メンヘラ少女とポジティブバカ男

成神泰三

第1話

 浩介は、幼少の頃から親にも一目置かれるほどの、曲がりのない鹿であった。そのことは、浩介自身も重々承知しており、周りから馬鹿だと言われても、周りと一緒に笑っている程だ。浩介は、馬鹿であることか一体何が悪いのか解らなかった。馬鹿でなければ見えない景色があり、某有名大学出身の頭のいい人が起こした少女拉致監禁事件を報じたニュースを見れば、テレビを指差し「見ろ! 人間に馬鹿じゃない奴なんていないじゃないか! 皆何かしら欠陥があるんだ! アハハハハハ!」とバカ笑いをしていた。


 それに引き換え、近所に住む少女真依は、幼稚園時代に初恋した男の子に、園児とは思えない程の重い愛を押し付け、男の子を泣かしてしまったことを機に、物事を否定的に捉えてしまう人間になってしまった。特に自身に対する自己嫌悪が凄まじく、自信が持てない真依は、他愛もないストレスやコンプレックスを感じると、すぐ様腕に自傷行為をしてしまう程だ。


 対局するような位置に存在する二人ではあるが、ファーストコンタクトは近所だと言うのにかなり遅く、高校の入学式である。クラス分けが終わり、指定された席に着席した時に、偶然隣り合わせたのが初めてである。鹿でも周りと仲良くしようとは思う。俯き加減の真依に臆することなく、浩介は手を差し伸べた。


「俺の名前は浩介。3年間よろしく頼むな!」


 屈託のない笑顔で接する浩介に、真依は、はぁ、と溜息を吐いた。真依の対応に首を傾げる浩介に、仕方がないと真依は口を開いた。


「私と…かかわらない方がいいわよ」


「ん? 何でだ?」


「私と関わった人は皆、不幸そうな顔をして離れていったからよ。幼稚園の頃なんか好きな男の子を泣かせたわ。皆腫れ物を扱うように私に接して、いなくなればいいと願っていたわ。あんな辛い思い、私もうしたくないの。貴方だって、私と関わるうちに苦痛に感じるわ」


 真依の言葉に、孝介はうーん、と腕を組んで唸ること数分、浩介は、はぁぁぁぁ、と真依よりも長いため息を漏らした。


「悪い、俺バカだからさ、体験していないことはわからないんだ。今んとこ嫌いになる点がわからないし。つかさ、皆を逆に笑顔にすることとか無理じゃね? そんな美人?八方? とかいう器用なヤツ、今まであったことないんだけど」


「………どうやら、言葉で理解出来ないくらいおめでたい人なのね。あと、美人八方じゃなくて、八方美人よ」


「おお! それだよそれ! なんだお前頭いいじゃぁぁぁぁん!」


「…………はぁ」


 これが、2人のファーストコンタクトな訳であるが、お世辞にも真依には余り良い印象を与える事にはならなかった。だが、ここ十数年、肉親とすらまともに会話してこなかった真依にとって、人との会話自体がかなり新鮮だった。もっと会話をしてみたい。その心が真依を突き動かし、最初は嫌がる素振りを見せつつも、浩介と交友を深めていくこととなる。


「…………汚い部屋ね」


 今日は浩介の部屋にお呼ばれされ、いつものように嫌がる素振りを見せつけてから、渋々部屋に上がる、という体で、部屋に入り、部屋の惨状にポツリと言葉が漏れた。脱ぎ散らかされた服、堂々とベッドの上に鎮座するエロ本、後はゴミ箱から溢れ返った菓子袋だ。汚物を見るような目で見渡す真依の隣で、浩介は、いや〜、と頭の後ろを掻きながら、言い訳を始めた。


「俺さ〜、整理整頓全然できないんだよね〜。つか、これで全然生活出来るから、全く困んないしさ〜」


「私は困るわ……これじゃあ座ることも出来ないし。片付けるわよ。私は服をまとめるから、貴方はそのえっちぃ本を片付けて」


「お? 面倒見がいいな〜」


 茶化す浩介を無視して、真依は脱ぎ散らかされた服を纏めてカゴに突っ込み、ゴミの片付けに取り掛かった。そんな真依を尻目に、ベッドに鎮座するエロ本を片付ける最中、ある事に気付いた。真依の長袖からチラリと見える手首に浮き上がった無数の線。気になったら止まらない浩介は、真依の腕に指を指した。


「なあ、それ何の跡だ?」


「え?…………ああ、リストカットよ」


「リストカット? 手首切るやつか?」


「そうよ…」


 自らの手首を真依は愛おしそうに撫で、真依はうすら笑みを浮かべた。


「リストカットとしている時だけ、何だか生きている実感が湧くの。脈を打つ度に、血が滲んで、痛みを感じる時に、ああ、私生きているんだ、そう感じることが出来るの…。でも、お父さんとお母さんは、私がリストカットしている事を、頭ごなしに否定したわ。リストカットの何が悪いのか話さずに、ただ悪い事だって叱ったわ。私のことなんて、何も知らないくせに」


 珍しく自身のことを話す真依に、浩介は特に何も言わず、ただポケットを漁っている。すると、真依は眉間に皺を寄せて、口を尖らせた。


「貴方も、私のことなんて興味ないかしら?」


「いや? ちゃんと話も聞いてた。ただ………お、あった」


 浩介がポケットから取り出した物、それは、赤い色に染まった煙草の箱だ。隣にいる真依に気にすることもなく、火をつけると、紫煙を吐き出した。


「ふう~、俺は痛いの嫌だから、リストカットの良さなんて全く分からないけど、煙草よりは体に良さそうだってことはわかった」


 ダメ出しと言わんばかりに、また口から紫煙を吐き出すと、真依は顔を顰めた。真依は煙草の臭いが苦手だ。ただただ臭いだけの代物を自慢げに見せびらかすファッションヤンキーを見ると、反吐が出そうだ。そんな代物を、堂々と吸う浩介に、何故か、嫌悪感を感じる事が無かった。それどころか、拒絶の対象である煙草に、若干の興味が沸いたくらいだ。


「……貴方、煙草なんて吸うのね」


「不満か?」


「ええ…でも、一本分けてくれるのなら、許してあげるわ」


 真依の返答に、浩介は若干の驚きを見せるが、箱から一本取り出し、真依に手渡した。真依は煙草を口に咥えると、浩介がオイルライターを取り出し、火をつけた。


「吸い込みながらじゃないと火はつかないからなー。そうそうゆっくりと…」


「……えほ、げほ!」


 肺に紫煙が到達すると、煙草を吸ったことのない真依は、当然のことながら拒絶反応を起こして、勢いよく咳き込んだ。なかなか止まらない咳に、浩介は背中を擦りながら、あーあーと首を振った。


「最初はこうなるよな。おれはなった」


「げほげほ……やっぱり、吸えたものじゃないわ。でも、吸う人の気持ち、少しわかったわ」

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