第3話 波乱

さてどうしようか。


こんな状態じゃ仕事もまともにする気分じゃないし、頭冷やしに外行こうにも普段から300m圏内のコンビニとかしか行動範囲として無かったから気分転換出来る場所も無かった。いや、そう思うとどんだけ出不精なんだよ俺。


まーそれはいいとして名案も妙案も思いつかず気付けばもう夕食どき。俺の生活上、白物家電代表・冷蔵庫選手をほぼ起用してこなかったから当然食料などそこにある訳がなく、見かねた雪音ちゃんが夕飯の材料を買い出しに行っている。まぁ、見かねたって言ってもなんか嬉しそうだったけど。


名案は思い付いてなくても取りあえず情報を整理して解決の糸口を見つけよう。情報は武器なんて聞いて事ある気がする。まず彼女は雪音ちゃん。中3。自称俺の娘。可愛い……。少なっ!俺の手持ち情報少なっ。いや当然俺からしたら初対面だし今までのくだりと第一印象ぐらいしか判断材料はないんだけどさ。だからこそなんだけど何で俺の所に来て意味の分からない主張を押し通して来ているのかが皆目見当もつかない。彼女に何かしらの事情があるにせよ俺にどうこう出来るとも思えないし。


「ホントどうしたもんかね」

「なにが?」

「いやこれからの行く末を……って、ぬお!?雪音ちゃんいつの間に帰ってたの?」

「ん?パパが何か抜け殻のように天井見上げてる時からだよ」

「抜け殻って……一応考え事してたんだけど。それにただいまの一言ぐらいあってもいいんじゃない?驚いたよ?」

「ただいまって言っていいって事はパパ、私を認めてくれたんだね」

「ポジティブ変換!?今のはそういう意味じゃないよ?なんというかコール&レスポンス的な意思疎通のニュアンスで言ったのよ!?」

「頑なだなー。今はまーいいけど」


「今は」って何?いやこの子怖い。何か企んでるの?


ここまで事態が深刻化してくると自分の一挙手一投足が雪音ちゃん有利に働くんじゃないかと疑心暗鬼になって迂闊に喋れないし動けない。


ただでさえ大家さんという大きな切り札を持ってるし、成人男性と未成年という関係上俺が非常にリスキーな立ち位置にいるのだからこれ以上の立場の悪化は雪音ちゃん天下になり兼ねない。ここは慎重に策を考えないといけない。当然裁判沙汰なんて勘弁だし。


「じゃあ夕食の準備しちゃおうかな」

「ホント気遣わなくていいんだよ?俺はカップ麺とかでも満足出来る男だし」

「気なんて遣ってないよ。パパにはちゃんと英気を養ってもらわないとって思うからむしろちゃんとした物食べてもらいます」

「は、はい」


ビシッとニンジンを眼前に突き出されて一喝されてしまった。ニンジンが武器に見えたのは生まれて初めてだわ。


雪音ちゃん自体はそれにはあまり意味はない様子で手際よく調理に入った。リズミカルにまな板に包丁が当たる音はここに住んで初めて聞いたけど、その小気味いい感じは悪くない。台所で女の子が料理をしてるシチュなんてむしろ良い。


……危ない。シチュだけで興奮しかけてた。裁判沙汰は勘弁って決意した矢先なのにこの体たらく。自分のエロの沸点が低いのが恨めしい……。


ちゃんと自己防衛が働くうちに決着つけていかねばならんよこれは。


「急に黙っちゃったけどどうしたのパパ?」

「え?いや考え事をね」

「考え事多いね」

「そりゃあ色々とね」

「女の子が台所に立ってる姿が良いななんて思った?」

「え!?いやそんな事思ってないよー」

「そっか。それは残念」


この子メンタリストとかなの?フォークとか曲げれちゃうの?


すでに俺から童貞宣言をしてるだけに単純に初心なヤツの反応を看破してるだけやもしれんけど、心理戦も情報戦もどれも勝てる見込みがない気がする。


本人は鼻歌交じりに楽しそうに料理して余裕な様子だけど、俺には余裕なんてものが時間経つごとにない。この間は特にやることもないし。ダメ元でも作戦は練った方がいいのかな……


チンッ


思いついた!……じゃなくて。一休さんじゃないんだからポクポクチンで妙案は思いつかんよ。今の音は……電子レンジか。


手際よく動いてご飯作ってくれてんだから悪い子じゃないって事は分かるんだけどなぁ。だからこそ突き放すっていうのも躊躇しちゃうし。それは俺の優柔不断さにもよるんだけどさ。


「はい出来たよ」

「早いね随分」

「下ごしらえあるやつだと食べるの遅くなっちゃうから今日は電子レンジでスピード料理にしたの」

「へー。電子レンジで料理って出来るのね。チルドしか知識にないわ」

「手が込んだ方が色々出来るけどこれはこれでれっきとした調理だよ。百聞は一見に如かず。どうぞ召し上がれ」

「じゃあ早速」

「どう?」

「うん……」


ウマっ!!?なにこれウマっ!!?

電子レンジでって言うから正直期待値低かったけど全然美味い。悪いけどお袋の料理より断然美味い。これは食進むわー。久々に消化器系統が嬉々としてるわー。外食もする方だけどこれは比べる土俵じゃないね。電子レンジ料理と言えども手料理。味もアドバンテージも段違いだわ。


ただこれヤバくないか……?電子レンジメインの料理でこれだよ?手の込んだもの作られたらこれ胃袋掴まれちゃうんじゃないの?そうなったらもう男は退路を塞がれるって巷で聞いたことあるぞ。そうなったらかなりヤバイぞ。でもこれ美味い。


「ふぅ。美味かった。ごちそう様」

「かきこむように食べてくれて嬉しいな」

「普段そんなにわんぱくに食べる方でもないんだけど、いや美味しかったです」

「お粗末様でした♪」

「……雪音ちゃんは普段から料理するの?」

「ん?するよ?」

「好きなんだ?」

「好きってほどでもないけどやる必要があったって感じだしルーティンに近いかも。でも嫌いじゃないよ料理は」

「そうなんだ」


推測と憶測でしかないけどこれは複雑な家庭事情パターンもあるのかな?


シンプルに家出少女という線が憶測の中では強かったしそれならそれで機を見て警察に保護お願いしてはい解決って思ってたけど、家庭に複雑な事情とかあるんだとしたらどうなのよ?今のご時世家庭環境も多種多様あるだろうし軽率に処理していいものなのかもと悩む。でもこのままだとモヤモヤしっ放しだし……ここは大人として聞いてみようか。


「どうして料理をする必要があったの?」

「やる決まりだったし、やらなかったら怒られるからかな」

「お、怒られるの?」

「うん。怒られるよ」

「ここに来る前は雪音ちゃんはどんな生活をしてたの?」

「どんなかー。うーん。良い記憶ではないしヒミツ」


はい確定。これはもうあれでしょ。社会問題の一端でしょ。これ以上はさすがに踏み込めないわ。デリケートゾーンだし。いやいや、真面目な話ね?


いやそうなってくるとなお一層俺の手に負える事じゃないと思うぞ?どうすんだよホント。


「ごはんも食べたしお風呂入ろっかな」

「あー風呂ならトイレの横に……って風呂!?入るの!?」

「入るよ?そろそろ一息つきたいし」

「いやいやいや。それはダメだよ。何て言うかダメだよ。説明に困るけどダメだと思うんだよ」

「ダメしか言ってないけど女の子的に一日でもお風呂入らないなんて事の方がダメだよ」

「いや社会的NGを俺が食らう可能性があるのだと思うのよ」

「何パパ。なんかエッチなこと想像してるの?」

「何を言う。至って俺はフラットだよ。俺はトラブルを事前に回避しようとしてるだけよ?こんな狭い部屋に二人はトラブルだって起こりかねない。大人の考慮ですよ」


なんとも分かりやすいフラグだと思っている。

お風呂でトラブルってそんなマンガみたいなこと気を付ければそんな事にはならないなんて正論もあるだろうさ。けど、世の中にある事故はどれだって気を付けてたって起こったものなんだと思うのよ。この環境下で俺が加害者になることすなわち社会的抹殺に即繋がるのだ。であれば折れるフラグは叩き折っていかなくてはいけない。


「トラブルって親子なんだから別に何もならないよ」

「雪音ちゃんサイドはね。俺サイドはシビアな問題なのよ」

「もうパパは心配性だな。じゃあどうしたらいいの?入らないっていう選択は私ないよ?」

「うーんそうだな……あ。大家さんに借りようか」

「大家さんに?」

「そう。そうだそうしよう。それが一番摩擦がないだろうさ」

「うーん。まぁ別にいいけど。大家さんの部屋どこ?」

「この部屋の反対側の一階角部屋だよ」

「はーい。じゃあちょっと行ってくるね」


危なかった。これで危険は回避できた。

大家さんならすでに雪音ちゃんを気にかけているぶん快く快諾してくれるだろう。むしろそのまま泊めてくれたら言う事無いんだけどそれは虫が良すぎるか。


さて。どうしよう。思ってたよりというか思ってた通りとも言うか。雪音ちゃんの案件は踏み込めないサンクチュアリっぽいぞ。どうするの?こんなの当然初めてなんだけど。俺にどうにかするって無理だよ?単なるしがない小説家よ?しかも底辺に食らいついてるギリギリの。題材としたら小説家冥利に尽きるのかもしれないけど正直管轄外です。人様の、しかも思春期真っ只中の女の子の闇を掘るなど俺には無理。作風的にも社会にメスってものじゃないし。


現実問題、児童相談所とかに連絡でも相談でもしたら何か糸口はあるのかもしれんけど何かそれもなーと思うんだよな。通報の義務があるぐらいだし何も不自然ではないんだろうけど、それは雪音ちゃんに対して無責任な事のように思えてしまうんだよなー。問題の種本人ではあるんだけど。


「ん?電話って誰から……って担当さんか」


今は仕事の話どころじゃないんだけど特別居留守使う理由にはならないし取りあえず出るか。


「はいもしもし」

『あ、先生。作業の方はどうですか?』

「いや今ちょっと立て込んでてあまり」

『何かあったんですか?』

「いやまぁ、色々と……」

『なんですか?なんか面白いことですか?』


もうー。この人はすぐこういう思考回路になるな。担当っていう職務上こっちの引き出しを探るのもあるんだろうけど、ストレートに「面白いですか?」などと言われてそれを切り返すハードルの高さたるやホント毎回恐ろしいんだからね。胃に穴空いちゃうからね。


「いや、面白いとかじゃないんですけど」

『じゃあ何があったんですか?』

「え、あー、ちょっと見知らぬ女の子が突撃訪問して来てて……」

『え?なんですかそれ面白そうじゃないですか』

「いや軽く受け取らんでくださいよ。結構シビアに対応してんですよ?」

『あー……そうですよね。先生は女の子という生物に免疫ないですもんね』


なんてこと言うのこの人?いやいつもの切り口だけどさ、毎回ズタボロにやられるこっちは結構深手の時もあるんですからね?もうちょっと担当として心のケアに気を遣ってもらってもバチは当たらないと思うよ?


『一応確認しておきますけどいかがわしいやつじゃないですよね?』

「違いますよ。いつもどストレートですねホント」

『心配してるんですよ。でもホントに面識ないんですか?』

「ないんですよ。それで俺の子なんて言われてるもんだから困ってて」

『え?先生子どもいたんですか?』

「今困ってるって言ったばっかじゃないですか……いないですよ。生物学上でも戸籍上でもね」

『なんですかそれ……やっぱ面白そうじゃないですか!』


何を言ってるのこの人?いやこういう事言う人なんだけど。

性格的に仕事スイッチ入ったんだなって付き合いで分かっちゃいるけど、こっちはちっとも面白くはない。


『そんなオイシイ話に直面してるなんてこれからにもってこいじゃないですか』

「言うと思ってましたよ……書かないですからねコレは」

『えー何でですか!面白い素材がそこにあるじゃないですか!』

「負けられない戦いがそこに的なニュアンスで言わんで下さいよ。面白いのと面白がるのとでは意味合い大きく違うんで俺は乗れません」

『先生の哲学はいつも固いですねー。ここ最近でも鳴かず飛ばずなのは事実なんですから選り好みしてる場合じゃないでしょうに』

「うぐっ……それはそうなんですけどプライドはあると言うか……」

『言いたくはないですけどデビュー作の勢いももう持たないですよ?そろそろ再浮上してもらわないとこっちも立つ瀬が無くなってきますよ』

「いや……そこは仰る通りで……」

『デビュー作は確か実話を元にしたって言ってましたよね?ノンフィクションで盛り上がったんですから挑戦の価値はあると思うんですよ。なんたって面白そうだし』


言わんとしてることはよく分かる。絶対本音は最後のヤツだと分かってはいても整合性があるから言っていることは理解が出来る。


確かに実際デビュー作からは尻つぼみで、連載も持つことはなく単発系のものでどうにか食い下がっている状況ではあるから稀有な体験は起死回生のチャンスであるかもしれない。

でもコレはなー……。


「……一応検討はしてみます」

『期待してますよ。なんだったらひと波乱、ふた波乱起こしちゃってください』

「検討してみまーす……では~」


何てこと言うんだあの人は!!絶対言う人なんだけれども無茶が軽くてエグイわ!!

ひと波乱もふた波乱もあったら身も心も持たないわい。


「ただいまー」


心で鬼畜担当さんへのツッコみを入れてたら渦中の人物が帰って来たみたいだ。気持ち整えて現状を打破していこう。


「おかえりっ!?」

「どしたの?」

「どしたのって……何その格好……?」

「これ?着替え持ってきてなかったから大家さんに借りたの」


なるほどね。そのパターンね。


確かにこの子手持ち無かったから着替えを借りるっていうのは自然な流れだよね。でもね?でもだよ?チョイスは考える必要があったんじゃない大家さん?雪音ちゃんが来てるのはキャミにショートパンツと家着感はあるよ。あるけど貸す相手とのサイズ差を考えましょうよ!?明らかに大きいよ?ぶかぶかだよ?


そんなこと言うとコンプレックス問題に発展しそうだけど、その大きくてぶかぶかな感じがエロスを生んでるんだよ。見た目の油断感が煩悩を刺激してきてるんだよ!


「よし雪音ちゃん。パーカー貸すから一旦落ち着こう」

「落ち着くって何に落ち着くの?それにお湯もらって来たばかりだから暑いしいらないよ」

「そう言わずに。オススメのパーカーなんだ」

「さっきから変なこと言うねパパ。なになに?何か考えてるの?」


チェストーーーーーー!!!


今での接近はエロのインパルス、そうエロパルスに多大な影響を及ぼす。理性が決壊すると全身の神経細胞がエロパルス一色になってしまうから防衛ラインをしっかりと守らねばならない。大人としても男としても。


「なーんで距離取るのパパ?」

「人間って距離感って大事なんだよ?それとねパーカーも大事」

「だからいらないって。来てほしい理由ちゃんと聞いたら考えなくもないけど」

「今の雪音ちゃんに似合うと思って」

「ふふ。なにそれ」

「似合うと思うなー。ささ!着てみて」

「理由になってないし暑いしなー」

「いやホントまずは着て!」

「そんなに押さなくても……きゃっ」

「!?」


雪音ちゃんの顔がめっちゃ近くなった。そりゃそうだ。二人で倒れ込んだんだから。顔が赤い。暑いのは本当なんだろう。


「パパ大胆だね」

「いや!これは他意はなくて……」

「すいませーん。雪音ちゃんがウチに忘れ物したから届けに……」


あー。これは最悪に絶妙なタイミングですな……。


「いや、その、大家さん?これは違くてですね……?」

「不純禁止!!!」


一切の躊躇なく渾身の掌底が俺の顎に入る。


一瞬で吹き飛ぶ意識の狭間で波乱なんて言った担当さんを純粋に恨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る