第五十三話「解き放たれた歴史」

「こ、これは……」


 思わず、声に出してしまうほどの衝撃を受けた。

 封印されていた部屋の奥にも、数えきれないほどの蔵書が埋蔵されているが……。

 恐らくここにいる誰よりも俺が一番衝撃を受けたはずだ。


 ラルフの話によると、選ばれた者だけが、ここにある蔵書に触れることが許されるらしい。


 そう、ここに埋蔵されてる蔵書は、古代の遺産だ。

 古代の遺産と言っても、俺にとっては何よりも馴染み深い本であった。


 それぞれが棚にある本を手に取る。

 俺も見慣れた背表紙の単行本を手に取った。


 パラパラとめくってみる。

 とある少年がとあるきっかけで、七つの願い玉を集めるマンガだった。

 隣には、ゴムのように手足が伸びる少年が、海賊王を目指す話。

 

 マンガだけではなかった。

 ラノベもある。


 VRの世界に閉じ込めっれた黒髪の少年が、浮遊城を攻略していく話だ。

 

 ここにあるマンガやラノベ……いや、書物と呼ぶべきだろう。

 サブカルチャーに限らず、歴史書から聖書。

 そして俺が最も足踏みする学習参考書までが、そこにはあった。

 

 日本語の本だけではない、あらゆる国の書物がここにはある。

 

「何だか……期待外れだにゃん」


 文字が読めないミルフィーが愚痴ぽく呟いた。

 ラルフもドロシーも文字が理解できないようだ。

 それでも、食い入るように二人は真剣に眺めていた。

 俺も日本語以外のものはろくに読むことができない。


 だが、日本語は読める。

 読めるが突然、頭痛に襲われた。

 我慢できないほどではない。

 それでも顔をしかめるほどの頭痛だ。

 その時、俺の脳裏に一つの疑問が過った。


 ――――俺は一体……何者なんだ?


 俺はトラックに轢かれて死んだ。

 しかし、目が覚めると赤ちゃん転生ではなかった。

 赤ちゃんではなく既に、7歳児であった。


 トラックに轢かれて転生した瞬間に7歳まで成長したのか?

 んな、バカなことがあるはずがない。


 この身体には7歳まで歩んできた生きた証拠がある。

 メアリーは俺の母のエミリーの出産に立ち会っている。

 ラルフやミルフィーにしたって、俺の学園時代の親友だろう。


 この身体には俺の知らない過去がある。


 ならば……この身体は俺のものじゃない?

 ルーシェリアと呼ばれてる王族の子の身体なのか?


 いや……それは断じて違う。


 この手だ……。

 この手のひらの手相や指紋に至るまで、全てが俺のものだ。

 転生したと思った日。

 鏡を見た。


 ブサメンからイケメンになっていたが、どことなく元の顔の面影がある。

 髪色も瞳の色も前世とは違う。

 髪色は黒から亜麻色になり、瞳も黒から琥珀色だ。


 そもそも前世とはなんなんだ?


 人は死んだら、誰もが転生するってことなのか?


 くっ! 頭が割れそうだ……。


 レヴィ・アレクサンダー・ベアトリックス一世。

 六英雄のリーダー格で、ミッドガル建国の初代国王。


 竜王城でヘンテコなロボットが、俺に見せた映像。


 レヴィは日本人だった。

 コールドスリープされていた。

 彼は日本人でありながら、ある意味、生きたままこの時代まで時を旅してきたんだ。

 よくよく考えると、俺もその英雄王の血を僅かながら引いている。


 彼は俺のご先祖様ってことなのか?

 考えれば考えるほど頭が混乱する。

 ダメだ……何も答えが導きだせない。

 俺は……本当に何者なんだ……。


「王子……大丈夫なのですか?」


 ドロシーの言葉でふっと我に返った。

 気がつくとドロシーが心配そうに俺を見ていた。


「ちょっと頭痛がしただけだよ。もう治まったかな……」


 俺はドロシーに、にへらと笑みをこぼす。

 

「深刻そうな顔をしてるから心配したのであります」


 ドロシーはそう言いながら、俺の手を優しく握った。


「ラルフが奥で何かを発見したみたいなのです。私達もラルフとミルフィーのところまで行きましょう」

 

 更に奥へと進むとラルフとミルフィーがいた。

 彼らの前には台座があり、そこには一冊の本が、丁寧に添えられていた。

 俺の接近に気が付いたラルフが悔しそうに振り向いた。


「ダメだ……まったく読めない……」


 ラルフは本気で悔しそうだ。

 その隣のミルフィーが慰めるようにラルフの背中を叩いた。


「しょうがないにゃん、ここに入れても読むことはできないって学長も言ってたにゃん」


 もし日本語なら読めると期待を込め、俺も覗きこんだ。

 やはり日本語ではない……。


 しかし――――ん? なんだこれ……何故だか読めそうだぞ。

 俺も初めてみる文字だ。

 それはヘブライ語でもなければ、アラビア語でも、無論英語でもなかった。


 文字を見てると不思議と懐かしさが込みあげてきた……。


 これは……エノク文字だ。


 エノク文字とは神の言語。

 一般的には天使の言葉とされている。


「もしかして……ルーシェ……お前文字が読めるのか?」


 ラルフが聞いてきた。


「うん……僕にもわからない……わからないけど理解できちゃうんだ」

「お前……マジで言ってるのか?」


 ドロシーとミルフィーも驚いている。

 そしてラルフが急かすように言う。

 

「何が書かれてるんだ? 俺達にもわかるように読んだら説明してくれ」


 1ページ1ページが図画用紙のように厚みがある。

 ページ数はそんなには多くないようだ。

 まずは、一通り目を通してみる。

 読めば読むほど引きこまれた。

 ここに書かれていることが事実ならば、歴史の根底が覆る。

 それはこの世界の歴史は元より、俺が前に生きていた世界の歴史さえもだ。


 

 本にはこう書かれていた。

 それを要約するとこんな感じだ。


 ――――かつて宇宙の星々を巻き込む宇宙戦争があった。

 この戦争で消失した星があるほどの大規模なものだったようだ。

 しかし大規模な戦争で宇宙も、星々も荒廃し行き場を失った古代人達は、巨大な宇宙船を建造した。

 

 それは某宇宙戦争の映画にでてくるデススターをも遙かに凌ぐものだ。

 その宇宙船は『アルテミス』と名付けられたようだ。


 その宇宙船から、多くの宇宙移民が地上に舞い降りたらしい。

 きっと彼らが神と呼ばれる存在なのだろう。


 その彼らは地上に二つの国を起こしたとある。


 その一つが『レムリア』魔道によって栄え、偉大なる賢者が統治した国のようだ。

 もう一つが『メガラニカ』強力なカリスマを持つ者が、科学の名をもって治めたらしい。


 その両国は、地上でさえも激烈な戦争をしたようだ。

 そして両国は互いに滅びた。

 国は大陸ごと海の藻屑と消え滅びたが、生き延びた支族があった。


 長い旅の末、支族達が行き着いたのが、ジパングとエジプト。

 レムリアの支族はジパングへ渡り、メガラニカの支族は、エジプトから、古代イスラエルに渡ったようだ。


 大洪水に隕石、そして――――古代核戦争。

 全てはこの両国の争いの中に生まれたものだと……。


 そして今もなお、魔道と科学の戦いは終わってはいない。

 そう思わざるにはいられなかった。


 俺が前に生きていた時代は、『メガラニカ』の支族達が、支配してる世界のようだった。

 ならば……今の時代は?


 科学が衰退し、剣と魔法の世界となっている。


 この二大勢力は長い歴史の中で幾度も飽くことなく、戦い続けているらしい。

 もしや……魔逢星とは……。


 科学勢力の反撃の狼煙ではないだろうか。


 寒気が襲った。

 震える身体を抑えながら、全員に書かれていることを、ありのままに話した。

 彼らがこのことを知ったところで、意味があるのかはわからない。

 だが、俺にとっては……。

 己が何者なのか知り得る、キッカケにもなりそうな予感がした――――。

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