第67話「願い」

元旦から2人で、仙台の宮城縣護國神社(みやぎけんごこくじんじゃ)へ初詣に行った。そこは青葉城(仙台城)跡に創建されている神社で、城址内に伊達政宗像が建てられており、仙台の街を一望できることもあって観光名所としても有名な場所だ。


俺と真美は、長い行列のお参りが終わった後、伊達政宗像の前の高台から仙台の街並みや広瀬川を眺めていた。


「何てお願いしたの?」


城址内のベンチで、真美は俺に聞いてきた。


「…なにもお願いしてないよ。」


俺はどこの神社仏閣でも、お参りする時は、ただ無心で手を合わせることだけに集中していた。願い事を言ったら切りがないし、そんな人間の深い欲望を、神様仏様はいつも聞いて辟易(へきへき)しているだろうと勝手に思っていた。


「ほほう。〈無の境地〉ってやつですか。」


真美は真面目な顔をして言った。


「そんなつもりはなかったけど、まあ、そんなとこかな。そう言う真美は何をお願いしたの?」


「内緒。そうゆうのって言ったら叶わないんでしょ?」


「じゃあ、俺に聞かないでよ!」


「フフ、つい聞いちゃった。」


思えばこの時、いろんなお願いをしておけばよかった。神様は俺の想像を遥かに超えたキャパシティを持ち、寛大であった。その証拠に真美の〈ママになりたい〉という願いは叶うのだから…。


…………………………


初詣を終えた俺と真美は、元日の仙台駅周辺を散策して、最後は真美パパオススメの〈太助〉という牛タン屋に入った。確かに牛タンも美味しかったが、一緒に付いてくる〈テールスープ〉が絶品だった。


牛タンのお土産ならココと、これまた真美パパオススメの〈善治郎〉という店でお互いの家族に送り、自分たちの分も買って帰った。素人がフライパンで焼いても、とても美味しくできた。後日、送った家族から、「美味しい美味しい」とお礼の電話やメールを受けた。


まだ仕事も住むところも決まってなかったが、俺と真美は仙台や松島の街を徐々に気に入っていった。


…………………………


「あけまして、おめでとうございます!」


新しい年が明けて3日目の朝、2人の来客を〈中松荘〉の1階のロビーで受けた。


「あけましておめでとうございます。」


俺と真美は今朝早く、真美パパからその2人が〈中松荘〉に来ることを打診されていた。


「はじめまして。中山透と申します。」


訪問客は、透と仁美だった。話には聞いていたが、会うのは俺も真美も初めてだ。透はたしか俺の5、6コ上だから40才位のはずだが、同い年くらいに若々しかった。


「はじめまして。妻の仁美です。ご挨拶とお詫びがだいぶ遅くなってしまいましたが、その節は真美さんのお父様に大変お世話になり、また、お母様、真美さんに大変なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」


仁美は透よりさらに年上のはずだが、彼女も同様に実年齢より若く見えた。


「頭を上げてください。もう昔の話ですから。それに父の一人相撲だったんですから。」


深々と頭を下げ続けている2人に真美は言った。


だが、俺は言わずにいられなかった。


もし、透が現実逃避して逃げ出さなかったら、真美パパは離婚しないで済んだかも知れない。真美本人はあまりその時のことを語らないが、真美の悲しみの深さはどれ程のものだったかわからない。


そして、俺と真美も離ればなれにならなかったかも知れない…。


俺は怒りにも似た感情が、自分では止められないほど沸々と沸いてくるのを感じていた。


そして俺はその言葉を発した。


「…僕が言うのは何なんですけど、…真美の母親は、それがきっかけで離婚して、その後、名古屋で過労で亡くなりました。…透さん、あなたがしっかりしていれば、 まだ真美の母親でいたかも知れない。たらればを言ったら切りがないですけど、僕にはそう思えてならなくて…。…悔しいです。」


過去は変えられないのはわかっているが、俺は積年の〈恨み節〉を言わずにはいられなかった。


「…本当に、本当に申し訳ありません。」


透は目に涙を浮かべて、声を絞り出すように言った。


「本当に申し訳ございません、真美さん。真美さんは、お父様の一人相撲とおっしゃられましたけど、…違うんです。…あの頃、一人でお腹の子を育てる自信がなくて、お父様に〈本当のパパになってくれたらいいのに〉と、ほのめかすようなことを私の方から言ってたんです。…本当にごめんなさい。」


仁美はうなだれて、透と同じように涙ながらに言った。


〈ガラガラガラ〉


その時、3人目の訪問客が中松荘の正面玄関の扉を開けた。


「…望美(のぞみ)。」


仁美は、音のした扉を手で涙を拭きながら見て言った。


「あれ?お母さん、泣いてない?」


望美という透夫婦の娘らしいその娘は言った。


「泣いてなんかないわよ。外で待っててって、言ったのに…。」


「だって、外、寒いんだもん。」


望美は両手を交差させて、その両腕をさすりながら言った。


「外は寒いよね。ちょっと、待っててね。」


真美は望美にそう言って、小走りに受付に行った。すぐに戻ってきて、待ち合いのテーブルに中山一家を案内して座るよう促した。


奥の厨房から、見たところ30過ぎ位の若女将らしき女性が出てきて、人数分の熱いお茶を差し出した。


「ありがとう、薫(かおり)ちゃん。じゃなかった、若女将。」


透はお茶を持ってきた若女将に言った。そう言えば、透は逃避行していたころ、この旅館で一時働いていたという話を思い出した。


「昔みたいに〈薫ちゃん〉でいいですよ、透ちゃん。それでは皆様、ごゆっくり。」


そう言って、薫というらしい若女将は全員に向かってお辞儀して厨房の方に戻っていった。


…………………………


「あー、あったかい。あっ、はじめまして、中山望美です。」


望美は毛糸の手袋をしたまま湯呑みを両手で持ち、俺と真美に向かって自己紹介をした。


「はじめまして、国吉真美と言います。」


「はじめまして、佐竹司です。望美ちゃんはいくつ?」


「12才、小6です。」


望美は屈託のない笑顔で言った。


「下の子です。上の中3の長男は家で受験勉強の真っ最中で…。この子も中学受験するんですけど…。」


仁美がそう言うと、


「じゃあ、望美ちゃんも早く帰って勉強頑張んなきゃ。」


と真美が望美に向かって言った。


「はい。その前に、これから最後の一押しに、青葉城の神社に〈神頼み〉に行くところなんです。」


望美は、その可愛らしい目を瞑り、手を合わせて言った。


「あっ、私達も元旦に行ったのよ。それじゃあ、神様をお待たせするわけにはいかないね。」


真美はチラッと俺を見て言った。


「それでは、透さん、仁美さん、中松荘をご紹介いただき、ありがとうございました。望美ちゃんのために、しっかり〈最後の一押し〉してきてください。」


「…佐竹さん、真美さん、ありがとうございます。」


透と仁美は、そう言って深々とお辞儀をして望美と一緒に中松荘を後にした。


その後、望美も願いが叶い、難関の第一志望の私立中学に合格したそうだ。


やっぱり、俺も願い事をしておけばよかった…。


この新しい場所で、平穏無事に健康で真美と過ごせるようにと…


…………………………


「望美ちゃん、可愛かったね。」


真美は中山一家を正面玄関で見送った後、部屋に戻りながら言った。


「うん。」


俺は、望美が入ってきた時から、〈恨み節〉を言った透夫婦に対する昔のわだかまりみたいなものが、不思議とだんだん薄れていくのを感じて、最後には全くなくなっていた。


「何か、真美を差し置いて透さんに余計なこと言って悪かったね。」


部屋に戻って、お互い座椅子に座り俺は言った。


「うううん。逆に私が言いたくても言えないことを司が代わりに言ってくれて、何か長年のモヤモヤが晴れてスッキリしたよ。…ありがとね。」


真美は俺の横に来て、そして頬にキスをした。


俺は透夫婦に余計なことを言って真美が嫌な気持ちになっていないかと心配だったが、彼女のその言葉とキスが、真美も同じ気持ちだったことを証明した。


今まで、透夫婦によって真美と俺の人生が回り道をしたように感じていたが、そもそも俺が短気を起して、最後の花火大会の時に焼きそばを叩きつけた事がきっかけなのに、それを責任転嫁していたことに気付いた。


俺と真美は、様々な過去を洗い流して、改めてこれから新しい人生を新しい場所で歩んで行くつもりでいた。


あの悪夢のような大津波が襲ってくるまでは…





第68話に続く


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