利用し、出資者も見つけ、そして肉体交換の技術を作り上げたという。

「それだけじゃない。ランサム、私は君のその鍛え上げられた肉体に魅せられていたんだ……だが!」

「だが……?」

「理論は完璧な筈にも関わらず、肉体交換は上手くいかなかった! 君の肉体の持つパワーが規格外過ぎたのだ! 交換の途上で、器具は負荷に耐えきれず暴走! 君の肉体は次元の割れ目に飲み込まれてしまった!」

「な、何だって!? しかしこの肉体は確かに僕のもの……一体何が……?!」

「フフ、次元の割れ目が何処に繋がっているか、そして何故今戻ってきたのか。そんな事はどうでもいい! ランサム!」

 セラテリは、帽子型の器具を手に持っていた。ランサムに装着されているものと同様、巨大な機械に繋げられている。

「セラテリ!? まさか……」

「出力を五十倍に上げた! 今度こそ……今度こそ!!」

「セラテリィィィィィ!!!」

 機械のスイッチを入れるセラテリ。その瞬間、室内に青雷が走った。

 遠のく意識、その中でランサムは確かに見た。

 機械の側面に描かれた、“〓”のマークを――。

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