転移したってうまくいくとはかぎらない

創手カケラ

エピローグは突然に

「よお?残念だったなあ。まだ若いのに」


どこかわからないが彼はここにいた。とても清々しく、とても緑が溢れて、水は清らかに流れる空間。せせらぎの音、そよぐ風の音、それらすべて心地よく。緑と花の香りが心を安らげる。あり得ない空間で目覚めたのだ。そんな空間で残念だなと声をかける相手がいた。風貌は揺ったりとしたローブのようなものに身を包み、足元はサンダル。髪は黒で、顔はちょい悪オヤジと言った感じである。そんなちょい悪は、この空間に建つ東屋ガゼボでお茶を楽しんでいて、彼を残念と言う。


「まあ、こっちに来なさいお茶でも飲もう」


「は、はい……」


ちょい悪の言葉に誘われるままガゼボの椅子に座り、ちょい悪の進められるままに、ティーカップを受け取る。ティーカップを満たすのは綺麗な紅い水色すいしょくの紅茶。


「えっと……名前は浅川竜翔あさがわりゅうと?キラキラってわけでもないか??年齢は……26歳?職業は中小企業の一様社員で、最終学歴は高校卒、飛ばされた理由は事故?流行りこれ?」


「いや……そんなこと言われましても」


ちょい悪はティーカップを彼に渡したあと手元にあった紙を読み上げる。それは彼の情報。紙の情報にいちいち一言コメント付けていく。そんなことを言われてもと思う彼・竜翔だがちょい悪の言う情報にふと思い出した。自分の最後を……




それは雨の日、夜遅く十二時過ぎた頃。田舎でもなく、都会でもない町。昼間でもシャッターの閉じた寂しい通りを過ぎ、街灯もなく人家もない夜道を歩いていく。いつもなら自転車でさっさと帰るのだが今日はついていない。

「鍵を掛け忘れただけで、なくなるってついてねえ」

寝坊して、慌てて家を出て、急ぐあまり駐輪場で鍵を掛けなかっただけで、その日の昼には自転車はない。歩いてコンビニ弁当買いに行き、戻ってみれば仕事が増やされて、日を跨ぐ。自転車を盗んだ奴は恨めしいし、仕事を増やした上司は憎い。と言っても仕事を帰る度胸もなくこうやってとぼとぼと帰るしかないまた明日寝坊して出勤はしたくないとため息をつく。

ふと車のエンジン音が聞こえ、段々とうるさいマフラーに音楽が近づいてくる。最近、家の前やこの道走ってる迷惑な走り屋、不良の車だろう。車道のみ道とは言え、白線の外、路肩歩けば安全なはずと思っていた。緩くもなく急でもないカーブをに入りがふと顔をあげる。ハイビームの明かりが、サスペンションで揺れる度上下に揺れるのがわかった。カーブミラーには急激に大きくなる鉄の塊の車が二台、彼方から向かってくる。エンジン噴かし、爆音あげて、光の線を引いてそのままのスピードで一台がカーブへ入っていく。

そこからはとてもゆっくりだった。車はタイヤを滑らせて横向きになりながら、ゆっくりと目の前へ入って来る。運転手の顔が焦りと驚きで引き吊ってるのが鮮明にその時は見えた。衝撃を感じたかは正直わからない。気づけば体は中へ放りあげられて、草の藪やカーブミラー下に見えスリップする車を反転して逆を向くそして草藪の中へ叩きつけらる。耳がキーンと鳴り響き、意識が薄れる。騒がしいなにかが聞こえたが、単発の音が数度して、光が遠ざかるのが見えた。冷たい湿った土の上……意識が事切れた。




「まあ、人生とは小説より気であり、残酷であり、落ちもなければ……味気ないよね」


「!?……俺死んだんすか……」


ちょい悪の言葉で竜翔はここへ引き戻される。本当に彼の言う通り、呆気ないものだ。妻もなく子供もなく、正直彼女も中学三年が最後。高校では好きな相手もいたし、告白も一回されたが進展発展はしなかった。高卒で就職した会社で嫌なことがありつつもいつかのためにと我慢してきたことが一度のことで無に帰ったのだ。お茶を楽しむちょい悪を目の前に呆気ない自分の最後に涙もでない。そうして竜翔はちょい悪に訪ねた。自分は死んだのかと。


「うん?いや、いないし、いないよ。ある意味?」


「へ?」


「まあ安心なさい。ここはそんな半端者……君のような残念な人にsecondchanceを与えるためにあるんでね」


死人かどうかその回答は、さも当然のように返される。死んでもいないし、生きてもいない半端者と当然のように返されてもそうなのかと納得できるわけでもない。竜翔は変な返事をしてしまう。そしてさらに ちょい悪は続けてとてもネイティブな英語でセカンドチャンスと悪党のような悪巧みを企てる笑顔見せる。ちょい悪の表情に意識が向くが、彼の言った言葉に竜翔は身を乗り出す。


「あ、いや……?セカンドチャンス?甦れるんですか!!」


「うん?ああ、ごめんね。あの世界には君は戻せないねえ。作りが戻せる設定にしてないから」


「そ、そうですか……」


セカンドチャンスと言うわりに望み通りにならないなと肩を落とし、座り込む。波紋に揺れる紅茶に、竜翔の自分の情けない顔が浮かんでいる。落胆する竜翔にちょい悪は笑う。人の気持ちなどわからないのか、それともそんなことなどても小さい小事、どうでもいいことと言う風である。そして竜翔にチャンスの内容を伝える


「はっはっはっはっはっ、そんなに落ち込むな。君には新たな人生を新たな世界で歩んでもらうだけ……それが嫌なら、虫か獣か、はたまた植物か輪廻転生なる渦を楽しんでもらうだけだよ。どっちがいい26歳までの経験を活かすか?記憶もなにもなく一週間の命や数百年の時を日と月の過ぎ去る数を数える命か」


ちょい悪が言う二つの選択肢。言い終わればちょい悪は紅茶を啜り始めて、竜翔の選択を待つ。人として新たな生活を新たな世界で始めるか。何になり何に生まれ変わるか分からない生を繰り返すか。ただその様に言われれば……選択肢はひとつしかない。そして俯く竜翔を見て、ちょい悪はにやりと笑顔を見せる。


「貴方はその世界で、俺に何をさせたいんですか?」


「簡単さ。私を楽しませてくれ。たったそれだけだよ。方法はひとつ、君は君のやりたいことをその世界で見出だして私にその軌跡を見せてくれればいい……君はその世界で何を成すか見せてくれ破格だろ?」


破格と語る条件。選ぶ道は一つしか用意されてない訳だが、一歩が踏み出せない道はそれしかないのだが……再びティーカップの紅茶に写る自分を見る。やりたかったことは沢山ある。そして、今はここにいる。


「本当にその条件なんですね?」


「ああ、そうだよ……その条件さ……それ以外には求めないさ」


ちょい悪は笑う。答えを知ってるからかこれからを楽しみにしてか。


「その世界へ行かせてください」


「相……分かった。ふふっ、いい判断だよ」

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