第七十五話「超魔術師の誕生」

 魔法都市エンディミオン、その青々とした上空から巨大な影が舞い降りた。

 多くの者が恐怖に慄いた。

 広場のベンチで読書中だった学生は、本をほっぽり出し、木陰に隠れる。

 また、ある者は恐怖で腰を抜かし地面を這った。

 また、ある者は果敢に挑もうと走り出した。


 その光景を、感慨深い笑みを浮かべ傍観してる者がいた。


 魔法都市の学長でもあり魔術師ギルドの長でもある、ブリジット・アーリマンである。


 


 ◇◇◇




「お師匠様、この手紙には日時が記載されてませんが……」

「日時を記載したところで、ルーシェちゃんが、その日に来れるとは限らないでしょ?」


 学園長室内にて、久しぶりにブリジット・アーリマンこと、ビディと取りとめのない話題を交わしている。

 メアリー、ドロシー、ハリエットは、先ほどの広場にドラちゃんとクララとともに残してきた。

 今頃、学生達に囲まれ、インタビューに答えているに違いない。


「で、ルーシェちゃん、その子はどちらさん?」


 ビディの紅い瞳が一人の少女へと向いた。

 少女は俺の魔法衣を掴みながらビディを見上げると「わ、我は……最強の眠り魔法の使い手、紅の眠り姫なり!」と、緊張した声を発した。


「うふ、最強ね。面白い子ね、ルーシェちゃん」


 ビディは軽く微笑む。

 

「僕の弟子のマリリンで、アカデミーに入学させたいと思って連れてきました」

「へ~、ルーシェちゃんの弟子なのね」

「はい、そうなんですよ」

「入学ね、構わないわよ。よろしくね、マリリンちゃん」


 そう言ってビディはマリリンの頭を撫で撫でした。


「よ、よろしく、お願いしますっ!」

「ふふ、いい子じゃないの。ルーシェちゃんが弟子を取るなんて、ねっ! 師匠として、私も誇らしく思うわよ」


 マリリンの入学は無事に叶うようなので、ほっと胸を撫でおろした。


 魔術師を目指すものは、感覚派と理論派で大きく大別される。

 が、ほとんどの者が理論派である。


 感覚派の俺は、強いイメージ力で魔術を構築できる。

 理論派は、自然の摂理を理解しイメージを段階的に踏みながら、呪文の詠唱によって魔術を構築する。


 マリリンは、どちらかと言えば頭で小難しく考える理論派。

 この世界の人々は水素が燃え、酸素が水素を燃やすのを助ける働きがあることを知らない。

 水が水素と酸素が結びついた化合物であることすら知らないのだ。


 ラルフは南の砂漠地帯の国の出身と言っていた。

 その国の人々は水を冷やせば氷になることすら知らない。

 日本では子どもでも何とはなしに知っている。

 冷蔵庫もあれば義務教育もあるからだ。

 ところが彼の国では、その当たり前を知ってる者は数少ない。

 氷を知らない者だって多い。


 ラルフが氷属性の魔術に特化し修行するのも、頷ける。

 彼が国に帰還すれば、一躍ヒーローとなるだろう。


 その日本人なら誰もが容易に理解できることが、この世界の住人にとっては一苦労のようなのだ。

 よって、マリリンへ魔術を教えるのは苦労した。

 しかも俺は感覚派だ。

 理論派のマリリンにしてみれば、見たこともないモノの説明をされても、チンプンカンプンなのだ。


 エンディミオンで基礎を身につけ、魔術の実践が容易になった頃に、また修行をつけてやるのがベストだろう。

 と、俺は判断し、マリリンに入学を勧めたのだ。


 そして、マリリンの入学の件とは別に、俺はビディの尋ねたいことがあった。

 魔術大会に乱入した男。

 ヴィンセント・フェリエール・シュトラウスのことだ。


「ビディは覚えてますか?」

「もちろんよ」

「その者が誰なのかも御存じなんですか?」


 俺は記憶の断片が蘇り、あの日の狼藉者が誰なのか理解した。

 ソーニャもラルフも、奴が何者なのか知らなかった。

 アカデミーとしては、どう捉えているのだろうか?


「知ってるも何も、ルーシェちゃんのお兄さんでしょ」


 ……あれ? 普通に知ってる?

 兄と言っても義理の兄だけど……。


「もしかして、お兄さんとまた何かあったの?」

「ど、どうして……ビディは彼が僕の兄だって知ってるんです?」

「ルーシェちゃん……突然どうしちゃったの? 彼が、お兄さんってだって教えてくれたのは君じゃないの……」

「……あへ、僕が?」


 よくよく考えなくても俺の親族だ。

 その日、俺がビディに「あれは兄です!」と、言っていてもおかしくなかった。

 しかし、ソーニャもラルフも奴が誰なのか知らないままだった。

 ……どうして!?


 ビディは俺の記憶喪失のことを知らない。

 どうやって、詳しく聞きだそうか……。

 と、まあ考える間もなく、ビディはあの日の事を回想するかのように話しだした。


「アカデミーはミッドガル王国から、多大な寄付金を提供してもらってるしね」


 大事になってない理由は、これだった。

 突然の兄弟喧嘩ということで、内々に収めたということらしい。

 だが、その日のヴィンセントの目的は明らかだった。


 ――彼は俺を殺しに来たのだ。

 ビディは咄嗟にそう感じ取り、慌てて止めに入ったという。


 俺の親友をボコボコにし、俺を誘い出し、殺そうとしたのだ。

 どんな理由であれ、手出ししたのは俺が先になる。

 それを返り撃ちにしたところで、ヴィンセントには非はない。

 そう言うことだった。


 ただ、ビディは彼に忠告したという。

 今後、俺にちょっかい出した場合、魔術師ギルドは暗殺ギルドとして動くと。

 最後にそう締めくくった彼女の紅い瞳。

 どこか深い闇を感じとり、俺自身も心の奥底で戦慄した。


 この闇エルフは、ただものじゃない――――


 もし、彼女が俺の師匠ではなく、敵だったとしたら俺は勝てるのだろうか?

 彼女は闇魔法の使い手。

 闇魔法とは、どんな魔術なんだろうか。

 その件に関しては、彼女は何も教えてくれなかった。

 まあ、闇魔法は闇側の種族の専売特許、シャーロットの精霊魔法のように、俺が習っても身につくもんじゃないからなぁ……(たぶん)


 結局、ヴィンセントが俺の命を狙った理由は謎のままだ。

 ひとつだけ言えることは、ビディが止めなければ俺は殺されていた。

 それだけは確実だと思った。


 奴、ヴィンセントは暗殺剣の使い手だとビディが教えてくれた。

 暗殺剣とは、この世界にある名剣のひとつで、その刀身は透明。

 見えない刃を持つ、摩訶不思議な剣だそうだ。

 しかも彼は、魔術とは一線を画する闘気を纏っているらしい。


 熟練の剣士は闘気を纏う。

 闘気は、武器にもなり防具にもなる。

 瞬発的に、肉体強化ができる。


 その闘気で、相手を恐慌状態に陥らせる事もできるそうなのだ。

 海賊マンガの覇王の覇気に似ていると思った。

 なるほどな。


 魔術には魔術の道がある。

 剣にも剣の極めたる道があると言う。


 俺の背中にある隼の剣。

 重さを、ほとんど感じない。

 これも……きっと名剣のひとつなんだろう。




 ◆◆◆




 そして、この日。

 急遽、全校生徒が集められた。

 

 歴史的な快挙ということもあって、副長は盛大にと考えていたらしく、些か不満のようだった。

 でも、断った。

 めんどうだった。

 更に、準備に日を要するという事だったからだ。

 だから形式的なことだけでいい。

 俺は、ビディにも副学長にもそう伝えた。

 

 学院の校舎の中に体育館ほどの広さの空間があった。

 その壇上に立った俺は、学長のブリジット・アーリマンより、称号を受け取った。


「黎明の魔術師ルーシェリア・シュトラウスくん、君に魔法学院より『超魔術師』の称号を贈る」


 俺はビディから首にペンダントをかけてもらった。

 

 その直後、大喝采が巻き起こる。


「ルーシェ様! おめでとうございますー!」


 メアリーだ。


「王子っ! おめでとうなのです!」


 ドロシーだ。


「ルーシェリアですもん、当然よ!」


 ハリエットだ。


「あの人が、我の師匠なんです!」


 マリリンだ。


「お前は、本当に凄い奴だよ!」


 ラルフだ。


「ルーシェたん、後で頭を撫で撫でしてほしいにゃん!」


 ミルフィーだ。


 皆が俺を祝ってくれた。


「ここに名実ともに、史上最年少の最強の魔術師が誕生した」


 そう、副学長が大きく声を張り上げた。

 大喝采が激しさを増す。


 学園の皆が、卒業生の俺を祝福してくれた。


 素直に、とても嬉しかった。

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