探偵の話
明神響希
0.物語はノイズで始まる
探偵。小説などで頻繁に見掛ける、現実味のない職種。これはその探偵の、1人の青年の話。
「もしもし、」
探偵の携帯電話が震え、出てみれば一旦のノイズが右耳を支配し。携帯を耳から遠ざけそうになる程不快だった探偵は、つい表情をしかめた。それは電話の向こうの人間に伝わることなく、刻々と通話時間に秒が重なっていく。
通話を終了してしまいたい欲求に駈られつつ、堪える為に珈琲を飲む。そんな行為を繰り返していれば、唐突にノイズが途切れた。
「あ、あー。聞こえる?」
途切れた、と言っても耳を澄ませばまだ聞こえる。男とも女とも付かない、中性的な機械音。ボイスチェンジャーか何かを使っているであろうそれを聞けば、探偵は先程までの不快なノイズの原因を悟り。恐らく、その機械を使用するのに手間取っていたのだろう。
「聞こえるぞ」
探偵のその言葉にノイズ混じりの安堵したような溜め息を吐いた機械音は、少々の咳払いの後、何時もの前口上を口にした。
「...やぁ、元気かい?」
「勿論だ、Psy(サイ)。久し振りだな。で? 今回は何の依頼だ?」
Psychopathy(サイコパス)の頭3文字を取った依頼人だと、探偵はすぐに察し名を呼ぶ。探偵の表情はいつの間にか晴れやかなものに変わり、口角には歓喜のような色が滲んだ。それは電話越しのPsyと呼ばれた依頼人も同じ。最も、Psyの方はそれに違う色も混ざっているが。
「話が早くて助かるよ、景(ケイ)くん」
Psyは馴れ馴れしく探偵の名を呼んだ。そして、こう続けるのだ。
「前金は2000、成功報酬は5000。今から言う摩天楼の中から少年を見つけ、ある場所に届けて欲しい。」
依頼内容より先に金額を提示するのも、後ろについた万、という単位を省略するのもPsyの特徴だった。何時もより少しだけ多い金額を聞けば、景の心は酷く昂る。金額の大きさはその仕事の危険さに比例するのに。いや、比例するから昂っているというべきか。
「あぁ、わかったよ。Psy、その依頼受けよう」
大した確認もせず、景は頷く。その鼓動をPsyはきっと察しているだろう。だから何より先に金額を述べるのだ。その後に続く依頼内容がどんなに怪しいものでも彼が承けてくれると知っているから。
「流石景! 詳細はメールで送っておくよ」
いつかにしたやり取り。最早恒例なのだ。この次の流れでさえ。
「前金が振り込まれたのを確認次第、行動を始める。他に言っておきたいことはあるか?」
淡々とした事務的な景の言葉の後、少しの空白が空く。小さなノイズがやけに大きく、景の耳に届いた。
「健闘を祈るよ、景」
景が言葉を返す前に通話は一方的に終了される。ノイズをずっと聞いていた右耳はその解放を喜んでいた。
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