剣の女神かく語りき
秋保 あかさ
Prologue
00 母の愛
今から十七年前のある日、王都から南西の外れに位置する小さな村で、一人の少女が剣を取った。
少女が暮らすデスティネ王国は世界でも有数の大国だが、それでもこのような外れ村にまで守衛の手が十分に及ぶことはなく、村人たちには魔物や野盗の脅威から身を護れるだけの自衛力が求められている。だからこそ性別に関係なく、この村では、遅くとも十歳前後になる頃には剣や弓などの修練を始めるのが半ばしきたりのようでもあり、義務のようでもあった。
無論、少女が剣を手にしたのも同じ理由からだ。だが彼女は、周囲とは一線を画す剣術の才を垣間見せた。
剣術を習い始めて一年もしない内に、彼女は村の成人男性を模擬試合にて完膚なきまでに打ち破ったのだ。筋力では大人どころか同年代の少年にすら劣る少女なのだが、何故だか剣を振るう速さは圧倒的だった。そして同時に、まるで身体が剣術の全てを把握しているとでも言うかのように、見る者全てを魅了する剣捌きを可能とした。
後日、少女は両親の手により王都へと連れて行かれた。専門機関へと『スキル鑑定』を依頼するためだ。
その人間のスペックの高さを決定する――スキルとはそう断言しても過言ではなく、実際に高みへと昇り詰める者ならば皆が保有するものでもある。その種類は未だに果てを見せず、剣や弓などの武器や炎や水を操る魔法、そしてモノ作りや食材の調理に至るまで様々なスキルが確認されており、後天的に獲得することを可能とする。
スキルは古来より、その熟練度をレベル毎に大別してきた。それを測るのが『スキル鑑定』という技術である。スキルが神の意志により存在するものならば、その鑑定技術も、神が人々へと自分たちのスキルを知ることを許可したために存在するのであろう。
そのレベルとは、最下位が“レベル0”であり最上位が“レベル5”の、全六段階で表される。
レベル0はその分野に大きくは関わっていない者であり、レベル5はその分野を極めし者にのみ見られる。
より詳細に記せば、
レベル0――未経験から齧った程度のレベル。
レベル1――駆け出し。ただし到達には最低限の努力が必要。
レベル2――武器や魔法のスキルであれば、訓練歴数年の兵士や冒険者に多い。同時に武器か魔法においてこのレベルのスキルを所持することが、冒険者プロライセンス取得試験の受験条件となる。
レベル3――どのようなスキルにしても、そのスキルの分野を職とするプロ以外にはほとんど見られず、才能と努力が両立していないと発現しない。また、生涯このレベルから抜け出せない者も多い。
レベル4――武器か魔法においてこのレベルのスキルを所持することが、上位冒険者と呼ばれる高位の冒険者へと昇格するための試験の受験条件となる。一流。
レベル5――超一流。
となる。
もしも何かの分野においてレベル4以上にまで到達すれば、その者の名前は広く知れ渡ることになるだろう。
だからこそ、少女の両親は大いに期待していた。
――もし娘に“剣術レベル3”などというスキル表記が表れたら? それとも、それは少し欲を掻き過ぎだろうか?
そうだ。年齢が年齢だ。子供であり、なおかつ剣術歴でさえ一年程度にしか満たない――例えレベル1であろうとも、本来ならば十分すぎる才児だ。この年齢と剣術歴でレベル2でも出ようものなら、それを知った王都の何らかの組織により、何らかの特別措置で、何らかの待遇が与えられるかもしれない。ただの村人であってもそんな未来は想像に難くない、それくらいの才能だと言える。
少女の両親は、来るかもわからぬ娘の輝かしい未来を確信していた。
やがて村からの集金を使用しスキル鑑定を終えた少女の両親は、そこへ記された鑑定の結果に、不幸にも性格を歪められることとなる。
――“剣術レベル5”。
その同時期・同時刻に、武を司る神々を崇める神殿に、一つの神託が下った。
その内容は、『剣の女神は一人の人間に寵愛を捧ぐ』という旨を伝えるものだった。その瞬間こそ神託を授かった神殿の人間たちは首を傾げ、その奇妙な言葉の真意を知ろうと奮起したが、スキル鑑定を終えた少女の噂が王都へと波紋を立てることにより、全てに確信を得ることとなった。
――『剣の女神に愛されし者が生まれたのだ』と。
そして当時、弱冠七歳だった少女の名は――“ラナーシャ・セルシス”という。
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