千鶴さんと智哉くん -アラサーOLと男子高校生の、 -
長月東葭
01:アラサーOLと男子高校生の、“日常”
季節は6月。次第に日差しがきつくなり、新緑の色が目に鮮やかになっていく季節。
高校の夏服を着た少年が1人、
少年は部活動には所属しておらず、朝早くに登校し、日が暮れる前に帰宅する。友人は何人かいるが、どちらかというと休日は1人で過ごす方が好みな性格をしている。とりとめのないことを、頭の中で延々ぐるぐると考え続けるのが癖の、口数の少ないタイプの人間だった。
別段秀でている才能もなく、身体的特徴も特にない小市民の少年であったが、彼には少しだけ奇妙な関係の知人(その関係に「知人」という名詞を当てることが正確なのかは、彼自身にもまだ分からない)がいた。
「
通学路を歩いていた少年の頭上から、
声のする方を見上げると、年季の入ったコンクリート作りのアパートの2階の一室から、1人の女性が顔を出していた。
女性は白いTシャツ1枚にショートパンツというラフな服装で、窓際の
「それに相変わらずの正確さだねぇ。今日も7時ぴったりじゃーん」
2階の窓辺の女性が、左の手首に内向きに巻いた小さな腕時計を
「……え?
だらけきった姿を窓辺に
「
「いや、そういうことじゃなくて……」
「社会人が、平日の朝っぱらからアパートのベランダでだるそうにタバコを吸っているとしたら、それは有給で休んでいるか、仮病でサボっているか、色んなことがダメになって壊れかけているか、その内のどれかだよ」
「……
「んー? べっつにー? 『名前で呼べ』って言ったのに、全然約束を守らない若造に話す問題なんて、どこにもないけどー?」
「あ、その……すみません、
少年が不慣れな様子で、気恥ずかしそうに女性の名前を口にした。
「ふむ……まぁいいよ、気にしないで。よし、約束を守ってくれるうら若き少年には、是非とも話さなければならない問題がある。とりあえず上がってー」
「え? 今ですか?」
「ん」
「僕これから学校なんですけど」
「ん!」
窓辺に居座って、タバコを
***
「……お邪魔、します」
「はいよー。あ、鍵ちゃんとかけといてねー」
部屋の奥から
「その辺テキトーに座りなー」
背後に立つ
「えーっと……
「んー? なにー?」
「これ……」
その先には、
「……あ。はは、悪り悪り」
その光景を見て、
「散らかっててごめんねー。そこ
「えーっと……それで、どうしたんです?
「うむ、そのことか。まぁこれを見てくれたまえ、
その先には、大型の液晶画面があって、そこには「PAUSE」と文字が表示されたCGの静止画が表示されていた。そこには
「コイツに全っ然勝てねーの。マジヤバイ、詰みそう」
そう言いながら、
「……まさか
よく見ると、
「後学のために教えておいてあげるよ、
そう言いながら、
「またそんな
「懐かしいなぁ」
「そうか、君にはこれが懐かしいのか……私にとっては、まだこの辺は準新作に見えるよ。さすがは現役の高校生だ。アラサーの私との間に、時間の感覚について著しい隔たりを感じるねぇ」
「――みたいなことを、よく言う同期の
そして
「ほい。というわけで、これクリアするの手伝ってちょうだい、
「
「んー? 今日仕事あるよ? 私」
「え? 夜勤か何かです?」
「いんや? 昼勤よ? 9時始業」
「ちょっ、それまずくないですか?」
「あぁ、その通り。察しがいいね、
「それ……今日の夜とかにすればいいじゃないですか……」
「
「はぁ……多分僕、すっごく馬鹿なことしてますよね……」
「
火の
それから、出勤・登校時間をかけた、
「え? あれ? コイツこんなに強かったっけ?」
「しっかりしてくれよー、
「おっかしいな……なんか記憶のと違う感じが……
「キー配置とかはいじってないよー。難易度だけ変えたけどさー」
「あー、だからかぁ。難易度いくらにしたんです?」
「エクストリームに決まってんじゃん」
さも当然のような口振りでそう言った
「……すみません、無理です。それって周回プレイで解放される最高難度じゃないですか……。というか
「エンディングがどうとかじゃないんだ、
***
その後も最高難度のボス戦で、
それを見て、
「仕方ない。協力プレイといこうじゃないか、
「……お願いします」
何か大事なことを忘れている気がしたが、難易度エクストリームの前に心折れかけていた
隣同士で床に座っている2人の肩の距離は、先ほどよりも近くなっていた。
「……って、
「僕が
「私さー、自分でゲームするのはもちろん好きなんだけど、誰かがプレイしてるのを横で見てるだけっていうのも結構好きなんだー。だから見てた」
画面に目線を集中させたまま、
「君の一生懸命なプレイスタイル、ヘタクソだけど嫌いじゃないよ、
「……出勤と登校がかかってるんです、本気でやってください、
「はいはーい」
***
それから2人は、無言で肩を並べて、モニターを見つめ続けていた。
「よ、よし……あと少しですよ、
「そうねー、がんばろうぜ、
難易度エクストリーム、最強のボスの残り体力表示はあとわずかとなっていた。
次の一撃で、勝負が決まる。
「よし、これは行けますよ……!」
「……」
「これで決着……!」
ザシュっと、最後の攻撃音が響いた。
「あ! ちょっと
勝利を目の前にして高揚した声を出していた
液晶画面には、とうに見飽きた「Game Over」の文字が表示されていた。
「なんで僕を攻撃しちゃうんですか! あと一撃で決まったのに!」
「おっとっと……ごめんごめん、手が滑っちゃった」
「くそぉ……あとほんのちょっとだったのに……でも大分パターンが分かってきましたよ、次こそ行けます」
悔しそうにしている
「それは頼もしいな。ところで
ゲームに夢中になっていた
時刻は既に10時を回っていた。
「え……しまった……遅刻だ……」
「私も無断欠勤だなぁ」
「……
「んー? なにー?」
「……もう1回協力プレイ、お願いします。こうなったら徹底的にやってやりますよ!」
もうどうにでもなれと開き直った
「さっすが
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