第七十四話「師匠からの手紙」

 手紙がきた。 


 差出人:魔法都市エンディミオンアカデミー事務局

     

『ルーシェちゃん、お元気? 祝祭の日取りが決まりましたわよ。主役がいないと始まらないから、すっ飛んできてね♪ 学長:ブリジット・アーリマンより』

 

 俺の師匠からの手紙だ。

 短いと言うよりも肝心の祝祭(超魔術師誕生の称号授与式)の日時が抜け落ちてるじゃないか……。

 

 俺は「はあ……」っと、溜息をつきつつ、玄関をでた。

 庭では体長20メートルを超すドラちゃんが、クララと戯れていた。

 ドラちゃんの頭上にはドロシーがいる。

 ドロシーはドラちゃんの首を滑り台のようにすーっと滑ると、勢い余って地面に前のめりに転んだ。


 おいおい、まったく……大丈夫かよ。

 ドロシーの手を取り引っ張り上げると顔が泥まみれ。


「王子、ありがとうなのです!」

「あ、いや……ほんと大丈夫? 凄い勢いだったけど……」


 にへらと笑みを浮かべてると、後ろから地面を擦る音がした。

 大きなカバンに、ぎゅうぎゅうに荷物を詰め込んだマリリンが顔を出していた。


「お師匠様……お、重たいのです。わ、我のお手伝いを……」

「なんで、急に『我』とか言いだしてるの?」

「魔術師は偉大な存在なのですよ。貫禄と威厳を保つためには我のほうが、よろしいかと……」


 ぶっちゃけた話、我が弟子ながら……魔術の才能は微妙だった……。

 それでも、「はい、そうなのですよ。我の眠り魔法は最強なのです!」と、自信満々のマリリンだ。


 真紅のドレスを纏い、ドロシーが今まで被ってた帽子を紅く染めて被っている。

 そんな彼女は『紅の眠り姫』だと自負している。

 自負するだけあって、マリリンの眠り魔法は、とんでもなく強力だ。

 その激しい睡魔には、俺だって抗えない。

 もし彼女が敵だったらと思うと、ゾッとする。

 ただ、なんつーか……己自身の魔術で本人も眠ってしまうという点に関しては、改善されることもなく相変わらずなままである。

 

 一人だとマジで使えねぇかも……しれない。


「さーて、行くとするか、って……」


 少し目を離した隙にマリリンはドラちゃんに跨ってた。


「ふふふ。この荷物、本当は軽いのですよ。師匠、まんまと騙されましたねっ!」

「そりゃあ……ないだろ? そこは僕のポールポジションなんだ。愛弟子とはゆえ、その場所を譲る訳にはいかないのだ! さあ、どきたまえ!」

「い、いや……いやなのであります!」


 ドラちゃんにしがみ付いて、テコでも動かないつもりだ。

 あのポジションはドラゴンマスターの俺だけに与えられている特権なのだ。


「だめだ……そこは僕の場所なんだ!」

「ぜーったい、いやです! ここは『紅の眠り姫』の特等席なんですよ!』

「ぬぬぬっ……」


 こうなったら力ずくだ!


「あ、いや~ん。お師匠様のエッチ! それほど我のことを愛してやまないのですかっ!」

「バ、バカっ! 皆に誤解されるだろ!」


 振り向くと、ハリエットが俺を睨んでいた。

 俺とマリリンを見送りにきてくれたようだが、タイミングが最悪すぎる。


「は~ん、本当に今まで、魔術の修行だったのかしら?」

「ご、誤解だ!」


 慌ててる俺の誤解は、ドロシーがハリエットに耳打ちし解いてくれた。

 ふう……助かった。

 

「まぁいいわ。ルーシェリア気をつけていってらっしゃい!」


 メアリーが息を切らしながら駆けつけてくれた。

 アニーと早朝から剣の稽古でもしていたのだろう。

 アニーも汗を拭いながらこっちに歩いてきていた。

 そして、メアリーが早朝笑顔で、


「ルーシェ様、いってらしゃいませ」

「ああ、行ってくるよ」

「あっ! 王子、私もお伴してよろしいですか?」


 事情を聞くと、やはり母校が懐かしいらしい。

 それにドロシーはラルフやミルフィーとも打ち解けていた。

 単純に、二人に会いたいらしい。


 おしっ! ならドロシーも連れて行くか!


「あ~ん、遠慮してたら損じゃないですの! ドロシーが良いなら、わたくしも付いて行きますわよ!」


 ハリエットは、そそくさとマリリンの後ろに跨った。

 何故だか、マリリンが俺に対し勝ち誇った態度を見せた。


 気がつくと、ハリエットの後ろにはドロシーとメアリーも跨っていた。

 そして最後に……『あんたも、行くんかいっ!』と、脳内で叫んだ。


 最後尾には、ウルベルトが跨っていた……。


「坊ちゃん……今回こそは、お付き合いさせて頂きますよ」


 ウルベルトは「ニッ」と、白い歯を輝かせた。


「で、でしたら……」


 ……って、アニーさんまでもが、至福の笑みを浮かべてウルベルトに抱きついていた。


 その様子を、ドーガが無言で眺めていた。


 はぁ……お前ら全員行ったら、誰が館の管理するんだよ……。

 親父と母上は、朝一番に王城へと出仕中。

 懲りずにまた『勇者』、『賢者』、『聖女』を選出するようだ。

 その会議がどうとか、法王庁のアルマンがどうとか、朝から浮かぬ顔でぼやいてた。


「坊ちゃん、準備OKですぞ!」


 ウルベルトが、せかすように言う。

 

 これ、絶対ダメだろ!

 嫁の3人はいいとして……ウルベルトとアニーさんは残って貰わないと。


 どうしたものかと困っていると、ウルベルトの視線がドーガを捉えた。

 寂しげにポツンとドーガだけが残された状況を、察したようだ。


 それでもウルベルトは悲しげに、ぼやいた……。

 

「ま、またですか……? 坊ちゃん」

「うん……」

「で、ですよね……」


 ウルベルトが降りると、アニーもウルベルトにシンクロしたように華麗に降り立った。

 

「それでは、坊ちゃん、いってらしゃいませ」


 アニーさんも見送ってくれた。

 ドーガは無言で「うむ」と、頷き、俺達の無事を祈るかのように見送ってくれた。


 で……俺の席は……というと………


 必然だ。

 しょうがなく最後尾に跨った。


『主よ、飛び立ってもいいか?』

「うん、頼むよドラちゃん!」


 ドラちゃんが翼を羽ばたかせると、クララがドロシーの頭上を止まり木にした。

 グングン上昇していく。


 ――そして最後尾は最高に柔らかかった。

 

 ムニムニ、あ~幸せ。

 前に跨ってるメアリーに抱きつけた。

 皆、自然に抱きつき合っている。

 俺も自然にムニムニだ。


 マリリンが叫んだ。

 

「我は紅のドラゴンマスターなのでありまーす!」


 ああ、それ言いたかっただけなのね……。


 さて、戻ったらウルベルトはクビだな。

 あいつはどこに抱きつくつもりだったのだろうか。

 クビは冗談だけど……実にけしからん!


「もう、ルーシェ様ったら、さっきからどこ触ってるんですかっ!」


 メアリーに怒られた……。

 俺もけしからんヤツだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る