5話 侍従は少し口が軽い

「アルセイム」


 不意に、クロード様が声を上げられた。え、と青い目を見張られたアルセイム様に、クロード様はとても柔らかい笑顔を見せる。


「レイクーリア嬢を、部屋まで案内してやれ」

「僕がですか?」

「そりゃお前、婚約者なんだから」


 クロード様は、公爵とは思えない砕けた口調でお話をなさる方だ。だけど、その方が何となくアルセイム様には良い環境なのではないかしら、と理由もなくそう思えた。それに、その、私のことを当然のようにアルセイム様の婚約者、と言葉にしてくださるし。少し照れるけれど、嬉しいわ。


「一旦部屋で落ち着いてから、ジェシカ姉上のところに行ったほうが良いだろう。パトラもあちらだと思うんだが」

「分かりました」


 ああ、そうね。せっかくこちらに来たのだから、ジェシカ様にもお会いしておきたいわ。

 ……でも、パトラって誰かしら。クロード様のお身内、みたいだけれど。アルセイム様もご存知みたいだから、後でお伺いすることにしましょう。ほら、アルセイム様が私を呼んでくださっているもの。


「レイクーリア、ついてきて。ナジャも一緒に」

「はい!」

「はい」

「トレイス、案内を」

「は」


 アルセイム様の命を受けて、トレイスは言葉少なに頷く。本当に、相変わらずで何より。金髪に明るい色の服装が基本的なアルセイム様と、対照的に黒髪で服装も暗く落ち着いた色のトレイスは、とても見惚れる主従だと思う。……私の知っている言葉が少なくて、彼らをうまく表せないのが悔しいわ。もっと勉強しなくっちゃ。




 お屋敷の中、綺麗に整えられた廊下を、トレイスを先頭に進んでいく。ううん、やっぱり何がとは言えないけど変、だわ。口に出しては言わないけれど、多分ナジャもそう感じていることでしょう。

 でも、それを尋ねることはしない。代わりに、先ほどのお名前を伺うことにするわ。アルセイム様に話しかける、いいきっかけにもなるし。


「あの、アルセイム様」

「何だい?」

「先ほど公爵閣下がおっしゃったパトラ様、とはどなたなのですか?」

「ああ」


 私がそう尋ねると、アルセイム様はそこでやっと気がついたかのように目を見開かれた。そうか、グランデリアのお家では至極当然の存在だったのね。ご家族、なんでしょうね。


「言われてみれば、レイクーリアとは面識がなかったね。叔父上の一人娘……僕にとっては従妹になる」

「従妹……ですか」

「歳が10離れてるから、可愛い妹みたいなものだけど」


 アルセイム様の、可愛い妹のような10歳離れた従妹。……少しだけ、顔が引きつるのが分かった。

 国の法では一応、いとこであれば結婚は許される。とはいえ、さすがにアルセイム様よりも10歳下ではまだまだ、だと思うけれど、でも私のように幼い頃からの婚約はあり得るから。


「失礼ながら、レイクーリア様」


 と、ここでトレイスが口を挟んできた。あら、珍しいわね。


「アルセイム様は、レイクーリア様の他に妻を娶ることはない、とクロード様に宣言しておられます。そこはご安心を」

「え」

「トレイスっ」

「あらー」


 ナジャが1人だけ、全く空気を読まない呑気な声を上げているのが少し頭にくる。

 アルセイム様のお肌が赤くなられて、照れていらっしゃるのが分かる。本当にアルセイム様、そんなことおっしゃったのかしら。え、えええええ。


「失礼いたしました、アルセイム様」

「ま、まったくだ。た、たしかに叔父上にはそのように話をして、承諾も頂いているが!」

「ほ、本当なんですねアルセイム様……」


 更にアルセイム様自身がはっきりおっしゃったので、確定してしまったわ。

 ああもう、私ってなんて幸せ者なのかしら! ナジャ、あとで一緒に喜びましょうね!

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