第3話 君の嗜好関数と各動画の嗜好点との最短距離を計算すれば、最適解の動画が求まるよね

「なあ、サンさー」

 俺はシャケ缶を振りかけたレンチンご飯をむさぼりながら言った。

 名前をつけたあたりからなんだか急に現実に見え始めた。ほっとすると、無性に腹が減った。

「例えば動画とか見ようと思ったら、どういう風になるわけ?」

 サンは俺の疑問に少し呆れた素振りを見せた。すまんな、もうしばらく付き合ってくれよ。

「そりゃ、リョータの視覚野にストリーミングデータを投影するだけじゃない。試しに何かやってみる?」

 相変わらずこいつの言語はわからないが、何かすごい新機能のご様子だ。


 次の瞬間、俺の脳内スクリーンにYoutubeの赤い画面が立ち上がった。再生されたのは某ロックバンドのMV。初見の。

 しかしこれ、目には見えてないけど、脳には見える。これは何か俺が妄想しているのではなくて?

 でも、俺の妄想力はこんな巧みじゃない。こんなビートも刻めないだろう。

 やっぱ動画が脳で再生されてんのか

 うう、なんだか気持ち悪い。


「これ、見えてる、、、のかな?」

「? 見えてるでしょ?」

「見えてるけど、見えてないような、、、」

「ハハ、意味わかんない」

 わかれよ。

「あのさ、こう、目に見える、みたいな感じのことできないかな?」

「ん、現実世界知覚モード?レトロ趣味だね。まあできるよ。ほい」

 といったら俺の視界の右側に手のひらほどのスクリーンが現れて、さっきの動画の続きが流れ始めた。

 おもわず、スクリーンを触ってみる。まさに幽霊を触るように、何も触れない。どうなってんの、これ?


「ぶっ…ちょ……ま……」

 とあえいでいるのはサンだ。見れば笑い転げてやがる。馬鹿にしやがって。ふざけるな。お前も携帯を名乗る以上は、人間の被造物なのだろう。お前も、誰が作ったか知らないが、人間の被造物である以上は、想像主である人間様のはしくれに首を垂れ、膝まずくべきではないだろうか。ええ、どうなんだい、この背教者め。


 と、弁舌をふるいたいのはやまやまだが、


これ、どうやってんの?


 という疑問が先に立つ。俺は恥を忍んで、聞くこととした。相手の軍門に下るようで、悔しい。


 「なあに、ここにスクリーンなんてものはないのよ。ただ、君の網膜内細胞に知覚刺激を与えてやっているだけさ。ワタシからすると、視神経細胞用の周波数に変換する一手間がかかるから、なにがいいんだかわからないんだけど、キミ人間はずいぶんお好みのようだね。しかし、私のご主人様は間抜けだなあ…くくく…」


泣きたい。


が、

この曲すげーいいな。


「ん、まあ、あんたの最近の視聴履歴をベースに、一番いいねを押す可能性が統計的に高い動画を選んだからね。そりゃそこそこ好きでしょうよ」

 え、なんだって。

「だからまず、君の現実の視聴履歴があるでしょう。これが動画共有のサーバーに残ってる。それがベースね。そんで、こっちでは、各動画を見たときの前頭前野とか、側頭葉とか、視床下部とか、脳の各部位の電位変化ログをとって、そのニューロンログで統計に重み付け計算をするわけ。ま、情動を司る大脳辺縁系の扁桃体へんとうたいの情報が一番大事なんだけど。これらからパーソナルベースでその人の好みってのは定量化できるよね。で、こうした好みを十一次元の嗜好関数しこうかんすうとして数学的に記述する。で一方の動画サイト内の各動画は、これは、投稿者の設定もあるけど、あとは既視聴者の反応履歴も加味されて嗜好空間の中で既にプロットされるの。だから、君の嗜好関数と各動画の嗜好点との最短距離を計算すれば、最適解の動画が求まるよね」

へ?

「まあっ、君たちの記憶のやり方をマネしただけだよ!」

「あ、、うん、、、」

 やっべ、全然わかんねーぞ!

「ふふ、まあいいじゃないの。なんだか当惑してるみたいだけど、とにかくまあ私を使い倒してくれれば私は本望だよ」

 まあ、そうするか。

 ぶっちゃけ便利だしな。

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