羽鳥楼は問う
赤城涼華
大問1 幸せとはなんですか?(1)
「麻田さん、あなたの思う幸せとはなんですか?」
彼女の質問はいつも急である。
そして哲学的。
難解な問題だ。
僕なんぞの凡人が答えられるわけないのに―――。
「どうなんだろう………考えたこともなかったよ。正直なところ、今の僕が幸せかどうかさえ分からないなぁ。僕より大変な人がいるのは事実だろうし、でもだからといって自信満々に幸せですとは言えないし………。羽鳥はどう思うの?」
彼女ならきっと素晴らしい意見を持っているはずだ。
深く、味わい深い意見を。
僕なんかの凡人なら、一生かかってもたどり着けないような答えを。
「少し話は変わるのですが、麻田さんは太宰治著の『ヴィヨンの妻』という作品をご存知ですか?」
「聞いたことはあるよ。確か現代文の授業かなにかで紹介されていたような気がするなぁ。でも読んだことはないし、内容も分からないよ。知ってるのは題名だけだね。」
「そうなのですね。では説明します。この作品の中に、『人間三百六十五日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。』という文言があります。この言葉もご存じありませんか?」
「ごめん、聞いたことないなぁ。」
「そうですか。いえ、かまいませんよ。それでは、この文言について話しましょう。まず、この文の気になる部分を上げていただきたいのですが、もちろん、『四年に一度閏年が来るから一年が三百六十六日の年もあるじゃないか』という指摘は本題から外れるので置いておきます。では麻田さん、今述べたこと以外で指摘したいことはありませんか?」
「さっきから一つ思ってたことがあるんだ。心配がないっていうことと幸せだということが、いまいち僕の中で結びつかないんだよね。」
「というと?」
「つまりね、心配がないっていうのは、単にマイナス要素がないだけで、プラス要素が必ずしもあるわけではない。だから幸せとは限らないんじゃないかな、ってね。」
「それもありますね。ご名答です。」
「丁寧なお褒めの言葉、ありがたく頂戴するよ。」
「麻田さんには珍しく、という言葉が枕詞としてあることをお忘れなく。」
余計なことを………。
「話を元に戻しますが、まだ指摘できる部分はありますよ。お分かりになりますか?」
「これが大正解の答えだと思ったんだけどなぁ。―――分からない。答えを教えてくれないかな。」
「答えはありませんよ。いつも言っているじゃありませんか。すべての問題に答えがあるわけじゃなくて、答えなんてない問題の方がはるかに多いのですよ。それに、仮に答えを求めるとしても、私のような愚者に聞くのではなく、もっと聡明な方に聞くべきだと。」
羽鳥は十分聡明だと思うが。
まあ、細かいことを指摘していると、いつまでたっても話が進まない。
ここはおそらく、話を合わせるのが良案だろう。
「うん、そうだったね。じゃあ、羽鳥の意見を聞かせてよ。」
「分かりました。私の指摘したいことはたった一点です。もしこの言葉が正しいのであれば、私たちはほぼみんな幸せだということです。」
続く
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