女神の回復魔法が俺の攻撃魔法と比べたら全く役に立たない件について

暁える

第一章

1話「ドジっ子、女神」

 ある日。

 ゲームに没頭中の俺の脳内に、見知らぬ少女の声が鳴り響いた。

 

『魔王が復活したのであります。これから魔王と戦う勇者様を選ばせて頂きます』


 ――――ん? なんだろう?


『ちょっと、アリス! あんた何処に放送してんのよ! チャンネルをちゃんと見なさいよ! 全然関係ない星に放送してるじゃないの!』

『ど、どうぢよ……おねえぇぇぇさまあああ!!!』


 …………。


 日々の徹夜がたたり幻聴でも聞こえたのだろうか。

 俺はRPGを攻略中。

 そして今まさに魔王にトドメを刺す瞬間だ。


「……フフフ、やったぜ!」


 RPGのラスボスを倒した。

 魔王はうつ伏せに倒れ、ストーリーを進めるとエンディングを迎えることになる。

 ゲームパッドのボタンを、後1回押すタイミングで


「――ねぇ……君が魔王を倒したの?」

 

 ……はい?


 人の気配を感じ振り向くと


「うわああああああああああああ!!! お、おまっ、誰だよ!」

「女神アリスティアだよ」


 少女は、屈託のない笑みで微笑むと、ちょこんと女の子座り。

 腰まである桜色の髪に、透き通るような青い瞳。

 萌え萌えで胸元が覗けそうなエロい鎧に、ひらひらスカート。

 惜しげもなく露わとなっている太ももは、まさにエロゲーの世界。

 

「ねぇねぇ、君が魔王を倒したんだよね? 魔王はどこにいるの?」

「へ? 魔王? つーか……この状況……なんてエロゲー?」

「……え、ろ、げ? ……ってなに?」


 俺の呟きに少女は目をぱちくりさせると、ニコッと微笑んだ。


「あ、いや……ごめん。魔王だっけ? この画面の中で倒れているだろ?」


 俺の言葉に少女は真剣な表情で、テレビ画面をじっと見つめる。

 そのタイミングで、ゲームパットのボタンをぽちっと押す。


「貴様が……かの伝説の勇者であったとは……不覚であった。だが、我が魂は決して潰えはせぬ。さらばだ勇者。100年後……貴様の子孫を蹂躙してくれようぞ……グハッ!」


 ラスボスが消滅した。

 すると少女は興奮したように、声を弾ませた。


「すっ! すごいっ! この中に魔王を封印したんだね!」

「……ふ、封印?」


 少女の天然ぶりに唖然とした。

 しかし、どこから入ってきたのだろうか?

 妹の友達なんだろうか? ……それとも?

 ……でもまあ、いいか。

 とりあえず面白そうだなこの子。

 ちょっいと、付き合ってやるか。

 ……そういや。


「魔王とか勇者とか言ってなかった?」

「うんうん、そうなんだ。でも……チャンネル間違えて放送しちゃって……お姉さまにも神様にもこっぴどく叱られたんだ。下界に呼びかける放送は100年に一回しかチャンネル変更できなくて、もうこの星で勇者様を探すしか方法がないんだよ。途方に暮れてたら、魔王を倒したって心強い声が聞こえたんで、飛んできちゃったんだ」

 

 そう語ると少女は沈んだ表情から一転。

 きらめく視線を俺に投げかける。

  

「なるほどな。そこで魔王を瞬殺した俺の出番って訳なんだな」

「うん。話が早いね。出来ればアリスに力に貸してくれないかな?」


 天然具合も去ることながら、クソ真面目にそう語る少女に、プッっと噴きだしそうになった。


「だ、ダメかな……?」

「ま、まあ……別にいいけど……」

「ほんと? ほんとにいいの?」


 少女が身を乗り出す。


「そんなに嬉しいの……?」

「うん! もちろんだよ! 100年前はアリスの呼びかけに誰も、応えてくれなかったんだ」


 少女はじりじりと俺にすり寄り上目遣い。

 距離が近いのか自ずと甘い香りが漂ってくる。

 ニマニマしながら鼻の下を伸ばしていると、少女は物珍しそうにキョロキョロと部屋を見渡す。

 そしてラノベの詰まった本棚を見ると


「この部屋って本がいっぱいあるんだね。天界でもこんなに本を持ってる人なんてそうそういないよ? あえて言えば賢者様ぐらいかなぁ」


 との謎発言。

 俺も調子を合わせてみる。


「ああ、そうだろうな。俺も賢者ほどではないが、ファンタジーの造詣は深い方だ。その蔵書にはありとあらゆる異世界の知識が詰まってる。歴史書、いや魔道書、選ばれた者にしか所持の許されない、自慢のコレクションなのだ!」


 ウケたかな?

 あれ? やけに静かだな……。

 あのう……ここ笑うところなんですけど……。

 少女の様子をこっそりと窺うと、俺を尊敬の眼差しで見つめていた。


「アリスは決心したよ!」

「はい?」

「アリスは君と契約を交わすことに決めた!」


 契約ってなんだろう。

 怪しげなものでなければ良いのだが……ここは適当に返しておこう。


「未開の惑星で採掘労働させられたり、怪しげな宇宙組織への勧誘とかじゃないよな? ちなみに俺、金はないぞ?」

「ち、違うよ! アリスの勇者になる契約をしてほしいんだ!」

「アリスの勇者?」

「そうだよ、アリス専用の勇者になる契約なんだよ」

「専用って意味がよく分からんけど……俺は赤い人の何か?」

「説明不足だったね。アリスが守護してる星に魔王が復活したんだよ。このままじゃ、アリスの星が魔王に奪われちゃうの。君がアリスと契約を交わして、魔王を倒すんだよ」


 俺は、にへらと笑みを浮かべる。

 もしやこの子は、とんでもない痛い子なのでは? 

 

「ところで君、名前はなんて言うの?」

「あ、俺か? ハジメだけど……」

「はじめ?」

「ハジメって呼んでくれたらいいよ」

「うん、ハジメだね。わたしのことはアリスって呼んでくれたら嬉しいかな」


 少女は照れた笑みで顔をほころばせたと思いきや、頬を染めモジモジしだした。


「トイレでも我慢してるのか?」

「ち、違うよ! け、契約するには……ちゅ、ちゅーしないといけないんだ」

「ちゅ、ちゅーぅぅぅ?」

「イヤだよね……見ず知らずの女の子と初対面でちゅーするなんてイヤだよね!」


 こりゃあ……まずった。

 ちょいと悪ノリが過ぎたかな。

 頭のおかしい子にジョークは地雷のようだった。

 困った俺は、それとなくテレビのリモコンを手にとり、チャンネルを変え、素知らぬフリをする。


『臨時ニュースです。国民の方々どうか冷静になってください。只今、政府は緊急会議を開き、謎の声に関しては調査中とのことです。あ、総理です! 総理が現れました!」


 あへ……。

 チャンネルを変えてみるとアナウンサーが


『授業は中断され、多くの生徒たちが動揺を隠しきれない様子です――――中継しました』


 さらにパチっと


『アメリカのオマル大統領らは……テロには屈しないとの表明で…………』


 ――――って、マジかよ! おおごとになってるじゃないか!!!


 俺はテレビの電源をぽちっと落とす。

 チラッと少女を見やりボソッと呟いた。

 

「君って本物の女神なのか?」

「信じてなかったの?」


 少女はむすっと頬を膨らませた。

 脱ヒキニートのチャンス到来か?

 仮にでも、この子が本物の女神様なら胸熱じゃないか。

 

「あのう……」

「……な、なあに? 急に改まって?」

「勇者になる契約……お願いしたいのであります……」

「じゃ、じゃあ……ちゅ、ちゅーするよ」


 アリスが身を乗り出し俺の顔に接近してくる。


 ――――ああ、神様ありがとう。いや女神様か。


 頬だったけどキスされた余韻に浸ってると……なんだろう。

 カーッと身体の底から込み上げる熱い何かを感じた。


 単なる興奮ではない。

 それは今まで経験したことのない何かだ。

 

 ま、まずい……。

 身体が爆発しそうだ!

 全身から漏れ出るエネルギー、もう止められない。

 このまま堪えていると俺の身体が木端微塵に破裂しそうだ。

 力を解放するしかない。


 ――――その途端。

 俺の頭の中が真っ白になった。

 俺の全身が光る。


 エネルギーを放出したのか。

 閃光で思わず目をそむける。


 俺の身体から放出されたエネルギーは屋根をふっ飛ばし、住み慣れた街を吹き飛ばしていた。

 大惨事だ。現実離れした光景だ。


 な、なんてことだ。

 辺り一面が廃墟と化し、動くものを見つけることもできない。

 地面が削れ抉り取られていた。


「ちょ、ちょっとこれ……笑えねぇぞ……」


 唖然としてる俺は空に浮き、淡い光で包まれていた。

 全身がわなわなと震える。

 震えながらも俺はアリスをちらりと見やった。


「うん、契約完了だね。契約によりハジメはこの力を手に入れたんだよ、素晴らしい力でしょ!」

「なに……さも当然のように言ってるの?」


 全てが消し飛んでるんだ。人だって……いや。考えたくない。

 

「こらっ! あなた達! なんてことを、しでかしたのよ!」

「お、おねぇ様……」


 ――――お姉さま?

 そこに姿を現したのは女性は、さらさらのロングヘアーを風になびかせる。

 金髪と言うより黄金色と言うべきだろう。

 

「あ、あのう……」


 気が動転し言葉をうまく発することができない。

 動転してる俺の手をアリスが握る。


「お姉さま……ごめんなさい!」


 ごめんなさいってレベルの話なんかじゃない。

 ところが……。


「まあ、良いわ。街は私が元に戻してあげるわよ! ただし……アリス、あんたはお仕置きよっ!!!」


 アリスがお姉さまとか呼んでいた女性の表情が、次第に険しくなっていく。

 そして聞いたこともない言葉を紡ぐように発する。まるで呪文のようだ。


「ハジメっ! 逃げるよ!」

「に、逃げるっておいっ! このまま何処に行くってんだよ?」

「アリスが守護してる星に逃げるのっ! 街のことはお姉さまに任せておけば元通りになるから、心配しないでっ!」

「ま、待ちなさいっ! あなた達!」


 血相を変えてたお姉さんの姿が目の前から消えた。


「テレポートだよっ!」

「ひっ、ひぇぇぇ!!!」


 俺が最後に見たものは地球儀。

 いや、地球そのものだった。

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