或る赤ずきんの想区の話

加藤雅利

第1話 赤ずきんの退場と交代


『想区』――


 ストーリーテラーによって規定された『主役』及び他の人間たちが役割を演じ、一定の物語を作る世界。

 物語は、初めから終わりまでが決められている。

 そして終結、つまり『おしまい』に到達した段階で、間をおいて新たな『はじまり』が開始される。

 まるで絵本を読み終わった後に、最初のページに戻り、読み始めるように。

 無限に連なる一定の物語の世界。

 起こる出来事は、定められたもの。台本に書かれた通りに、役者たちは物語を演じ続ける。

 ただし、例えば物語を14:00分に読み始めたとして、14:30分に読み始めた物語は、違う部分を持つ。

 読んだ時間、回数のカウント、もしかすると本を置く位置。人が話を音読するのであるならば、2度目の抑揚は、まったく同じわけではない。

 同様の事が、物語を繰り返す想区世界でも起こっている。

 役割が同じでも、演じる役者が違う。

 運命の書という台本が与えられているに過ぎない。

 また、想区世界に生きる人々は、すべからく『運命の書』に従って生きることに、何の疑問も抱かないのだった。

 そして想区という世界は、ある『物語』をベースとして作られるている。大元となる物語は『原典』と呼ばれ、原典に書かれた内容をなぞるように、進行するのだった。


 今もまた、想区世界では物語が繰り返されていた。




* * *


Actor生成......


Role01をロードしています......



Debug:Name Role01, ActID = 000982.


運命の書を書き込んでいます......



Debug :Write Completed!! RoleRoad Finished. Line 2894. return = 0



* * *


――赤ずきんの想区――


 森の中、緑の草木は赤で彩られた。

 花の色よりも濃く、透明度の低い赤。

 テントウムシの大群が飛来したかのように辺りを染め上げる液体。

 少女が狼に襲われている。

 体のあちこちに、猛獣の牙や爪による怪我があった。

 狼に飛び掛かられた少女が遂に倒れ、腹を裂かれる。

 やがて手足や内臓を食い荒らした狼が満足し、去っていく。

 息も絶え絶えに、少女は動くこともできずに、木々の葉の隙間に見える快晴の青空を見ていた。

 視界は青から赤に、次第に暗く。自らが立てたひゅうひゅうという呼吸音すらも、聞こえなくなってゆく。

 狼に襲われているときにあったものは驚愕だった。

 『運命の書』には、おばあちゃんの家に行き、言うべきことを言う。と書いてあった。

『どうしてそんなにお口が大きいの』

 そのように言えば、運命は自動的に進行していくはずだった。

 狼に食べられるのは、まだずっと先。

『おばあちゃんのところに行かなくちゃいけなかったのに』

 と役割のことを考えると、いっそう悲しくなった。

 痛い、苦しい。

 なぜこのような運命になったのかが、分からない。

 目を見開いて、視界が黒く消えていくことに抗う。

 ふと何者かの姿が空を隠すように影となって、映り込んできた。

 少女を見下ろす誰か。

 お母さん、それとも猟師さん、そうでなければおばあちゃん、誰でもいい。

「助け……」

 そこまでを何とか声にするところまでが限界だった。

 少女はもう、最期の時を待つしかなくなってしまった。

「お疲れ様」

 という声が、少女の耳に入る。自分と同じくらいの女の子の声。

 それがまるで声の主の呪文でもあったかのように、自分の『運命の書』が腕の中に顕現する。

 こちらを見下ろす影が『運命の書』を持ち上げたのが分かった。

 必死に腕を伸ばして『運命の書』を掴むが、力が入らなかった。手からするりと抜けていく。

「ここから先は、私の役割よ」

 と影が言うのを聞くと、少女の意識は闇に落ちていった。



 いい天気だった。

 雲がゆっくりと流れ、森の中には適度に風が吹いていた。

 赤い頭巾を被っていた少女が、それと同じ色の血の中で、命を終えた。

 脇に立っている少女もまた、赤い頭巾を被って、同じ格好をしていた。片腕にはバスケットを下げていて、その中には葡萄酒の瓶とクッキーが入っている。

 死体を見下ろす少女の呼び名は『赤ずきん』。そうなった。

 拾い上げた運命の書を開くと、この先の赤ずきんの物語が書いてある。

「なるほど、こうなっているのね」

 赤ずきんになった少女は呟いた。

 今まで自分の持っていた『運命の書』をバスケットから取り出し、草むらに投げ捨てる。

 音を立てて一度跳ねた後に、空気に溶けるように消えていった。

 これでこの想区の、主役というわけだ。

 嬉しくもなんともない。

 赤ずきんはただ、書かれていたことに従っただけだ。

 森で死んだのは赤ずきんではなく『名もなき少女』、今日この森に来ていた、私だった存在になる。

 悲しい。これまでの自分はもうこの世にいないことになるのだ。

 倒れた少女から流れ出る血液の勢いは、もはやない。

 死んだ少女=赤ずきんは哀れだ。何が起きたかも分からなかったに違いない。

 私だけが、元々の『運命の書』を読んで知っている。

 もしおばあちゃん家にたどり着く前に、もしくは今日を迎える前に、物語の主役である『赤ずきん』がなんらかのアクシデントによりいなくなった場合。ストーリーがおかしくなってしまう。

 猟師はいったい、狼から誰を助ければいいのか。おばあちゃんの家で狼は、誰を待ち続ければいいのか。

 『赤ずきん』の物語が繰り返されていることは、想区の住民も皆知っている。主役がいなくなり、物語が破たんしたとなれば、動揺することだろう。

 しかし想区としては別に、それでも困ったことにはならない。少しの混乱の後、やがて時が経てば次なる赤ずきんが生まれ、物語が最初から始まり、繰り返されていくからだ。

 何もしなくてもいいはずなのだ。

 だがこの想区のストーリーテラーは、予定外の出来事が起こったとしても、物語を終わりまで進行させたかったようだ。

 少女が元々自分の持っていた『運命の書』には独特な記述が多く、自分がどういう存在なのかを大体把握していた。

 赤ずきんの予備、名もなき少女。

 先ほどのように赤ずきんが死んだ場合に、その運命の書を手に取り、赤ずきんとなって物語を終わらせるために用意されていたのだ。

 何も起きなければ、たまたま森にやってきていた、赤い頭巾を被った少女であるはずだった。

 元々の運命の書は、赤ずきんの物語が終わるまで『もしも』だらけの内容だった。所々に赤ずきんがいなくなった場合の『赤ずきんの運命の書を引き継ぎ、本書を破棄する』という行動が書かれていた。

 そして最終的には、赤ずきんとの交代が発生してもしなくても、無名の少女が想区の誰かに影響を与えないようになっていた。

 つまり、赤ずきんの物語が終わるときに、死ぬように定められていた。

 ストーリーテラーは『主役』の物語を終わらせるために手間をかけたようだけれど、それ以外のために労力を割くことはしなかったのだ。

 赤ずきんと交代した場合、無名の少女はその場で死んだことになる。

 交代が発生しなかった場合には、無名の少女と関わっていくであろう人々の『運命の書』全てに死んだ場合と生きている場合を書いておく必要があるに違いない。しかも何十年分もだ。

 そこを、絶対に死んでいる人間にしてしまうことで、一気に省けるのだった。

それにしても、死ねとは。

 今や赤ずきんとなった無名の少女は、かつての自分の運命を読んだときに呆れたものだった。

 森に住む獣が食い殺しに来てくれるだとか、病気になって両親の見守る中で息を引き取るだとか、それすらもない。

 ストーリーテラーが作ったのは赤ずきんの物語なので、予備の扱いは軽い。交代しなかった場合の処分方法まで周りに与える影響を最小限にしている。

 『猟師が赤ずきんを救出したのを確認し、無名の少女であるあなたは断崖から飛び降りて命を絶つ』

 予備に用意されているのは、あまりにも唐突な、美しさのかけらもない物語だった。

 話になってないとは、このことだ。

 思うところはありつつも、想区の住民の特性を持ち合わせている無名の少女は、自分の運命を受け入れるつもりでいた。

 今日という日まで、赤ずきんはずっとアクシデントに巻き込まれることもなく生きてきた。

 このままいけばもう少しで『物語』を終え、何も知らぬ赤ずきんがおばあちゃんや猟師と楽しいひと時を過ごしているときに、ひっそりと死ぬ。

 そう思っていた。

 だがあと少しというところで、狼に食い殺されたのだ。

 運命の書に記された通りに、赤ずきんを助けずに危機が去るのを待ってから、交代しに向かった。

「生き延びてしまった」

 受け入れていたとはいえ、死ぬのが怖かった。

 自分が予備として用意されているとはいえ、赤ずきんが死ぬことはほとんどあり得ないのだった。

 そもそも物語が決まっているのだから、赤ずきんを殺そうとする者は作られていない。狼でさえもが致命傷を与えないように、丸飲みにするのだ。

 それがどうして、食い殺していったのか。

 先ほど自分の物になった『運命の書』を読んでみたものの、狼に食い殺されるとは書かれていない。赤ずきんの物語の終わりまでと、それ以降の運命がしっかりと連なっている。

 少女は死体の頭巾を外してバスケットにしまい、その場を後にした。シンボルマークさえなくなれば、あれは紛れもなく名無しの少女になる。

 赤ずきんの両親は、帰ってきた私を見て戸惑うはずだけれども、運命の書に帰宅した赤ずきんを迎えいれることが書いてあれば、そうすることだろう。

 森を歩きながらも、現・赤ずきん疑問を抱いたままだ。

 イレギュラーなことが起きている。

 偶然の事故ではなかった。赤ずきんはどうして死んだのだろう。

 狼が食い殺す相手を間違えたから?

 それもない。私が元々持っていた『運命の書』にも、狼に食い殺されることは書かれていなかった。

 近くにそういう役割の持ち主がいたとも考えられるが、予備まで用意したストーリーテラーならば、赤ずきんに凶暴な獣を近づけさせることはしないだろう。

 元・予備の『主役』は、ひとまず運命の書に従い花を摘みに向かう。



 赤ずきんは草むらに寄り道をして、独り言を声に出す。

「わあ綺麗、これをおばあちゃんに届けよう」

 台本通りだ。

 花を摘む指先は少し震えている。何が起きたのかは分からないが、死の運命から逃れたばかりだし、『運命の書』という行動指針があったからこそ慌てることはなかったが、自分そっくりの少女が食われるところを見たのである。

 色とりどりの花は、心を落ち着かせる。

 次第に、震えは無くなっていく。

 自ら死に向かうことは無くなったものの、何故こうなったかが分からない。

 詳しく調べたいところだが、まずはおばあちゃんの家に向かわなくてはいけない。

 そこにはきっと、狼がいる。

 何か知っているのだろうか。それとも見境もなく私を食い殺すのだろうか。

 そうなればストーリーテラーの作った物語も、かなり崩れることだろう。前代未聞、狼の2キル達成だ。

 せっかく助かったのに、死ぬのは嫌だな。

 赤ずきんはそう思うが、延々と決められた生き方をするのも、しんどい日々になるだろうな、と気分が沈む。さっきまで別人だった少女の人生をなぞるのだ。自分の人生だが、自分のために用意されていた運命ではない。

 どちらにしても、満足がいかない。

 運命の書に『何をしてもいいよ』とでも記されていれば、いくらか気楽だっただろうか。

 赤い実を咥えたヒヨドリが飛び去っていく。先ほど誰かが死んだばかりとは思えぬ、明るい森。

 暫くの間、赤ずきんが時間を潰していると、森の道を、見知らぬ少年少女達が歩いてくるのが見えた。

 何やら話し合っているようだが、会話を聞き取るには遠い。

「死んでた」

「もう犠牲者が」

「カオステラーが」

「早いとこ調律しねえと」

 という内容が、辛うじて聞き取れた。

 無名の少女の死体を見つけたのだろう。

 なるほど、死体を見つけて村に伝えに行く役目の人間たちがいるのだな。と赤ずきんは推定した。

 元・赤ずきんが失われなかった場合には、崖から身を投げた私を見つける役目だったに違いない。

 少年少女達と私との出会いは、赤ずきんの運命の書には無い。狼が出たぞ気を付けて、とアドリブ気味の忠告はされるかもしれないが、それ以上のことは起きないだろう。

 小柄でおとなしそうな男の子、それでも年は私よりも上か。長身の男は背が高いが、小柄な男の子と5つも違わないくらいには、若く見える。

 女の子は、お姫様のような金髪と、整った顔立ち。その隣には賢そうな目つきをした少女がいて、4人の中で1番身長が低かった。

 洋服のバリエーションが、それぞれ豊かで色とりどりだ。通りがかりの脇役にしては、それぞれ個性がよく作られている。

 ストーリーテラーの気まぐれでなのだろうか。

 赤ずきんが考えていると、小柄な少年が驚いたような声を出した。

「赤ずきん!?」

 仲間に異常を教えるような声。

 赤ずきんは、少年が元・赤ずきんを知っていて、予備の自分が入れ替わったことに動揺しているのだろうなと思った。

 それとも、死体と同じ服を着ていることに戸惑ったか。

 今では自分が赤ずきんなのだから、そういい張ればいいだけのことなのだ。赤ずきんがこれまでと同一人物かどうか詮索するなど、おそらく少年の持つ運命の書には記されてはいない。

 書かれていないことなら何をしてもいいか、というと、それはタブーだ。

 想区の端にある霧に入れば体がばらばらになり、出会う予定のなかった人間と深く関われば鬼が出る。想区にはそんな伝承が事実として語り継がれている。最も、予定に無いことをやりたがる気質の人間は少ないのだが。

 それなのに、少年少女たちは慌ただしく、赤ずきんに近づいてきた。

「さっき、死んでいたんじゃ」

「気を付けて、赤ずきんは『主役』よ」

「なり替わったんですかね」

 などと、よく分からないことを言い合っている。

「私は赤ずきんだよ。この森は狼が出るの。誰か食べられちゃったのかな?」

 私は名前を名乗った。私が一番年下になるはずなので、少年少女達のことは本来の赤ずきんのように、お兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶことにする。

「そういえば、死んでいた女の子は頭巾を被っていなかった」

「同じ服を着ていただけ?」

「無名の脇役が食べられたところに、たまたま居合わせたということですか。多少、出来すぎな気もしますけどね」

 と、またもや何かを話し合い始める。

「そうなると『原典』の通りに物語が進行しているようになるですよね」

「お嬢、この想区にほんとにカオステラーがいるのかよ?」

 様子を見る限りは、皆に視線を向けられているのは金髪のお姉ちゃんだ。

「いつもの事よ、すぐにカオステラーが見つからないのは」

「死んだのが赤ずきんなら、犯人がカオステラーだと分かったのにね。……喜んだわけじゃ、ないけどさ」

 会話を聞いているうちに、大まかに話の内容が見えてきた。

 少年少女達にとってはカオステラーというものが重要で、探しているらしい。戸惑っていることから、今日の私と同じで、イレギュラーな出来事を相手にしているのかもしれない。

 『運命の書』の内容を無視して、好き勝手な言動をしているようにも見える。

 もしかすると、物語の筋書きにないことが起きた原因を追跡するなどの、何らかの特徴的な役割を持っているのではないか。私が予備としての役目を果たしているくらいなのだから、知られざる裏方がいることは充分に考えられる。

 ということは、運命の書には記されていないことでも、既に赤ずきんが1度殺されていることを言うべきだろうか。

 現・赤ずきんは年齢に比べて、聡明だった。本人の性質に加えて、予備であるが故に、条件によって異なる振る舞いをすることが定められていたため、深く考える癖がついていたのだった。

 少年少女達が自己紹介をしてくる。

「僕はエクスっていうんだ、赤ずきんちゃん」

 背の低い男の子がそう言った。

 年がさらに上の、青年とも言えそうな男はリーダーのタオと名乗った。続けて、残りの皆を示し、名前を言っていった。

 金髪の少女はレイナ。背の低い女の子はシェインだ。

「このあたりで、何か変わったことはなかったかしら。運命の書には無いことが起きているなら、教えてほしいわ」

 レイナお姉ちゃんがそう聞いてきた。

 ぷっと噴き出しそうになる。自分が何を言っているのか、分かっているのだろうか。見知らぬ人がやって来て「この辺に怪しいものはいないか」などと尋ねてきたときに、言われた側からしてみれば一番怪しいのは目の前の人物だろう。

 そんなことは言うまでもないので、赤ずきんは狼のことを伝えようとした。

 だがその時に、笛の音色のような、

「クルルウ……」

 という、聞き慣れぬ鳴き声が耳に入ってきた。

 何者かが、エクス達や赤ずきんを取り囲んでいる。



* * *



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actor kill code -9



* * *



「来たか」

 タオがそう言って、身構える。

 エクスも分かっていたかのように剣を抜き身にした。レイナやシェインも動揺した様子はない。

 やがて黒い人影がいくつか姿を現す。エクスよりもやや背の低いくらいではあるが、艶のある漆黒の身体と、腕には長く鋭い獣の爪。額には鮮やかな一房の毛を持っている。それぞれ個体によって橙や青と、異なる色だった。

 明らかに異質な存在。それに、どう見ても危険そうだ。

 赤ずきんも流石に「ひ」と声を出す。

「君は下がってて!」

 そういいながら、エクスが剣を振るい、襲い掛かってきた子鬼と戦い始める。

 静かでのどかだった森に、戦いの雄叫びが響く。

 襲い掛かってきた怪物は、悪役ヴィランである。

 赤ずきんはその名を知らない。だが思い当たることはあった。

 『運命の書』から外れた言動をしたり、すれ違うだけのような人間と深く関ったりすると、鬼が出るという言い伝え。想区の住民を『運命の書』に従わせるための教訓めいた話でありながら、真実を含んでもいたのだ。

 僅かな混乱を抱えつつも赤ずきんが落ち着いているのは、予備としてまもなく死ぬ運命にあったから、という点が大きい。長い間、定められた死を覚悟していたのだから、今更怪物が現れても、取り乱すには至らなかったのだ。

 赤ずきんは子鬼を観察する。想区自体が物語の進行を乱さぬようにするために、異物を排除しようとしている――ように見えた。

 それにしても、主役である私に襲い掛かって、もし死なせてしまうようなことがあれば、物語は最後まで進まずに、ぶつ切りで終わってしまう。予備がいるというのに、何をやっているのだか。

 と考え、思い直す。

 予備を使ってさえ、物語の破綻が限界を迎えたら、狂った歯車を進行させるのではなく、一度リセットした方が早いのかもしれない。

 まったく、よく出来ている。

 子鬼が出た原因は、おそらくこの少年少女達だろうなと、赤ずきんは当たりをつけた。動じることなく戦っていることから、これまでに何度も、遭遇したことがあるのだろう。

 驚くべきことに、変身までしている。

 ここまでくると、ストーリーテラーの作った『赤ずきん』の物語とエクス達は、完全に別物だろう。

 子鬼と戦う騎士や魔法使いは、明らかに異質すぎる。育った家に置いてあった、童話の物語の内容が、混ざっているかのようだ。

 戦い形勢は、エクス達一行がやや有利。押し切れないでいるのは、赤ずきんを守るように意識しているせいだろう。

 そうか。

 赤ずきんは、元々持っていた『運命の書』に、想区の物語と関係の無さそうな内容が書いてあったことを思い出した。

 物語が終わった後の生活に関わるものだと考えていたが、違うのかもしれない。

 赤ずきんは両手を胸の前で広げ、子鬼に向けた。



* * *



■運命の書 第***章 ――実行中の赤ずきんとの違い。

□赤ずきんへと役割を切り替えた場合について。

 予備としての待機状態では、主役級の力を貴方が使うことができません。

 現用の赤ずきんの『運命の書』を引き継いだ場合は、役割を実行するために、パラメータ制限および魔法を使う力がアンロックされます。


 魔法の使い方については、現用の赤ずきんの『運命の書』を参照してください。



* * *



 赤ずきんは魔法の使用を試みる。

 山火事を起こすでなく狙った箇所のみを正確に焼く火球が、子鬼に直撃した。

 当たった相手が、炎に包まれながら悲鳴を上げて、消滅する。

 何のために、こんなことができるのかは、赤ずきんにも分からない。

 物語を守る、或いは強制的に終わらせるために子鬼が現れたのなら、大人しく排除された方がいいはずだ。だが、赤ずきんには戦って倒す力もある。

 説明は赤ずきんと予備、どちらの『運命の書』にも記されていなかった。

 まったく、分からないことだらけだ。

 だが少なくとも、決まりきった物語とは違うことが起き続けていることは分かる。そして子鬼が出たとしても、撃退する手段がある。今の自分は『運命の書』に無い行動を取り続けることも出来るのだ。


 今このように好き勝手に動いていることが、何にも縛られないことなのか、これもまた定められた運命なのかは、分からなかった。

 ひとまず赤ずきんは、自分の考えのままにエクス達と行動してみることにした。



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