それでも私は恋をする
日向ナツ
第1話 出会う
平日の夕方、学校から帰ってきた私は、鍵を開けて、自分の家の玄関のドアを開ける。
ガツ ガツ
あれ? 鍵が閉まっている。今さっき鍵を開けたはずなのに。さっきまで鍵が閉まってなかったの? え? 私、朝……鍵を閉め忘れた? のかな……。どうやら鍵があきっぱなしだったドアを見つめる。
もう一度、鍵を使ってドアの鍵を開けて中に入るかどうか迷う。怖いなこんな状態で中に入るの。私一人だし。だけど、家に入らないわけにはいかないし……。両親は帰りが遅い事が多い。ほぼ毎日だと言ってもいい。私は一人っ子で、父と母の三人暮らし。両親が帰ってくるまで、外で時間潰せるか考えていた。ただもう一つの可能性を考えてはいるんだけど……。あれから二年もなにもないまま経っているしな……。
玄関の前で私は考えていた。このまま立ち去るか、中に入ってみるか。どうしようかと考えていたら、玄関の鍵が開く音と共にドアが開いた。ドキリとする。誰?
一、二歩下がって、玄関のドアを開けた人を見ると、そこには母がいた。はあー。紛らわしい! 早くに家に帰ってくるならそう連絡してよ! もしくは朝に一言、言っておいて!
「おかえり! 樹里!」
上機嫌だよ。この母は。
これはさっき、私の頭をよぎった嫌な予想が当たってるかも。母が今この時間、家にいることも含めて。
なぜ、いつも先に言ってくれないんだ。困った母親だよ。いや、父親もだよね。
「樹里、なんで家に入らないのよ」
「怪しいからに決まってるじゃない。閉まってるはずの玄関の鍵があいてたんだから」
「そんな細かいことより早く! こっちにいらっしゃい!」
細かい事じゃない! 家に入れないところだったんだから。友達の果歩に付き合ってもらえるか考えて、果歩が今日も彼氏と一緒にいることも考え、そこに割って入ってる自分の姿も考えてたんだから。
そんな私の怒りなどお構いなしに、母は玄関から階段を上がって、二階の部屋へと私を連れて行く。私の部屋の隣の部屋。そこは空き部屋になっている、普段は。いつもと同じだけど、今回は二年も間が空いてる。
部屋のドアは開け放たれている。どうせ、さっきまで、母が乱入してたんだろう。そこから見える光景。懐かしい……三年前と同じに見える。ダンボール箱に囲まれた男の子。年も同じくらい。変わったのは、私が男の子の年に近づいた事だろう。日に焼けたのか少し茶色がかった髪に小麦色の肌。よく日焼けしたその整った顔はちょっと困っている様だった。
「樹里! こちら安田拓海君。今日から我が家の一員よ。仲良くしなさいよ」
そこらの箱に彼の名前が書いてある。部屋の中は荷物で溢れかえってるからね。
今日から我が家の一員……何度聞いた言葉か。父も母も弁護士で、扱った事件や事故のせいで親とは暮らせなくなって、引き取り手がどうしても見つからない子供を、何度も引き取っては同じセリフを言う。そう、今日みたいに。こういうことが嫌なんじゃないけど、急過ぎる。せめて、前もって話してくれてもいいじゃないの! 毎度、毎度。私が反対すると思ってるからなのか? 反対したことなど、一度もないのに。
「どうも」
彼、拓海君が遠慮がちに挨拶してくる。拓海君に気を使わせてるよ。母! こんな対面のしかたをいつもするんだから。
「どうも。よろしく」
私のやっとの返しで、私の承諾を得たと思ったのか、母のご機嫌がさらにアップした。
「じゃあ、後はよろしくね。樹里。ああ、拓海君は樹里と同じ年だし学校も一緒になるからね。それじゃあ、お母さんは仕事に戻るから。樹里、拓海君のことちゃんと手伝ってね」
「わかった……」
同じ年のさらに同じ学校? というか、高校生の娘に同い年の男の子との同居に、さらに私にこの後を任すってどうなの? ああ。母と父の思考が全くわからない。そこは心配しないの? ワザと避けてたんだと思ってたのに。年の近い男の子との同居。ただの偶然だったのね。というより、私がそういうことを気にする年になっただけか。
「じゃあ。いってきます!」
「いってらっしゃい」
本日二度目のいってきますをご機嫌にいうだけ言って、母は玄関から消え去った。
「………」
どうしよう。男の子の荷ほどきには、きっと初対面の女の子は、邪魔なだけだろう。いつから始めたかは不明だけど、私の学校行ってる間に始まったんだろう。向こうで荷造りした物を運んでくるということを考えると、拓海君がこの部屋で荷ほどきをしはじめたのは、お昼はまわってる頃だろう。だけど、今はもうすでに夕方。まだ荷物はほとんど出ていない。ダンボールが積んである状態だ。うちの学校の制服だけがクローゼットにかけてあるから、転校の手続きをしたついでに制服の準備も母がやったんだろう。きっと母に絡まれて、全く作業が進んでなかったんだろうな。
「あ、じゃあ。私、宿題あるし。なんか用事があったらいつでも声かけてね。部屋は隣だから」
と私は私の部屋の方を指差す。ここは邪魔にならないように、立ち去るべきだろう。
「あ、うん」
と拓海君のためらいがちな返事。そりゃあ、そうだろう。
母達のしてることは彼ら、本人達の為なんだろうか。施設に入り引き取り手が見つかるまで過ごすのを、我が家に引き取って過ごすというのは。他人の家に上がりこんで住むんだ、小学生だって嫌だろうにさらに高校生なら苦痛だろう。いつもは小学生がほとんどで、中学生がたまにはいたんだけど。
三年前までは中学生以上の年の人はいなかった。だけど、三年前に大学生が来た。彼は引き取り手を見つける当てもなかったし、当てにもしていなかった。彼は自分で大学費用と住むところと生きていく為に必要なお金を、バイトや奨学金など様々なことを利用して、一人で生きて行くことを選んだ。
一人で生きて行くのは、大変なことなんだろう。彼はそうなるまでに、一年以上の時を、私の部屋の隣の部屋で過ごした。気づけば、中学生と大学生だった私達の関係は、高校生と大学生に変わっていた。彼は大学の二回生に、私は高一になっていた。
いつからか、私は彼に恋心を持っていた。いつからなのか、わからなかったが今やっと気づいた。はじめからだ。こうやってダンボール箱に囲まれた彼を見て、もう好きになってたんだ。ただ中学生と大学生だとという、大きな隔たりを感じて気づかないようにしていただけだったんだ。彼にとっては、私はただの子供に過ぎないんだと、そう思っていたから。
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