第五十一話「北の姫君と北の賢者」

「これは、お久しぶりでございます。ルーシェリア王子」


 この俺に親しみのある満面の笑みを向けるのは、アカデミー副学長。

 ふっくらな顔つきで、人懐っこそうな、おっさんだ。

 ブリジット・アーリマンから手渡された蝋封を渡す。

 すると、彼は真剣な目で同封されていた手紙の隅々まで目を通した。


「ふーむ、なるほどでございますな」


 俺の思いつきの提案なんかが認められるのだろうか。

 ところがあっさりと認められた。

 帝級の上位に超級という、新しい称号が登録された。

 俺とドロシーは思わず互いの目を見合わせる。

 そしてドロシーの表情がほころんだ。 


「おめでとうございますっ! 王子っ! これは歴史的な快挙ですよ!」

「快挙……?」

「はい、王子の名が歴史に刻まれるのです!」


 ドロシーが自分のことのように喜んでくれた。

 ここに、『超級の魔術師、ルーシェリア・シュトラウス』が誕生する運びとなった。

 魔術界隈の新たなる夜明けと揶揄され、黎明の魔術師の二つ名を持つ俺が、新しい上位称号を生み出した。


 正式に超級の称号を授かる、記念式典も開催されるようだ。


「これは大仕事になりますわい」


 副学長の言葉に対し、俺は疑問を投げかけた。


「そんな、簡単に決めちゃっていいのですか?」

「アーリマン学長がお認めになったのです。何も問題はございますまい。ただ式典の折、王子の魔術を披露して頂かねばいけませんな」


 式典は、雪解け時節。

 3月に行われるようだ。

 その頃、再度ここに訪れないといけないと言う話になった。

 魔法都市あげての盛大な式典になると副学長は、興奮気味に語る。

 それからドロシーの卒業証書も発行してもらった。


 これで名実ともにドロシーはアカデミーの卒業生と言うことになる。

 卒業証書を受け取るドロシーは少し気が引けたのだろうか?

 本来は4年間通わないと発行されない卒業証書だ。

 いざ受け取る段階になると、躊躇っているようだった。

 そんなドロシーを見かねたのか、副学長が言葉を添えてくれた。


「飛び級で卒業するようなもんで、ございます。これもアーリマン学長がお認めになったこと気負いすることはございませぬぞ」


 なんでも、飛び級で卒業証書を受け取ったのはドロシーが初めてではないらしい。

 中には、たったの二週間で卒業した者もいると言う。

 気になった俺は、その者の名を聞いた。


 すると、それは北の賢者と称されてる男だった。

 名をエルヴィスと言うらしい。

 北のユーグリット王国で、宮廷魔術師をしている男らしい。

 丁度、俺の両親が外交で訪問している国だ。

 そこには、ソーニャも宮廷魔術師見習いとして召し抱えられている。

 そして……誕生日の日に受け取った手紙の王女様。

 ハリエット・マリー・ド・ゴールがいる国でもある。


 


 ◆◆◆




 雪原の国。

 ユークリッド王国。 

 人々は『呪われた大地』だと、そう呼んでいる。

 千年前、魔逢星まおうせいが堕ち邪神が降臨した地であるからだ。

 ミッドガル王国より遙か北東に位置する永久凍土の地。

 この地に伝わる預言書によると、魔逢星襲来の時期は極めて近い。

 そんな大地にミッドガル王国から、二人の王族が特使として来訪していた。

 目的は邪神復活の兆しに関しての調査であった。

 


 

 ◆◆◆




 ハリエット・マリー・ド・ゴールはユークリッド王国の姫君である。

 望めば何でも与えてもらえる。

 どんな我がままでも聞いてもらえる。

 この世界は自分を中心に回ってる。

 いつしかそう考えるようになっていた。


 7歳になったハリエットは同年代の子供達と、王宮でも触れ合う機会が次第に増えていく。

 しかし、それはハリエットの中では、不協和音ふきょうわおんでしかなかった。

 何故だかハリエットの我がままが通じない。

 それどころか、ハリエットに対して罵詈雑言ばりぞうごんまで浴びせる者まで現れた。

 そして、その者が言った「王様の娘だからって調子に乗ってんじゃねぇよ! バーカッ」


 突然のことに思考が追いつかなかった。

 たまらず涙目でその者に声を張り上げてしまった。

 はちきれんばかりの想いで言い返してしまった。

 相手の子も泣いてしまった。


 それからもハリエットは、時折見かける。

 自分が泣かした貴族の子供が、友達に囲まれ楽しそうに駆けずり回る光景を。

 混ぜてほしい、そんな衝動に駆られてハリエットは近づく。

 だが、ハリエットだけがその場に取り残される。


 ふと、気がつくとハリエットは一人ぼっちになっていた。

 仲間外れにされてしまっていた。

 同年代の貴族の子供たちは、誰一人としてハリエットを相手にしなくなっていた。

 

 ハリエットは孤独にずっと考えていた。


(私にはルーシェリアがいる……ルーシェリアに会いたい)


 ハリエットがルーシェリアと初めて出会ったのは、3歳の頃。

 父であり国王でもあるベオウルフとともに、ミッドガル王国に訪れたことがある。

 ルーシェリアは、ハリエットのどんな我がままでも「うんうん」と軽く聞いてくれていた。




 ミッドガル王城で開かれた夜の饗宴の日。

 ルーシェリアを誘い、フィリップ王子との三人での小さな冒険をした。

 城をこっそり抜け出し、魔物退治にでかけたのだ。

 その帰り道、月明りの下で、ハリエットは不意にルーシェリアにキスをした。

 その日、魔物に襲われたハリエットをルーシェリアは必死に庇ってくれた。

 ハリエットにとっては大切な想いでである。


  


 そして、また今日も一人。

 ハリエット姫は一人ぼっちである。

 王宮の前に広がる緑の庭園に庭池があり、魚が優雅に泳いでいる。

 ハリエットが近づくだけで今ではワラワラと、魚たちが寄ってくる。

 そんな孤独なハリエットに優しく声をかける者がいた。


「姫はいつも一人だね」


 ハリエットと同じ、金髪に青い瞳。

 ブルーのローブとマントに身を包み物腰がとても柔らかい青年が寂しそうなハリエットに声をかけた。

 

「別に……一人じゃないわよ?」

「魚が友達かい……?」

「それって、バカにしてるの?」

「そうだね、バカにしてるよ」


 青年は飄々ひょうひょうと言い切った。

 そして、ちゃぷんと庭池に餌を投げ込む。

 ハリエットの前に群がっていた魚が青年の方に群がった。


「姫は魚にも嫌われましたと……」


 そう言うと青年はハリエットの方へと向き直りニッコリと微笑む。

 普段のハリエットの性質なら有無言わず抗議の声をあげるだろう。

 だが、ハリエットはそうはしなかった。

 皮肉めいた言葉なのに嫌みを感じない。

 そして心の何処かで青年に屈服した。

 それはハリエットが自分の心情を青年が理解してくれてると感じたからだ。

 その上で構ってくれてる。

 嬉しかった。

 

「ならば、私が友達になってあげよう」


 青年はそう言った。

 そしてハリエットはこの青年を良く知っている。

 この青年は宮廷魔術師のエルヴィスだと。

 そんなエルヴィスにハリエットは小さな声で漏らした。


「ルーシェリアに会いたい……」と。


 すると青年は涼やかな声で言った。


「ならばお会いにいかれますか?」

「……えっ!?」

「今この国には、ルーシェリア殿のご両親が参ってます。両名が国へと帰られる日に返礼の使者としてご同行させてもらうのが良いでしょう」


 ハリエットは不安だった。

 ルーシェリアに初めて会ったのは4年も前のことだ。

 覚えてくれているのだろうかと。


「でしたら私の弟子のソーニャが故郷に所用で戻ります。手紙をしたため、彼女に届けさせると、よいでしょう。ルーシェリア王子は聡明な方です。心配しなくても姫様のことはちゃんと覚えてると思いますよ」


 ハリエットはルーシェリアに手紙をしたため、ソーニャに手渡した。

 手紙を見てルーシェリアはどう感じるだろうか?

 一人、胸をときめかせていた。


 これはルーシェリアが誕生日を迎える、少し前の出来事である。

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