閑話「ティモの憂欝その壱」

 宇宙は人類の想像を絶する巨大な宇宙樹で形成されており、アリスや神が住まう場所は宇宙樹の頂点にある天界と呼ばれる星である。

 また宇宙樹は二つの巨大な樹が対をなしており、光側のセフィロト、そして闇側がクリフォトと呼ばれている。

 地球がある銀河系は、中間に位置している小さな渦の一つでしかない。

 



 ◇◇◇




 魔界皇帝は魔界の、とある神殿にて怒りで震えていた。

 

「またしても魔王が倒されるとはのう」


 魔界皇帝には肉体などなく、地球の言葉で表現するならば、霊的な存在である。

 地球では黎明の熾天使とも呼ばれてる存在であり、ハジメがいる世界では赤き竜だとか明けの明星などとも呼ばれている。

 つまり闇の勢力のトップなのである。


「閣下、なんでも魔王を倒した者は、地球とか言う辺境の星より招かれた者との情報でございます」


 魔界皇帝に平伏し答えているのは魔界の大公である。


「なんと、そのような見知らぬ星に女神との契約で魔王を滅ぼすほどの才能を得る者が現れるとは……些か信じられぬが、事実として受け止める他ないのであろう。しかし……困ったのう。光の神々は知らぬとは言え、闇があるからこそ光があるのだ。このまま光の勢力が拡大すれば、宇宙は光に呑まれ滅びてしまうだろうな」

「閣下の仰せの通りにございます」

「闇の勢力がこれほどまで劣勢となると、我の復活はまだまだ時を要する。神々が決戦を仕掛けてくる前に、我も受肉し復活せねば、宇宙の均衡は保たれぬ。して竜王の返事はどうなった?」

「それが……王国に滅ぼされておりました」

「な、なんと! それはまことか……あの心優しき竜王がのう……」


 魔界皇帝は悲しみの咆哮をあげた。

 霊的な存在とは言え、魔界皇帝の存在を認識できる者ならば、12枚の翼をもつ黄金色の美しい竜に見える。

 それとは別に魔界皇帝には光側の勢力が、竜王に手出しするとも思えなかった。


「では、白竜姫はいかが致した?」

「それが……行方知れずでございます」

「うむむっ……かの星で我の唯一の理解者である竜王が、滅ぼされるとは……」

「では、我々も、奴らに習って地球とか言う星より魔王を選出してはどうでしょう?」

「地球は神々の管轄地域ではないのか?」

「いえ、どちらにも属しておりませぬ」

「よし、ならばティモを召喚し地球の者から魔王を選出させるのじゃ」

「はっ!」




 ◇◇◇



 

 ハジメとリシュアがカッツと面接をしてる夕刻。

 ティモは陽が沈み、存在を誇示できる時間であり、意気揚々と魔城温泉の様子を見て回っていた。

 時折見かける来客に満足しながらもティモは必死である。

 魔城の建造にかかった費用を返済しなければ、存在そのものを魔界皇帝に消されると脅されているからである。

 

「マリリンよ。妾にも何か手伝えることはないか?」


 唐突に姿を現したティモに対し、マリリンは悲鳴をあげた。


「きゃあああああああああああああ!!! アリス氏どこですかアリス! お、お化けが……わ、我を……の、のろいに……」


 マリリンは転んだ拍子に自慢の帽子が、床へと転がった。

 ティモがマリリンのとんがり帽子を拾い上げ、首をかしげた。

 するとティモの首がポロリと床に転がり、更なる悲鳴が魔城温泉に響き渡る。


「マリリン。どうかしたの?」


 とたとたと駆けつけて来たアリスは、首のないティモをポカーンと眺めた。


「慈愛満ちたる聖なる福音よ……光となり生命の息吹なり…… 究極回復魔法アルティメットホーリネス!!!」


 アリスが首のないティモの胴体に回復魔法をけると、転がっていた頭が胴体に磁力で吸い寄せられるように、ピタッとひっついた。


「もう、だいじょうぶだよ。アリスの回復魔法は最強なんだから!」

「あ、あわわ……」


 アリスは脅えるマリリンに声をかけた。


「マリリンどうしたの?」

「アリス氏は初対面なのかもしれませぬが、この子が亡霊少女なんです。ふ、不用意に近づくと……の、呪われまする」


 マリリンは必死に後ろに下がろうと身をひねるが、腰が抜け思うように身体が動かない。


「あ、この子が、みんなが言ってた吸血鬼さんなんだね。アリスだよ。仲よくしてね」

 

 アリスは初対面のティモに顔色一つ変えず微笑むと、のんびりした口調で言った。

 

「怪我はもう治ったと思うよ」

「ど、どうも……」


 ティモは笑顔を作るのが苦手だ。

 笑顔を作っても何処かぎこちなく、歪んだ笑みになってしまうのだ。

 それでもティモは精一杯の笑みをつくろった。


「そなたは妾が恐くないのか?」

「アリスは女神だよ。怪我人はほっとけないし、存在から放つエネルギーで聖なのか邪なのかはわかるつもりだよ」

「そうなのか……ちなみに首が落ちるのは怪我ではないから、今後は心配しなくてよいからの」


 ティモはアリスに軽く会釈すると、拾った帽子をマリリンに渡そうと近づいた。

 マリリンもアリスと亡霊少女のやり取りを見て、平静さを徐々に取り戻していた。

 

「ほれ、そなたの大切帽子じゃ」


 恐怖で蒼白になりながらも帽子を差し出すティモに、マリリンはお礼を伝えようと、口元を震わせながらも言葉を紡ぎだそうとした。


「あ、あ、あり……が、…………」


 途端、ティモの表情が一変し恐怖に歪んでいく。

 マリリンは驚きながらも直視した。

 ポロっとティモから紅い涙が零れおち、その直後――――。

 ティモが突然叫んだ。

 

「いぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」


 その瞬間ティモの姿は忽然と消えた。

 マリリンは、あまりのことにビックリし気絶するのであった。

 アリスはマリリンを揺り動かしながら、忽然とティモが消えた空間をポカーンを眺めていた。

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