成人もしてないのに魔法使いになりました。

悠夕

第一章 『プロローグのようなもの』

第1話 『強いからなんだという話だが』

 

 松来まつらい 叶多かなたは性欲が強かった。

 小学五年生の時に両親のあっはんうっふんな現場を見てしまって以来性に目覚め、そこからはもう早かった。

 さすが子供というべきか興味があるものへの知識欲求は高いもので、親の監視を掻い潜りパソコンでいろいろなものを調べ、買い与えてもらったスマートフォンにはフィルタリングがかかっていたがアプリが使えないだのなんだの理由をでっち上げ解かせ、道端や山に落ちているトレジャーを見つけに行ったりエトセトラエトセトラ。

 気がつけば小中学校の頃は『エロ博士』と呼ばれ、一時期ちやほやされたものである。

 まぁ高校生になれば周りも普通並みに、人によっては普通以上に知識がつき、叶多は用無しになってしまったのだが。

 そして同時に、自身を止めようとする力────自制心も強かった。

 だから誰かを無差別に襲うことはないし、その辺のカップルよりは自重している自信が叶多にはある。


 ……まぁそんなこんなで、今日も叶多は歩き慣れた通学路を、意図的に周りのイチャイチャしているリア充から逸らして歩いている。

「…………所構わずイチャイチャするのはホント死ね。頼むから死んでくれ。氏ねじゃなくて死ね。ヤりすぎて赤玉でも出して死んでしまえ死ね」

 周りを妬んでいるようにしか見えないが、刺激されるからやめてくれというのが叶多の弁だ。

 確かに嘘偽りのない真実であり、今も意図的に意識の外にやるべく青い空を仰ぎ続けているわけで。

 今日も空が綺麗だ。桜も相まって春だなぁとか健やかな気持ちにしてくれる空。

 してくれるが性欲までも押さえ込んでくれるわけではなかった。高校二年目、春。新学期初日からこの調子。

 一年一緒に居た仲間だ。そりゃあ恋心だって目覚めるし、カップルも徐々に増えていくだろう。

「……耐えられるかな、俺」

 既に不登校になる自信しかない叶多であった。

 叶多の明日はどっちだ。


 ◆◇◆


 火花が散った。

 人気ひとけのない路地裏。沈黙と静寂が満ちるそこに、白い髪をたなびかせてひとりの少女が着地する。

 小麦色に焼けた肌の少女だ。見たところ年齢は十七程で、身にまとっているのはショートデニムと、ヘソを出すように裾が結ばれた白い半袖のシャツのみ。

 だがその右手には現代日本に似合わぬ両刃の片手長剣が握られていて、わずかに差し込む陽の光を浴びて黄金に輝いている。

 その剣の刃先を宙に向け、少女は顔に下品な笑みを貼り付けた。

「なんだよ、まだアタシの手に落ちてくれねぇってのか? 困るんだよなぁ色々とさぁ。こっちにはこっちの事情と予定があるってのに」

 少女が刃先と言葉を向けた先にあるのは翼を生やして飛んでいる緋色の宝石。奇妙な宝石はバサバサと大きく音を立てて翼を打つと、

「それがボクの目的ですからね、逃げ回りますよそりゃあ!」

 言葉を発しただけでは飽き足らず、怒りマークまで浮かべて見せた。

 宝石からは剣の刃先のようなものが飛び出し、少女の剣と睨み合っているよう。

「……にしても宝石が飛んで剣みたいなの吐き出してる光景ってシュールだよな」

「言わないでくださいよボク自身気にしているんですから! ……にしてもさすが聖遺物。ボクだけでは到底かなわない」

 とうとう耐え切れなかったのか、目をじとりと細めて呟く少女。対する宝石もすぐに声を荒げて返すが、どうも宝石からはシリアスムードは抜けきらなかったようだ。

 怒りマークに続いて、汗を垂らす宝石。何やら考え込んでいるようだが、宝石なだけあってイマイチ表情が読みづらい。

 少女も同じようで、剣を構えたまま固まるしかない。切り掛かっていいのか迷うところだが不意打ちは自分のプライドが許さない、と。

 だが、その余裕────相手に対する油断が、少女の足かせになっていることに気づかない。

「気が抜けている、今しか……!!」

 振り絞るような宝石の声。同時にその身体が強く発光する。

 路地裏に満ちる強い光は少女の視界を塗り潰し、大きな隙を生んでしまう。

 光は一瞬。だが少女には致命的な隙だ。光が収まり思考が戻った頃には、目の前に宝石の姿はない。

「……ッソー、油断したな。でもま、いいや。どうせアタシに捕まんのは決定事項なんだからさ」

 やられた、といった様子だが少女に焦りは感じられない。むしろ、この状況を楽しんでいるような。

「……オマエだけで、耐えきれるかな?」

 少女の笑い声が路地裏に響く。

 ひとり、楽しげに。高く、高く。


 ◇◆◇


「……思いの外耐えられるもんだな」

 始業式が終わり、新しい教室。

 新しい面々────と言ってもだいたいが見たことのある顔なのだが────に囲まれて、叶多はひとり呟いた。

 時間にして約一時間半くらいだろうか。周りのカップルに舌打ちをすること数十回、耐えろ耐えろと奥歯を噛みしめること十数回。

 この時点で手遅れだと言う人間の方が多いだろうがそれはそれ。これくらいで済むのなら数週間ですっかり慣れてしまうだろう、と胸をなでおろす叶多である。

「どうした松来、そんな長くため息なぞ吐いて」

 机の木目に突き刺さっていた視線をあげると、声の主である女子、桃瀬ももせ 北斗ほくとが立っていた。

 腰のあたりまで伸びた黒髪をポニーテールにまとめていて、窓から差し込む温かい風を受けてたなびいているのが見えた。

 凛とした表情、しっかりとした性格、強いリーダーシップで男女ともに好評な少女だ。たがその桃瀬の凛とした表情は優しく緩められ、笑顔を叶多に向けている。

「どした、桃瀬。今提出してないプリントだとかなかったと思ったけど」

 桃瀬 北斗といえばクラス全員の支持を受け、学級委員長になったことで評判である。去年も同じクラスだった叶多もそのことは知っていて、プリント回収やら何やらに来たと思ったのだが。

「いや、プリント回収に回って来たわけではないさ。松来、今日はヤケに不機嫌だったろう? 何かあったかと思ってな、様子を見に来た」

「……そんなわかりやすかったかな、俺」

「ああ、始業式中ずっと真後ろで聞いていたからな。舌打ちも歯ぎしりも」

 そういえばそうだった、と内心手を打つ叶多。

 北斗とは去年、行事などで並んだ時は二人を挟んで前後と言う形だった。

 今年は確か『ま〜も』で始まる苗字はいかったと叶多は記憶している。去年は美作みまさかにのまえが間にいたような記憶もぼんやりと。

 などと考えてるうちにも時間は巡る。目の前の北斗もそろそろ不審に思う頃かと思ったのだが、


「……なんの騒ぎだ?」


 北斗の視線は窓の外────グラウンドに向いていた。

 見回せば窓際にはクラスメートのほとんどが集まっていて、北斗と同じくグラウンドへと視線を落としている。

 釣られたように窓際へと歩み寄り、叶多が目にしたのはグラウンドの中央で暴れまわる男と、それに駆け寄る教員の姿だ。

「なんだ、あれ」

 暴れている男は何かを必死に叫び、顔を苦痛に歪めながら強く地を踏み、頭を叩きつけ、額から血を流しながら何かを訴えかけている。

 口の動きからは何を言っているのか読めない。聞き取ろうと窓から身を乗り出したのと同時。

「なんでだよ!! なんで、俺を、誰もッ!! 認めてくれないんだよ!!!」

 男の、悲痛な叫びを聞いた。

 これまでの噛み殺したような叫びとは違う。周りに訴えかけ、本気で涙を流しながらの叫びだ。

 目はひどく虚ろで、額の傷が痛々しい。

 流している涙は感情を叶多へと叩きつけ、押し寄せる男の感情に足がすくむ。

 一歩、二歩。自然と窓から遠ざかった。

 一見すればただのトチ狂った男だ。春だからな、で済ませてしまえばいい。教師に任せてしまえばいい。

 そのはずなのに、叶多の本能はアレはマズイモノだと訴えかけて止まないのだ。

 そう感じているのは叶多だけではないらしく、男を見下ろすクラスメートの表情も浮かない。

 北斗の頰にも汗が一筋流れ、口元を緊張に歪めている。


「止め、ないと」


 アレをそのまま放置してはダメだ。どうにかしないといけない。

 だけどどうする? アレに近寄ったところでどうしろというのだ。

 湧き上がる謎の使命感と疑問。打つ手のない現状と叶多の思考に、


『ならボクが力を貸します!!』


 応える、声がした。


 脳内に響き渡るような声に、思わずあたりを見回す叶多。だが声の主らしきモノは見当たらず、周りの人たちと言えば叶多など目にもくれず、グラウンドの男へと視線を向けている。


『ちょ、こっちですこっち! 右見てくださいよ右!』


 再度、頭に響く声。その声に従い視線を右へとやると、視界に捉えたソレに思わずあんぐりと口を開いてしまう。


「……え、は?」


 翼を生やし、宙を舞う宝石。それがあろうことか叶多の脳内へと、語りかけていたのである。

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