第三十八話「異国のお姫様」

 結婚の約束……?

 つまり俺は婚約してるってことなのだろうか。

 そっとメアリーに視線を流した。

 メアリーも首を傾げ、口元に指を添えた。

 

 ――――あれ?

 ウルベルトは知ってるのだろうか?

 今度はウルベルトに視線を送る。


 ウルベルトは俺がどんなに眼力を飛ばそうが、まったく気がつく様子がない。

 完全に酒が回っている。ダメだ、このおっさん。使えねぇ……。

 困ったなぁ……こんな大事な話、忘れてるとかシャレにならないぞ。

 真剣に思い悩んでいたらソーニャが、ふっふーんと俺を見た。


「3歳の頃の話だもんね。忘れてて当然かも。……でも、姫様はちゃんと覚えてるみたいだから、忘れたなんて言ったらルーくん、また背中にカエルを入れられるかもよ?」

「カ……カエル?」


 カエルってマジかよ……。

 どんだけ、悪戯好きなんだ……。


「雪解けの時期にはルーくんのご両親とともに、ミッドガルに来るみたいだから、会ったら思い出すと思うよ。でも、お姉さんはその前に思い出しておくことを、お勧めするよ」


 にひひと、ソーニャは笑う。

 忘れてると思われたら、なんだかヤバい気がする……。

 そう思った瞬間には声にでてた。


「あっ! 思い出したよ! 金髪の女の子だよね? 僕と同じ歳ぐらいの!」


 記憶の断片だけを頼りに、咄嗟に言ってしまったがどうなんだろうか。


「な~んだ。覚えてたのね、つまんないなぁ……」


 ――――って、おいっ! 俺は、からかわれているだけなんだな……。

 

「でも、ちゃんと覚えてないんだ。どんな子だったのか、少し教えてくれないかな?」

「もちろん、いいわよ」


 ソーニャは、にま~っと笑みを浮かべ、姫について語ってくれた。

 ハリエット姫。

 ユーグリット王国のベオウルフ国王の娘で、名はハリエット・マリー・ド・ゴール。

 三歳の頃、俺とフィルとハリエットは、真夜中にこっそりと城を抜けだし、魔物退治に出かけたらしい。

 その時、俺達は狼の群れに襲われたらしいのだが、辛うじて俺の魔術で退治したとのことだ。

 その帰り道、月明かりの中、俺とハリエットはキスをしたらしいのだ。

 無論、その夜、勝手に城を抜けだしたことで、こっぴどく叱られたらしい。


 てっきり、国家間での正式な許婚かと思ったが、どうやら子ども同士での約束事らしかった。


 子ども同士での話だ。

 メアリーが知らないのも納得がいった。

 ドキドキして損したな……。


 話の区切りのいいところで、メアリーとウルベルトがプレゼントをくれた。


 俺は先ほどソーニャから受け取ったプレゼントと一緒に、包装紙を解いていく。

 精神年齢29歳。

 いや、今日で30歳ってことにしておこう。

 30歳になっても誕生日プレゼントは嬉しいものだ。


 中には何が入ってるのかな? とてもわくわくする。

 メアリーからもらったプレゼントは手編みの手袋だった。

 これは、かなり嬉しいかも。

 

 メアリーに笑顔を向けると、にこっと微笑んでくれた。


 ウルベルトからは……なんだこれ? ペンダントなのか?


「坊ちゃん、それは懐中時計ですよ」


 蓋をパカッと開けると文字盤がでてきた。

 手巻き式の時計だった。

 ウルベルトにしては気が利くプレゼントだと思った。


「坊ちゃんは時間にルーズですから、手持ちの時計が必要だと常々、思ってました」

 

 ウルベルトも時間に関しては、俺と似たようなもんだ。

 前言撤回、余計な御世話だ。

 でも礼はちゃんと伝える。

 理由はともかくこれは便利だと思った。


 ソーニャからのプレゼントも開けてみた。

 

 うっ……これは……なんだろう……きしょく悪い……。

 おれは無言でソーニャを見上げた。


「ルーくん、それは魔術に使う秘薬だよ?」


 干からびた蝙蝠の羽だった。

 風の魔法の威力を助ける効果があるらしい。

 とはいえ、俺には魔力を増大させるような触媒は必要ない。

 ……が、できる限りの笑顔を見繕った。


「あはは、ありがとう」


 礼を伝えたものの、申し訳ないが……無限の魔力を保持する俺にとって、これは姫様の悪ふざけとさほど変わらない気がする。

 ちょこっと先っちょを摘んで持ち上げてみた。

 うう、やっぱキモイぞ……これ。


「ルーくん?」

「はい?」


 作り笑顔がバレたのかと思いきや、ソーニャが俺に一通の封書を手渡した。


「それは姫様からの手紙だよ」


 封蝋されて手紙だ。

 俺は丁寧に開封した。

 何が書かれてるのだろう。


 手紙を見た。


『ルーシェリア、元気にしてる? 誕生日プレゼントはお預けよ。私が直接手渡してあげるんだから感謝しなさい。私もルーシェリアに負けないように、日々、神聖魔法の修行をしてます。成長した私を見せてびっくりさせるんだから。そうそう……約束ちゃんと覚えてくれてるよね? 浮気なんてしてたら絶対、許さないんだからね! ハリエット・マリー・ド・ゴール』


 手紙の内容を見て、ある程度の性格が、容易に想像ついた。

 ――――ちょっとした悪寒が走った。


 こうして俺の誕生会は幕をおろした。

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