1.




 妖魔や霊的存在が訝しげにされ、その実在すら怪しまれていた時代から、現在。


 此度、現代世界。



 科学文明の発展と並行して、妖魔に関する研究は大きく進歩した。寧ろ、遥か過去から伝承されてきた筈の精霊や妖怪変化などは今の世にいないだなんて、そんな考えは子供じみた空想か現実逃避だと笑えてしまえるほどに、妖魔の類は人々にとって科学と変わらぬ身近な存在と化していた。


 新聞・ニュースがデータ化するように、携帯電話がパソコンに取って代わるように。

 世界規模で状況は一変した。今や様々な業界、機関が妖魔の研究を開始して、各々のアプローチを試みている。美容、護身、娯楽、食用に至るまで……妖魔の顕現とその力の利用は、それまでの人の世の情勢を大きく傾けた。

 今や特別な種を除きその殆どをしっかり目視出来て、言葉を解し人の世に溶け込んでいるとされている。妖魔側の思惑も様々であり、嗜虐心や悪意を持って干渉してくるものもあれば、こぞって人と友好を結びたがる者もいる。



 特に前者の存在は、今や至る場所に妖魔のはびこるこの現代において、時にはニュースやワイドショーを騒がせる時事問題と化してしまっている。

 善良な妖魔が現代の法で人と同等に保護されている以上、妖魔全てを駆除の対象にするわけにはいかない。国際・国内世論がそれを許さない。だが、不可思議な力を持つ妖魔がいたずらに破壊を振りまけば、その被害は自ずと尋常ではないものとなる。そして妖魔が雲隠れすれば、その追跡は極めて困難だ。比べるのは難しいものの、責任の追求が難しい分人一人が巻き起こす犯罪など可愛いもので、状況の変化に伴い、国は警察機関とは別に、その悪質な妖魔に対する抑止力が必要とされた。


 妖魔対策を念頭に置いた新たな機関を創設し、機関の手足となる「魔祓い」の育成と危険視された妖魔の討伐、代表的な妖魔の「呪い」に対する保険の講習や予防接種の推進などの政策を打ち出し、まずは国民の危険意識を向上させることによってこれに対抗することとなった。




 中でも、数ある政策の中で多くの国家予算が投じられ、最も民間の妖魔対策に効果的だと期待されているマニフェスト、「青少年に対する対妖魔の知識習得の義務教育化」。


 妖魔に対抗する為の術を若い年代の青少年たちに講じることで、国民一人に対する妖魔の被害へのリスクを軽減させ、同時に有能な「魔祓い」を発掘する事を目的としたこの政策は、実に大きな効果を生んだ。


 事実、地方の小中高合同学校などを除き、取得義務単位として妖魔の学問を講じている高校に在籍し、併せて妖魔と使い魔契約を結んでいる生徒は、今やその全体の98%を超えている。これは、「対妖魔対策法」の「義務教育化条文」が施行された世代から急激に増えたもので、彼らにとっても、使い魔の存在はトレンドであり当たり前。それはマニフェストの思惑通りの数字であったが、今度は逆に、妖魔と危険すぎる契約を安易に結ぼうとする青少年に対する取締を強化する羽目になった。


 これらが全て、妖魔の事件は当事者にならなければその危険さを実感し難いがゆえに、妖魔に関する一通りの知識はすべての国民が持つべきであるという考えである。


 国民一人に、使い魔一人」。政府から次に打ち出されたマニフェストは随分と大胆な謳い文句だったが、妖魔の側から人との友好を望む風潮もあり、あながちそれが達成される日も近いのではないかと巷では囁かれていた。

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