第30話 こだわりの
あっという間に彼に両手首をつかまれ廊下の壁に羽交い締めにされてる私。
「陸とするより俺のがいいって。君可愛いし、俺に乗り換えなよ」
そういいながら近づいて来る彼の顔。もう観察している余裕はない。必死で抵抗し顔を背けるけれど、彼の唇が首筋に当たる。彼は完全に遊んでる。
「嫌!」
本気を出せば、彼の体格なら私なんてあっという間に組み伏せられるだろう。私も彼が榊の弟かもしれないという可能性がよぎるから蹴り倒したり出来ない。榊早く帰ってくるって言ったじゃない!
もう涙が出てくる寸前だった。
玄関から
ガチャガチャ
ガツ
ガチャガチャ
ガチャ
という空いてるドアの鍵を閉めて、もう一度鍵をあけ、ドアが開く音が響いた。
「香澄! 香澄のも買って来たよ!」
呑気な榊の声が聞こえた。限界だった。涙が頬を伝う。
もう一枚の扉が開いた音がした瞬間に彼は私を抑えていた手を離した。私はその場にうずくまった。
「おい! ツバサ! 香澄になにしたんだよ! というかお前なにしに来たんだよ!」
と言いながら榊はその場に買ってきた物を放り出して私を抱きしめた。
ああ、榊だ。榊の腕の中だ。榊の腕にしがみつく。
「アニキ、なにしにはないよ。約束だろ? 二人でたまには食事するって」
だから、食卓テーブルには椅子が二脚あり食器も二人分だったんだ。なんてこんな時にはどうでもいいことに思いを巡らす。もう榊の腕の中なんだもん。
「ツバサ一度も来たことなかっただろ? なんで急に」
「だから、来たんだよ。ねーちゃんと楽しそうに話してたから、俺もと思ったのに電話にも出ないから、来てみたらアニキ女の子連れ込んでんだもんな。いいよな。一人暮らしして毎日女の子とやりまくり? 俺なんてもう学校行ってるんだけど! ここに寄れないし! 忙しいんでね。誰かさんとは違って。女の子とやりまくってる時間ないし! 勉強! 勉強! でね」
「……なら、俺に当たれよ。香澄は関係ないだろ?」
「はあ? 金髪にして毎日のようにケンカしまくって! 挙句に一人暮らしして勝手気ままに生きてる奴に言われたくないね」
ツバサ君は荒れてる。なんかあったのかな。涙が止まらない私には榊の腕にしがみつく以外できない。
「だから、って。医学部はお前の望みなんだろ?」
「あー! うっさい! なんでお前がアニキなんだよ! 勉強できるくせになんで医学部目指さないんだよ! 俺はこんなにそれにしがみついてるのに」
「ツバサ。俺は医者になるほど頭の出来はよくない。お前ら兄弟とは違うんだ」
「何だよ! それ! やる前からか! みんなで陸、陸ってさ。なんだよ。俺は!」
私は榊の腕から抜け出し、すっと立ち上がりツバサ君を引っ叩いた。
パシッ
「な! なんだよ!」
「陸は関係ない。あなたの問題なんでしょ? 医者やりたくないなら辞めればいい、今からならなんでもなれるんだから。陸は陸なりに傷ついてる。あなたがあなたなりに傷ついてるのと同じで」
榊も立ち上がる。
「香澄」
「あとは兄弟で話して、私は帰るよ」
さっきツバサ君の唇が首筋に当たっていたことを思い出して、これ以上榊の腕にいれなくなっていた。早くシャワーで洗い流してしまいたい。
「じゃあ」
「いや! ごめん。香澄……ちゃん。あの俺なんか疲れてただけだ。ごめん。陸も。俺が帰る」
「ツバサ。お前」
「さっきの事は気にしないで。あー、いろいろ。またねえちゃんに怒られそうだな。勉強しすぎだな。息抜き俺もしないとな。じゃあ。あー、本当にごめんなさい」
と、ツバサ君は頭を下げて去って行った。
帰る機会なくした! そこは気を使って欲しくなかったよ。ツバサ君!
「香澄、大丈夫か? 何かされたのか?……まさか。」
榊! 勝手になんかされた想像しないで! 泣いてた私がその想像に拍車をかけてるんだけど。
「なにもない! キスされそうになったから抵抗してただけ。彼も本気じゃなかったし、なんもないよ」
「でも、泣いて……」
「ちょっと首筋に唇が当たってたから、嫌だったの。怖かったし」
って! その言葉を聞いてる途中から部屋の中へ私を連れて行く。確かにあそこ寒い。榊は私をソファーに座らせてくれる。隣に榊も座る。
「榊?」
またなんか考えてる。さっきのツバサ君のことかな。その割にはつかんでる手がそのままなんだけど。
「香澄。大丈夫? 本当に?」
え? んーっと。そう聞かれると……
「首筋が気持ち悪い。あの、その程度」
ってことで、いったん家に帰らせて! 私にシャワーを浴びさせて!
え? ソファーに静かに寝かされる。榊は上着を抜いでソファーの背にかけてそのまま私にキスをする。
なんで? どういうことでこの展開になるの?
気づけばさっきツバサ君の唇が触れた辺りも首筋から鎖骨の辺りまで榊の唇で塗り替えられていく。
ああ、手が多分無意識なんだろうけど、太ももから腰ウエスト肋骨まで撫でないで! どうしようなんか抵抗できない。あ、榊にはしたことないけど。そっと唇から吐息が漏れてるんだけど榊気づかないで!
どうやら、気が済んだみたいで、榊の唇と手が私の体から離れた。
はあー。って! また揺れてるよ、榊!
「もう! 榊、また笑ってる!」
「ごめん。香澄無抵抗過ぎだから」
「うるさい! 早くハンバーグ!」
「あ! 卵落とした! しかもアイスもヤバイ!」
その後アイスはそのまま冷凍庫に再び凍らされた。卵は見事全滅だったのでオムライスにメニューが変更された。こだわりのハンバーグは何だったのよ!
そこからまた普段通りの私たちの生活に戻った。あれはなんだったの?
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