40話「マリリンの死」
そう思った直後。
オオオーンっと、突如、茂みから一匹の狼が颯爽と飛び出した。
狼は風のように疾駆し、キュクロプスの周囲をぐるぐる回り撹乱する。
キュクロプスは大きな一つ目で、狼の動きを捉えてはいるようだが、身体の動作が狼の動きに追い付いていなようだ。
狂ったように、こん棒を振り回すキュクロプス。
しかし狼には掠りもしない。
『若者よ。今のうちだ』
鋭い眼光で狼が俺を睨む。
その狼の首には赤いマフラーが巻かれていた。
そうだ。
俺達はこの狼を退治、もしくは確認するために、この森へと踏み込んだのだ。
それが……どうして? もしや助けてくれると言うのか?
どんな理由かはわからない。
しかし今こそ、狼が言うように、パーティ完全復活のチャンスだ。
その鍵はアリスが握っている。
俺はマリリンをそっと寝かせると、アリスの元へと走った。
アリスの元に辿り着いた俺は、アリスを揺さぶりながら叫ぶ。
「ア、アリスっ! 頼むっ! 目を覚ましてくれ!」
すると、アリスの瞼がそっと開いた。
「……ハ、ハジメ?」
アリスは頬に傷を負っていた。
微かに血がにじんでいる。
前のめりに転んだ拍子に怪我をしたのだろう。
「ああ、俺だ。アリス、大丈夫か? 俺は異世界を舐めすぎていた。マリリンが死んだ。全部、俺のせいだ……」
「ハジメ……ごめんね」
「ん? 何故あやまるんだ?」
「アリスが考えなしに飛び込んだせいで……」
そう言うとアリスは再び瞼を閉じた。
「お、おいっ! しっかりしろ!」
ここで意識を再度、失われたら――もう後は無い。
今度こそ全てが終わるのだ。
軽くアリスを揺さぶるが、意識は遠のいていく一方だ。
――そ、そうだっ!
こんな状況で効果があるのか、わからない。
でも、試してみる価値はある。
俺はアリスに応援スキルを発動させた。
するとアリスの瞼が再度、開いた。
「少し元気がでてきたよ。ハジメの応援スキルってハジメの想いが伝わるんだね」
そう言うとアリスは一筋の涙を浮かべ、強く言った。
「魔力を供給するよ! ハジメっ! 爆裂魔法だよ!」
「お、おう!」
身体の奥底から魔力が溢れ滾るのを俺は感じ取った。
これならいける!
爆裂魔法を放てる!
ところが脳裏に浮かぶ呪文のスペルがいつもよりも長い。
どうなってるんだ?
しかし、今は考えてる暇などない。
キュクロプスを屠るのが先決だ。
「我が身に宿りし灼熱の赤き竜よ! 楔を解き放ち我が命ずる! きたりて咆哮、今ここに古より蘇れ、太古の炎よ、純粋なる穢れなき炎、全てを滅ぼせ、神の杖、
詠唱を完成させると同時に、狼に向かって叫ぶ!
「どっけぇぇぇぇぇ!!!」
翳した手の先から、収束したエネルギーが、光線のように解き放たれる。
光に呑まれたキュクロプスは消滅し、光線は森を一直線に消滅させた。
どこまで消滅させたのかもわからない。
わからないが、俺は直ぐに、アリスに振り返った。
「や、やったんだね……ハジメ」
アリスは少し身を起こした態勢で、柔らかく笑みをこぼした。
「ああ、アリス、そして……この狼のおかげかな……」
アリスが狼に気がついたようだ。
しかしアリスは狼を恐れる素振りは一切ない。
俺は足取りが覚束ないアリスに肩を貸し、まずはリシュアに元へと進んだ。
リシュアは出血がひどく、意識を失っていた。
アリスはリシュアの胸に手を当て、回復魔法を詠唱する。
回復魔法を詠唱してるアリスもふらふらだ。
俺も狼もその様子をじっと見つめている。
リシュアの頬がみるみると赤みを帯びていく。
「アリス、どうして自分の治療を最初にやらないんだ?」
「もう魔力が残り少ないんだ。それ、やちゃったらマリリンの治癒ができなくなちゃうんだよ。さっきのハジメの攻撃魔法。いつもより魔力の消費がなぜか激しかったんだ」
リシュアが気がついた。
「う、うう……」
「お、リシュア。気がついたか!」
「ハジメ殿……それに……アリス殿。無事であったんだな」
「ああ、俺達は無事だぜ! さっきの化け物もいない。もう安心していいんだぞ」
「……すまなかった。全てはあたしの油断が招いた失態。前衛を受け持ちながら不意打ちに、気が付きもしなかった……」
「リシュアに責任なんてないさ。俺達の全員の未熟さが招いた結果さ。それよりリシュア立てるか?」
「あたしはもう大丈夫だ。そうだっ! マリリンはどうしたのだ? それにそこの狼は……もしやニャム殿が申していた狼じゃないのか?」
「心配するな俺はその狼に助けられたんだ。敵じゃない。それよりマリリンの治療が先決だ」
リシュアは狼を気にしながらもマリリンの元へと向かった。
「マ、マリリン殿っ! こ、これは酷い……うっ……これはまさか……」
リシュアはその場にへたり込み、嗚咽を堪えるように口元を塞いだ。
俺はアリスを支えながらマリリンの元へと向かう。
狼もゆっくりとマリリンの元へと向かった。
アリスがそっとマリリンの胸に手を添える。
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