第26話 式当日

 三月二十日、春分の日。

 行楽圓ドームには袴やスーツ、着物やパーティドレスを着た沢山の人達が集まっていた。

 休日だからか、かなりの大人が参列していた。

 俺も結婚式には何回か行った事があるが、そのときの四、五倍くらいの人が集まっていた。

 こんなにも大勢の前でピアノを弾くのか。

 ドームで弾いた事はないので今まで弾いてきた会場の中で最も大きい会場になる。

 俺は今何処にいるかというと控え室にいる。

 天井から設置されているテレビには会場全体が映し出されているので状況を見ることができた。

 テレビを見ながら制服に着替えて出番を待っていた。

 哀來と綾峰さんは今頃ウエディングドレスとタキシードに着替えているんだろうな。

 それにしても……。

「大丈夫なのか? ウエディングドレスで」

 柏野さんの作戦を思い出すが……服装的にも大丈夫なのか?

 ガチャ

「青龍さん! スタンバイお願いします!」

 後ろの扉が開き、スタッフが俺を呼びに来た。

「わかりました」

 楽譜を持ち、控え室から出るとスタッフに案内された。

 会場に入ると客席がほぼ満席になっていた。

 会場の真ん中に敷かれた十メートルのバージンロードに、俺が伴奏する白いグランドピアノと新郎新婦の哀來と綾峰さんが座る雛壇が設置している巨大ステージだ。

 バージンロードの真ん中では綾峰さんが緊張した様子で立っていた。新郎だからな。

 すごく緊張してきた。まぁこの緊張には他にもう一つ理由があるが。

 俺は白いピアノ椅子に座ると急に会場の明かりがすべて消えた。

「会場の皆さん。お待たせしました」

 マイク越しの柏野さんの声が会場内に響いた。

 柏野さんは白いスポットライトに当たりながら司会を務めている。

「皆様、本日はお忙しい中ご出席くださり誠にありがとうございます。大変お待たせしました。ただ今から綾峰家・燕家ご両家のご結婚式並びにご披露宴を始めさせていただきます」

 いよいよ始まるのか。

「申し遅れましたが、本日のこの良き日に司会を勤めさせていただきます。私、新婦の哀來お嬢様の執事をしております柏野でございます。どうかよろしくお願い申します」

 たくさんの拍手が会場中に響いている。

 今日を『良き日』と思っていないのは俺と柏野さんしかいないという現実を改めて実感した。

「それでは花嫁の入場です」

 ステージに設置されている大きなスピーカーから入場曲が流れ始めるとバージンロードの奥の扉が開いた。

 白いウエディングドレスを着た哀來を黒のスーツ姿の大光が腕を掴んでゆっくりと歩いて来た。

 傍から見ると『慣れないウエディングドレスを着ている娘に手をかしている父』という微笑ましい親子に見えるだろう。

 だが俺は『姪を無理やり引きずって政略結婚をさせる叔父』にしか見えない。

 ドレスなんか哀來は家の中でいつも着ている。

 哀来を綾峰さんのところまで連れてくると大光は一番前の座席に座った。

「それでは新郎新婦のご紹介をします」

 柏野さんの言葉で披露宴が本格的に始まった。

 それからはトラブルなどは無く披露宴はスムーズに進んでいった。

 俺はケーキ入刀のBGMとして曲を一曲弾いた後は何もする事が無かった。

 なのでその後は参列者と同じく見ているだけだった。

 食事はさっきしたので二人のお色直しを三十分間待たなくてはいけない。

 練習もできないので暇だ。

 次のお色直しからあの作戦が始まる。演奏に向けてピアノの音を大きくさせる為、中にマイクを入れた。


「初めまして。君が青龍君か」


「!?」

 入れた直後、後ろから声を掛けられたので振り向いた。

「初めまして、哀來の父の大光です。娘がお世話になっています」

 大光、俺と哀來の親父の仇。

「は、初めまして……」

 こんな事言われたの初めてだ。こんな答え方でいいのか?

 いや、こいつは仇だ! 『礼儀正しくない』とか思われて嫌われたっていい!

「ところで……先生はこれからどうなさるのですか?」

「次の演奏に向けての調整です。なんせ次の演奏が肝心ですから」

「そういえば哀來と柏野と三人で協力したと聞いたな。楽しみにしているよ」

「はい。楽しみにしていてください」

 俺が言うと誰かに呼ばれたのか大光はどこかへ行ってしまった。

 ……見ていろよ燕大光。

 お前がそうしていられるのも今日が最後だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る