心の中に逃げ込んでしまった俺の盟友を助けに行こうぜ、夏。
とかふな
第1話 電話
「ここで6番ライト
実況の声に、俺は顔を上げた。
八回裏。1点差。ワンアウト2塁。
今どき珍しいブラウン管が、夏の甲子園準々決勝第二試合の様子を伝えていた。
俺は
犠打で着実に同点走者を進塁させるか。それとも強硬策で一気に畳み掛けるか。
球場にいる五万人の観衆。中継を通した数百万人の注目。テレビカメラが彼の挙動を追う。
画面がピッチャーに切り替わる。ここまで無失点のエースの顔には、ピンチでなお自信が覗いている。キャッチャーからのサインに
母校の選手を狂ったように応援するチアガールが一瞬映る。
が、
俺には、さっぱりと、何の思い入れもなかった。何せその県にはまるでゆかりがない。5秒前まで、この試合の存在も、テレビ中継にも気づいていなかった。
ただ、今、偶然にも俺と同姓の高校生が打席に立っている。その事実だけが俺の注目を引いた。
そして、俺は彼に、板持くんに
しかし今、大きな
ホームベースの隣で、震えを隠して、見えるはずない未来を見ようと苦しんでいた。
投手が動く。セットアップポジションから、一気に前方に体重移動。体の開きを抑えながら左足を前へ。右腕を振り上げ、縫い目にかけた二本の指でボールに回転をかけ、思い切り投げ……
投げ…
…
.
bbb
bbbbbbブブブブブブブ
卓上の携帯が震えた。
画面上の11桁は知らない番号だ。怪訝に思いつつ、待たせては悪いと応答する。
「はい」
「もしもし。恐れ入ります」
丁寧な、落ち着いた若い女の声だった。
「こちら板持さまの携帯でよろしいでしょうか?」
「そうですが」
「お忙しいところ恐れ入ります。こちら四ツ井商事の
「ええ」
「ええと…その、ですね、板持様、弊社の
「…ああ。はい。茂手木、ええと、茂手木くんですね。存じ上げていますよ」
茂手木克明。大学時代の同級生だ。ドイツ語のクラスが一緒で知り合った。律儀で真面目で、いつも前から3列目の卓で授業を受けていた。教師に続いて
「突然の電話で、何の用件だろうかと心配されていらっしゃると思うのですが」
まさしく。
「あの…ですね…」
「うちの茂手木が……先週の月曜日より出社していないのです。何の連絡もなく。心配した社員が寮に向かったのですが、自室にはおりませんでした。いえ、より正確に申し上げますと、寮には彼の荷物や衣服その他の物、何も残されていませんでした。あたかも、これから誰かが入居するかのように。もぬけの殻とでもいいましょうか…。捜索に向かった社員は首をひねりひねり帰ってきました。寮の隣近所の社員にも聞いてみましたが、彼が引っ越したというような情報はありませんでした。私どもも、同じ部署で働いておりますが、何も聞いていません。彼の行方がまるでわからないのです。彼の同期に聞いても何も知らないといいます。彼の安否を非常に心配していまして…。そこで、彼の緊急連絡先として板持様の電話番号がありましたので、今回連絡させていただいた、という次第です」
…
ほう…
俺は面食らった。まず彼が出社していない事実、連絡が取れない事実、そして(確か代々木上原だったと思うが)寮から
「その、ちょっと待ってください。がっかりさせるかもしれませんが、全て初めて聞く事実ばかりです。その、彼は今全く連絡が取れないということですか?」
「ええ、そうです」
「まあ、そうですね…いや……実家に帰ったとかですかね……」自分の回転の鈍さに俺は嘆息した。が、それぐらいしか思いつかない。
「彼の実家なのですが」
若い女が、またも何か
「一切情報がないのです。連絡簿にも、人事管理簿にもなく、我々は彼の面接時の書類まで確認しましたが、彼の両親や兄弟、実家に関する情報がなぜか全て消えているんです」
まさか。
何かの間違いだろう。彼の実家は、確か長野だ。親に会ったことはないけれど、これまで幾度となく彼の家族のエピソードは彼自身の口から聞いたことがあるし、全く存在しないなんてことは……。
「そんなはずはないと思われるかも知れません。しかし、社内に全く茂手木への連絡方法がなくなっていまして…その…変な言い方かも知れませんが、彼が働いていたことの痕跡が消えていっているような……」
「警察には?」
「いえ、まだ……ちょっと上の方が社内でなんとかしろ、と言っていまして…ですから、実は板持さんに連絡しているのも、私の独断なんです」
ずいぶんと穏やかではない。
「つきましては、
「ああ。ええ。私から彼に連絡してみましょうか?」
「ええ!」声が安堵に変わった。
「まあ、その、実際に連絡が取れるかはわかりませんが。ただまあ、試みることはできます。というより、私自身、友人として心配ですから」
「ありがとうございます。本当、ご理解いただけて、動いてくださって…」
「いえ、なんてことありませんよ。では結果をまたご連絡しますね。えっと、どちらに…」
「あ、この携帯にお願いします。むしろ、会社の代表とかには…」
「わかっています。では後ほど」
「ありがとうございます。では失礼します」
店員に麦茶のお代わりを頼んで、ふうと息をついた。茂手木と最後に会ったのはいつだったろうか、と思い返す。昨年の末頃、大学の同級生の結婚式で会ったのがそれだろうか。その後に忘年会をした気もする。いや、春に
しかしまあ、まず、携帯にメッセージでも送ってみるか。
……などと麦茶を
店を出るとき、テレビが目に入った。
板持くんが泣きながら土を
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