閑話「白竜姫の逃亡劇」

 アリスがうっかり邪神を復活させた頃。

 王国は今まで親交が深かった、竜王の居城に戦を仕掛けていた。


 竜王を討ち倒したイケメンは竜王の骸を踏みしめながら高らかに剣をかざし、ニヤケた笑みを浮かべていた。

 倒された竜王は近隣の者にも慕われており、『優しき竜の王』とも呼ばれていた。


「プーププ……笑いが止まんねぇ! この城も宝物庫の財宝もすべて、俺様たちのものだ!!!」


 竜王を倒した余韻に浸り、気分良くしてるイケメンの元に、王国軍の兵士が慌てながら報告しにきた。

 王国軍の兵士はイケメンの前に跪くと、真剣な表情で見据え報告した。


「恐れながら申し上げます! 竜王の娘、白竜姫の一行が、南門より馬車にて逃走したとの報告です! 至急、イケメン様にも白竜姫一行の追跡のご同行を、お願い申し上げます!」


 イケメンはヤレヤレといった態度で、王国軍の兵士を一瞥いちべつ

し石畳にペッと唾を吐き捨てると、仲間であるウォーリアのオーテムとプリーストのマインに鋭い眼光を流す。

  

「……はあ? 俺達は十分に仕事したよな?」と、王国軍兵士に対し悪態をつく。

オーテムとマインもイケメンの態度に同調し、冷やかな表情でヘラヘラと笑いだした。


「王国軍ってまったく使えねぇーな? 俺様は忙しいのッ! わ・か・る?」

「さ……されど……」

「く、くどいよ君!!!」

 

 イケメンはめんどくさそうな表情を浮かべると、竜王の骸にドカッと腰を下ろす。


 イケメンにとって重要なのは白竜姫の追跡などではなく、竜王城の宝物庫の施錠の封印を解く作業に没頭してる、仲間の報告を待つことである。

 

 たじろぎながら困惑の色を隠せない王国軍の兵士。

 王国軍の兵士など空気だと言わんばかりのイケメンと、その仲間。

 ――――しばしの沈黙……。


「おっ!? 来たか?」


 王間の入口から薄汚れたローブを纏った貧相な男が姿を見せる。

 イケメンの仲間の一人で、初老を迎えたばかりのウィザードのウーリマンである。

 ウーリマンは、興奮してるのを隠そうともせずイケメンに報告


「竜王の財宝は噂にたがわず膨大な量ですぞ! イケメン殿!」


 イケメンは満足げに、「うむ」と、頷くと腰を上げ、オーテムとマインに目配せすると、口元をいやらしく歪ませた。


「そういうことだ。後の不始末はテメェら王国軍で勝手にやりやがれ!」

「そ……そんな……」


 イケメンは仲間に、「宝物庫にいくぞっ!」と、指示すると王国軍の兵士など気に留める体もなく早足で宝物庫へと向う。

 竜王城の王間には竜王の骸と、哀愁漂う王国軍の兵士だけが取り残された。


 宝物庫の前に立ったイケメンは、金銀財宝に魅入りながら感嘆の声をあげる。


「おお! こりゃすげぇ財宝だ!!! 一生遊んでも使い切れねぇぞ!!!」


 竜王城の宝物庫には、王国の宝物庫など比べ物にならないほどの金銀財宝が、山のように溢れかえり、黄金の光を発している。


 もう我慢できないと、一足先に財宝の山に踏み込んだマインが


「イケメン! これみてよ! ほら! これも!」


 マインは満面の笑みで、金銀財宝の山に埋もれながら、黄金の聖杯やら装飾具を大量に胸に抱く。 

 オーテムも嬉しそうに、金色に輝く巨大な戦斧の刃に頬ずりする。

 ウーリマンは、金銀財宝の中でも特に価値のある掘り出し物がないか、入念に物色している。


 イケメンは……脳内でハーレムを妄想しながらも異世界に転生させてくれた、冥界の王に感謝していた。

 打ち倒した竜王の骸がさらさらと塵になり、消滅したことも知らずに……。




 ◇◇◇




 イケメンがやらしい妄想で鼻の下を伸ばしてる頃。

 月夜に紛れ竜王城から密かに抜け出した白竜姫は、馬車の中にて父こと竜王の悲報を知り、深い深い悲しみで頬を濡らしていた。


 白竜姫を逃がすために尽力してるのは、白竜姫が最も信頼を寄せているハイ・ウィザードと、魔物達である。

 魔族出身のハイ・ウィザードのドロシーを筆頭に、スライムのライム、ゴブリンのゴブゴブ、ガーゴイルのガーゴ、オオカミのフェリエル、そして馬車を操る御者役のスケルトンのホネホネらの7人である。


 馬車を走らせ白竜姫一行が目指してる先は、竜王城の南方に広がる、『迷い子の森』である。

 その名の通り一度踏み込めば迷子となり、消息不明になる者が後を絶たない。

 歴戦の冒険者ですら眉をしかめ敬遠する森だ。


 だからこそ、逆手にとり『迷い子の森』を目指し逃走しているのである。

 この森には太古の時代よりカジュマルと言う名の精霊が、木々に宿り棲みついてるとも噂されている。


「姫様……そんなに悲しまねぇでけれ……」


 馬車の中でスライムのライムをギュッと抱きながら、頬を涙で濡らす白竜姫にゴブリンのゴブゴブが、心配そうな眼差しで薄汚れたハンカチを白竜姫に手渡した。


「ひっく、ひっく……お父様……ひっく……ゴブゴブ……あり……が、とう」


 唯一の肉親であった父を失った、白竜姫の悲しみの深さは底しれんばかり。

 重たい空気の中、深いフードにローブを纏ったドロシーが、ねじれた木製の杖を構えながら、馬車後方にて追手の警戒をしている。

 そんなドロシーの視界に馬蹄の響きとともに、月明かりを浴びる騎馬の一団が目に入った。


「――あっ、あれは! ……どうやら追手のようです」


 ドロシーが小さく呟くと馬車の中に緊張が走る。

 ……が、白竜姫は父を失った深い悲しみで、暗く落胆しており自らの殻に閉じこもり、反応は薄い。


 白竜姫を守護するかのように寄り添っていたオオカミのフェリエルは、ゆっくりとドロシーの横に並び立ち、後方を見据えると素早く踵を返し馬車の前方のホロから身を乗り出し、御者のホネホネへと告げる。


「ホネホネよ、もっとスピードはでぬのか?」


 ホネホネは手綱を握りながら、眼球のない顔をフェリエルへと向けると顎をカクカクと鳴らす。

 

「我が姫を背に乗せ駆れば追手に怯えることもないのだが……」と、嘆くとフェリエルは悔しそうに歯ぎしりした。


 フェリエルにとって白竜姫の身の安全こそが、最優先事項である。

 だが、他の者達も苦楽を共にしてきた仲間なのだ。

 おいそれと見捨てるようなこと。フェリエルにはできない。


 追手の騎馬の数は優に50騎を超える。

 ドロシーは少しでも追撃の手を緩めようと、氷系の魔法で鋭い氷の柱を地面に打ち立て、妨害を試みるが追手の騎士達は手慣れた手綱さばきで、ことごとく避けてくる。


 突如、急接近してきたボーガン持ちの騎士が、ドロシー目がけて矢を放った。

 矢は勢いを緩めずドロシーの胸を貫くかと思われたが、ガーゴイルのガーゴがドロシーを庇うように石化し矢を弾き飛ばした。


「チッ!」


 激しい馬蹄の中、ドロシーは矢を放った騎士の舌打ちが聞こえたような、気がした。

 馬の体力も、もう限界に近いのだろう。

 馬車のスピードは明らかに衰えている。

 王国軍の追手は、馬車を包囲するように次々と容赦なく追い越していく。


 頼りの二頭の馬もホネホネが、どんなにムチを打とうが、もはや馬脚を緩めていく一方だ。


「万事休す、です……」


 ドロシーは諦めたように呟くと、フェリエルにそっと耳打ちした。

 フェリエルは、静かに「やむを得ぬ」と返した。

 

「ひっく、ひっくと……」深い悲しみで自らの殻に引きこもったままの白竜姫には、未だこの緊迫した状況など掴めていない。


「姫よ。ここから先は馬車では進めぬ小道ゆえ我の背に跨るがよい」


 フェリエルは白竜姫が抱いているスライムのライムを、ギッっと鋭い眼光で睨む。

 ぶるったライムは、白竜姫の胸元からぴょんと飛び出しフェリエルの背の上でぴょんぴょんと跳ねる。

 真意を察したゴブゴブが、体育座りで項垂れている白竜姫の背中に手を当てながら、「さあ、姫様のるだす」と促す。


 白竜姫はゴブゴブに促されるまま、フェリエルの背で跳ねるライムを抱くように跨った。


「感謝する。ゴブゴブよ」

「姫様のこと頼むだぎゃ」


 ゴブゴブの言葉でようやく白竜姫は、ハッと我に返る。


「――――なんですの? ゴブゴブ? フェリエル? まさか! ……追手に追いつかれたのですか?」ここでようく白竜姫は事態の把握に至った。

 

 白竜姫はおどおどしながらも、ゴブゴブとフェリエルに状況を問いただそうとしたが……馬車が停止するとともに、外から怒声が聞こえた。


「観念してでてこい!!! 竜王の悪しき娘よ!」


 フェリエルは白竜姫とライムを背に乗せたまま、ぬくっと立ち上がると、後方にいるドロシーへ何かの合図のように、視線を飛ばす。

 フェリエルと背に跨ってる白竜姫もろとも、淡い光に包まれる。


 ドロシーの身体能力強化上昇の魔法が発動したのだ。


 ドロシーは小声で、「頼みます」と、意を決した表情で、フェリエルに伝えると、白竜姫に優しく微笑みかけ、ガーゴイルのガーゴと共に馬車の外へと飛び出す。

 ドロシーとガーゴが飛びだした先は完全に包囲されていた。

 

「どうか姫様ご無事で」ゴブゴブは白竜姫へ声をかけると、畑を耕すくわを手にとって、馬車の後方で身がまえた。


 白竜姫が泣き叫んだ。


「ドロシー! どこにいくのです! イヤです! イヤです! みんな一緒に逃げるのです!」


 フェリエルは背中で泣き叫ぶ白竜姫など構うことなく、冷静にライムへと指示をだした。


「ライムよ。我の背より姫が落ちぬように、粘着させておくのだっ、よいな」


 ライムはつぶらな丸い瞳で、フェリエルに返事した。

 フェリエルは大きく息を吸い込むと、天を突くような甲高い遠吠えをあげる。

 

「な、なにごとだー!!!」


 馬車を取り囲んでる騎士達は、フェリエルの遠吠えで一瞬、身の毛がよだつ思いに駆られうろたえた。

 その隙を突くかのように白竜姫とライムを背負ったフェリエルは、素晴らしい脚力で跳躍し前方のホロから弧を描くように飛とびだした。

 ホネホネはカクカクと顎を動かし、何かをフェリエルに伝えた。

 

「しっ! しまったー!!! あの狼を追え!!!」


 ハッといち早く我に返った部隊長が、剣でフェリエルを指し示し叫んだ。


 騎士達の多くが本命はあっちだと判断し、躍起になって追い始める。

 フェリエルは後ろにも目があるのかと思えるほど、的確に後方から襲う矢を巧みに避けながら闇夜の中へと姿を消していった。

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