第2話 転校生

 インターフォンを鳴らして家に入れてもらう。もうこの生活も今日までだ。


 父の転勤先は海外だった。高二なのに三年間の転勤には同意、いや同行できない。母は迷うことなく父について行くと言い出したので、一番近い叔父夫婦の家に居候させてもらうという話になった。叔父のところには子どもがいない。家の間取りもそう広い訳じゃない。そこに居座るのも気が引ける。かなり父と話し合いがあった末に叔父の家の近くに一人暮らしするという事で話がまとまった。


 私も父達も引っ越し先を見つけたり引っ越しの荷造り、私の転校手続きやらと父の転勤が決まってからは忙しくしていた。父の転勤と引っ越しと転校の日が上手くあわなくて、父達は先に引っ越ししたが、私はまだだったので少しの間叔父の家にいたんだけど。


 居心地最悪だった。まるで新婚なのか! って突っ込まずにはいられないこの環境。叔父と叔母には私がいるのにもうそれが当たり前なんだろうな。父よ、娘に最悪な環境を与えるなよ!

 それもあって今日の待ち合わせに行ったし、一時間も待ったんだけどね。

 居づらいんだよね、ここ。


「香澄ちゃん、あんまり帰り遅いとお父さんに怒られるよ」

「こんなことで一人暮らしになったら、どうなるか……」


 ああ、このままではせっかくの今までの私の我慢が無駄になる!


「ちょっと、前の学校の友達が来てくれてて、話してたら遅くなっただけで、明日からは大丈夫だから!」

「そうか。そうだよな。遠くなったし友達とはしばらく会ってないしな」


 なんとか納得させられたみたい。監視役になってるって過剰に反応し過ぎだよ。叔父さんも叔母さんも。



次の日の朝から心配そうな表情の叔父と叔母。

「香澄ちゃん、これ地図と住所と家の鍵。本当についていかなくていいの?」

「そうだぞ! 一人分とはいえ荷ほどきは大変だぞ」


 叔父さんはやたらに張り切っているけど、叔父さんに私の荷物を開けられても困る。だからと言って叔母さんだけ来てくれ、なんて言ったら叔父さん凹むだろうし。


「いいよ。大丈夫。すぐに使う物はよけといたし、徐々にやるから。それに、困ったらすぐ呼ぶから」

「そうかあ」


 なんか叔父さん残念そうなんだけど……張り切り過ぎじゃない?




 叔父の家を出て徒歩でしばらく歩いたところで目的地に着いた。住所と地図をそしてマンションを見比べる。ここを選ぶ時に私は話に入れてくれなかった。叔父さんの家の近くで女の子が一人で暮らしても大丈夫なマンションを選んだと、父に問答無用で決められた。私がわがままを言い出すのが嫌だったんだろう。

 なので今日はじめてマンションを見た。荷物の搬入は叔母さんが立ちあってくれていて、今このマンションに私の荷物がある。

 最悪だ。906号室と書いてある。九階だよね。……。

 ここで立ち止まっても仕方ない。玄関からエレベーターへ。私は9のボタンを押す。

 ポーン

 という音と共にエレベーターの扉が開く。


 こんなはずじゃなかった。せっかくの新生活なのに。


 廊下を歩きながら確認する。これは……昨日はそこまで見てなかった。

 『905 榊』

 隣? ええ! そう、ここは昨晩あの榊につれて来られたマンションだった。


 とにかく避けてみよう。高校生ぐらいだったし体格もいいからきっと部活してるはずだよね。だったら、帰宅部にすると決めてる私とは会わないだろう。朝だって朝練とかあるだろうし。休みの日だって偶然、たまたまってぐらいだろうしね。会うなんて。


 こうやって、自分に言い聞かせていた私は隣の

 ガチャガチャ

 って音に過敏に反応する。

 慌てて自分の部屋の鍵を開けて中に入る。


 ふー、助かった。ドアが向こう側に開く物だったんでドアを榊が開けてもこちらを見られずに助かった。

 一日目からこの偶然。偶然って怖いな。


 荷ほどきは叔父の言葉通りに厄介だった。荷造りも辟易してたのに、こっちの方が大変。お昼も晩もコンビニで済ました。どう考えても料理なんてまだ出来ない。明日学校に行けるようにするので精一杯だよ。



 朝になり昨日買っておいたパンで朝食を済ませた私は鏡の前にいる。今日から新しい学校。これでやっていけるのかな?


 登校初日は説明とかがあるんで早目に登校した。いろいろ説明されたけど、まあ学校はどこも同じだね。


 担任の先生が来て教室に案内されてそのままホームルームで自己紹介させられる。名前言っただけだけど。窓側の一番後ろの席に着くように担任に言われた。


 私が席に着くと本格的なホームルームがはじまった。


「という訳で、生徒会長の立候補は今日までだ。みんなドシドシ申し込んでくれ」


 どういう訳なんだかわからないけど、担任の口癖かな? 生徒会長にドシドシってダメじゃないの? 立候補してる人いないんだねきっと。


「吉田、あれ立候補いないんだぜ、絶対」


 近くの男子が雑談をはじめた。


「二年生だけだからな生徒会長になれるの」

「生徒会長になれる、ってお前なりたいの?」

「そんな訳ないじゃん」

「吉田、生徒会の顧問だから、立候補ないと二年生の帰宅部口説いて回るらしいぜ」

「良かった。クラブ入ってて」


 ええ! 私は帰宅部だけど。まあ、転校してきたばかりの私にはさすがに生徒会長の話は回って来ないよね。


 教科書がまだないので私は隣の席の男子に教科書を見せてもらってる。これってかなり迷惑だな。テレビのドラマとかで見てる雰囲気よりどうなんだろ的な空気が流れる。ページめくる度に気を使わせるし。教科書、いつ来るんだ!


 ありがちな転校生に対する興味は放課後までは持たなかったようだ。質問攻めにも軽く流して答える。そんな事答える義務ないだろう的な質問もあるし。転校生には人権がないの?



 さて放課後に解放された私は帰途につく。いろいろなクラブにも勧誘された。特に人数が少ない部は熱心だったけど、最初から帰宅部希望の私は揺らぐ事もなく断っていった。見るだけって誘いも断る。私には山盛りの荷物と自炊生活が待ってるんだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る