第1話  - 祐二 -



「ごめん、遥。なかなか仕事が片付かなくて…」

「はぁ、また同じ理由。で、ホントは?」

「……はい。ちょっと前まで寝てました」

「何それ!まさか祐二、私との約束忘れてたんじゃ」

「そんなことねぇって!」

私は怒ったふりをしてそっぽを向いた。彼が慌てるのを見るのが楽しかったから。これが私たち二人のデートの始まり。どんなに待ち合わせ時間を指定しても、必ずといっていいほど彼は遅れてくる。でも、いつもちゃんと来てくれる。だから待つことはそんなに苦じゃなかった。

ただでさえ、お互い仕事をしているから平日はなかなか会うことができない。でもその分、休みの日は別れるのが辛くなるほど、ずっと一緒だった。

祐二と付き合ってもうすぐ3年。私はこれからもずっと、祐二と一緒だと思っていた。

「……ふわあぁ…」

「………さいってー。仮にもデート中だっていうのに」

「あ、ごめん」

「何?最近仕事忙しいの?」

「ん?まぁ、そんなとこ」

「無理しないでよ」

「わかってる」

ちょっと前から気になってた。祐二は私といるときでも、眠そうな顔をする。今までそんなことはほとんどなかった。でも、ただ眠いだけなら気にすることじゃない。それ以外はいつもと同じ彼だったから。

軽い食事を終え、店の外に出ると、彼は私の手を取っていつもの場所へと足を向ける。

そこは近くの公園。食事のあとは、空を見ながらベンチに座って話をする。そんな他愛もない時間が私はとても好きだった。

「祐二?」

「ん?」

「今度さ、休み合わせて旅行行こうよ!」

「そうだなぁ…」

「もうすぐ付き合って3年経つしさ」

「…」

いつもなら、本気であれ冗談であれノッてくる祐二が、初めて黙りこんだ。

「…何で黙って」

何で黙ってるのか聞こうとしたとき、彼の携帯が鳴った。

彼はちょっと待ってるように私に告げると、立ち上がって離れたところで電話を取っていた。

「ったく、悟だった。あいつ今日出張だから、土産は何がいいかだってさ」

「出張ってどこ?」

「千葉」

「隣じゃん!もう、相変わらずだね、悟くん」

「ははは、だよな」

彼の――祐二の笑顔を見るだけで、さっきまでの不安な気持ちはどこかに飛んでいってしまっていた。

映画。ウインドウショッピング。そしてディナー。

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、もう別れの時間となっていた。

明日は、会社の同僚だった美希の結婚式に呼ばれていたから、いつものように彼の家に泊まることはできない。

仕方ないとわかっていても、やっぱり寂しいものは寂しい。時間が過ぎても、私は彼から離れられないでいた。

「遥。明日早いんだろ?大丈夫なのか?」

「わかってる。わかってるけど…」

「…まったく」

祐二は私の体を引き寄せ、その大きな手で包みこんでくれた。

「ちゃんと美希ちゃんをお祝いしてきな」

「……うん」

私は、祐二の腕の中にいるとホッとした気持ちになる。ああ、これが幸せなんだなと思う。


だから…。


「……そろそろ、行くね」

その言葉で祐二は私を解放した。

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい」

また会えるのに、会えることはわかっているのに…。

腕から離されただけで、手を離しただけで、私の心は彼を求めていた。



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