23話「魔城」

「さあ、着いたぞお前ら」

「ハ、ハジメッ! ここって魔王の魔城じゃない!」

「ああ、そうだよ?」


 アリスの驚きに俺は平然とうなづいた。

 俺が考えてた寝床は、かつて魔王の拠点であった魔城である。

 ドサっと荷物を床に置いた俺たちは、玉座の先にある窓から外の景色を眺めた。

 

 夕陽に照らされた海がオレンジ色に輝いていた。

 そう魔城の北西は海に面しており東側には森が広がっている。

 俺達は南に位置する城門から入ってきたのである。


「まさか魔城を寝床にするとは想像だにしてなかったぞ」


 そう言うリシュアは魔剣が転がってた床を、忌々しく見下ろし溜息をついた。


「ここは魔王の魔城なんですかっ! 不思議と懐かしくも感じます」との、マリリンの謎発言だ。


「まずは寝床になりそうな部屋を探してみようぜ!」


 魔城は思いのほか広く、部屋もふんだんにあった。


「ハジメ、この部屋からの景色。アリスは気にいったよ」


 最初に部屋を選んだのはアリスだった。

 部屋にはベットなどの生活必需品から、装飾品まで一通り揃ってるようだ。

 アリスは埃をかぶってるテーブルに「ふう」っと息を吹く。

 ここ数十年。人が住みついていた気配はまったく感じられない。

 埃にも厚みがあり長い時の流れを物語っていた。


「ほらよっ!」


 俺はアリス、リシュア、マリリンにはねぼうきを手渡していく。

 すると真っ先にアリスが疑問を口にした。


「これどうするの?」

「ほうきっていやあ、掃除に決まってるだろ?」

「でもほうきは三本しかないよ?」

「俺が掃除したら効率が落ちるからな」


 三人には俺の言葉の真意がまったく理解できない。

 

「ちょうどこの部屋と同じ部屋が四部屋続いてるだろ? お前らはこれから手分けして全部の部屋を掃除してくれ」


 俺の言葉に三人は不満げだ。


「ハジメ殿は掃除をしないのか? いくらリーダとはいえ、こういった作業は皆で手分けするべきだと考えますれば……」

「ああ、リシュア。もちろん俺も手伝うに決まってるじゃないか。ただ俺が普通に手伝っても人時は4人時だ。だから俺は応援スキルでお前らを応援するんだよ。そうすりゃ一人で三倍は、はかどる。つまり、お前ら3人で9人分の仕事ができると言う事だ」

「い、言われてみればたしかに……」

「な~んかずるい気がするんだよね」

「我も理解できるのですが腑に落ちません」

「俺だって応援スキルだけじゃないぜ? この魔城に危険がないか探索してくるつもりだ」

「な、なるほど。さすがハジメ殿だ。抜かりがない」

「だろ? じゃあ部屋の掃除は頼んだぜ」


 三人に応援スキルをかけ、やる気にさせると魔城の探索を始めた。




 ◇◇◇




「うぉおおおおおお!!! こ、これは!」


 湯気立ち込める地下へと降り立った俺は感動した。

 ちょぽっと手を入れてみる。

 ちょうどいい湯加減だ。


 まさか魔城の地下にこんなにも素敵な温泉が、あるとは思ってもみなかった。

 こりゃあ、みんな喜ぶだろうな。


 しかし危険がないか、しっかり確かめて置くべきだ。

 俺は一旦、みんなが掃除してる部屋の脇をすり抜け、タオルを手に取った。

 

「ハジメ何してるの?」


 ホコリ塗れのアリスに声をかけられた。

 

「ちょっと……飲み物とつまみ、あ、いや違う。忘れ物を取りに来ただけさ」

「ふううぅぅぅぅぅぅん」

「な、なんだよ?」

「良くわからないけど、みんな頑張って掃除してるんだから探索の方もちゃんとやるんだぞ!」

「へいへい、わかってるよ」


 俺はタオルを握りしめ角を折れる。

 アリスの不審げな眼差しが途切れ安堵。

 

「おーし、俺も探索、頑張らないとな!」

 

 地下温泉へと辿り着いた俺は、丸裸になり湯につかった。

 

「気持ちぃぃぃぃい! 最高だ!!!」


 おっといけねぇいけねぇ。ちゃんと危険がないか分析しないとな。

 湯加減快適。毒素はないようだ。

 おっし、満足だ。

 湯につかりながら十分に仕事した気になった。


 湯につかって大満足な俺は彼女らの仕事ぶりを確認するべく、部屋へと歩を進める。

 あいつらもちゃんと仕事頑張ってかな?


 戻ると全員がホコリ塗れで、へとへとになって座り込んでいた。


「なんだお前ら、ちゃんと掃除は済んだのか?」

「もちろんだよ。ぴっかぴかだよ」


 アリスがそう言うので俺は部屋を見て回った。

 十分すぎるほど丁寧に掃除が行き届いていた。


「ハジメ氏の探索の方はどうでしたか?」


 マリリンがそう言うとリシュアが、俺の湯船で火照った顔を気にしたのか、額に手を当てた。


「ハジメ殿、随分と身体が火照ってるようだが、熱でもあるんじゃないのか?」

「そ、そうなのハジメ? 熱があるならアリスが回復魔法をかけるよ」

「ハジメ氏のベットは我が丹念に掃除しました。埃の一つもございません! ゆっくり休んでください」

「あ、いや熱はない。大丈夫だよ」


 地下で温泉を発見したと伝えると、みんなが大喜びしてくれると考えていた。

 ところがなんか、言い出しにくい雰囲気だ。

 それでも黙ってる訳にはいかないよな……。


「ま、まことであるか! ハジメ殿!」


 リシュアが真っ先に喜んでくれた。

 マリリンが帽子のつばにある蜘蛛の巣を払いながら微笑んだ。


「温泉とは驚きです。どうです? 夕飯の前にでも皆で温泉に浸かりませんか?」


 リシュアとマリリンがにっこりしてる中、「ふぅぅぅん。だからなんだ」と、不機嫌そうな声が、俺の鼓膜を震え上がらせた。


「ヘンだと思ったんだぁ。タオルなんて持ってはしゃいでたし。ハジメは皆が掃除頑張ってるとき、一人で温泉、愉しんでたんだ」

「ご、誤解するんじゃない。湯加減や毒素がないか身を呈して確認してたんだ」

「じゃあ、温泉の他には何かあった? 他もたーんと見て回ったんだよね?」


 不機嫌なアリスにリシュアが割って入った。


「まあまあ、アリス殿。あたしらも湯あみしようではないか」

「厨房の掃除はハジメ氏にお任せして、我らもスッキリといたしましょう!」

「ハジメ! 夕飯の準備はハジメがやるんだよ! みんな疲れてるんだから!」


 俺は三本のはねぼうきを渡された。




 ◇◇◇



 

 俺はやる気なく厨房で夕飯の支度をしている。

 応援スキルは当の本人には、まったくもって効果がない。

 じゃがいもぽい野菜を剥き剥きしながら、ぼんやりと考え事をしていた。

 アリスの話によると、バックパック二つ分ぐらいの荷物なら、重量オーバーにならず、そのままテレポートできるとの話だったのだ。


 極端な話。

 こっちの世界に自動車を持ち込むことだって理論上は可能なのだ。

 ただし、そのためには自動車を分解し異世界で再度組み立てる知識は必要とされるのだが、少なくとも料理に必要な調味料を持ち込むことができる。


 もし焼肉のたれ一つでもあれば、この世界に食の革命を、巻き起こせるんじゃないだろうか? 俺は今あることを密かに考え、計画を練っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る