怠惰

灰羊

第1話 解放

なにが原因だったか分からない。


ハジマリハトウトツダッタ。


朝教室に行くと椅子が無かった。

掃除当番が戻す場所を間違えたのか、誰かが友達との歓談のために持っていったのか。


あたりを見回しても余ってる椅子が在る様には見えない。


瞬間的に’これは 意図的に 持ち去られた’のに気が付いた。


原因は何か?


分からない、判らない、解らない。


周りを見回すと昨日まで普通に話していたはずの友人は顔を背けた。

名前はもうどうでも良い。


やがてホームルームが始まる。

ずっと立っている僕をみて教師は


「何故立っている?っとっとと座らんか」


椅子が無いことを告げると、床に直接座らせられた。


周りからは押し殺した笑い声が聞こえる。


何故だ?昨日までは普通だった。

少なくとも目立つ行動もしていないつもりでだった。


頭の中が熱くなる。

顔が紅潮しているのがわかる。


だが俺に何が出来る?

虐めないでと頼むのか?誰に?クラス全員に?

馬鹿げてる。


コレは…コノ行為は誰かが意図し、目的があるように思えた。

他の連中は静観を決めているか

関わると碌な事が無いと思っているのだろう。




そしてある日一人の女子の体操服が無くなる。




クラスで犯人探しが行われ、俺のカバンから発見される。

その日から、今まで静観、傍観を決めていたクラスメイトも

露骨に嫌がらせを始めた。


給食への異物混入から始まり、机やノートへの落書き

黒板への謂れの無い誹謗中傷。


暴力での虐め。


次第に誰が僕を貶めていたのかが判る。


友人と思っていた人物、そいつが僕の敵だとわかった。

奴は笑いながら体操服の話をしてくれた。


何も出来ない俺を馬鹿にし、蔑み、罵り、そして暴力。


教師に相談をしてはみたが、ガンバレの一言で片付けられた。

家族には相談できない。


日に日に体に傷が増えていく。

日に日に心が削れていく。


そうして僕は学校へ行けなくなり。

高校は中退、29歳の今現在も仕事に就けず親のスネをかじり続けている。



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同窓会のはがきを見た時、あの頃の地獄の様な日々が蘇えった。


復讐を考えた事など一度や二度では無い。

今思い出すだけで腸が煮えくり返る。


僕の人生はは奴に潰された。


奴は楽しかったのだろう。


僕の地獄のような日々は奴にはさぞ甘美な日々であったのだろう。


同窓会である今日、僕は懐に隠し持ったナイフを奴の胸に埋め込む。

その後の事はどうでも良い。


どうせ終わっているような人生、刑務所に入ろうが死刑になろうが

どうでも良い。

この先に奴が居ると思うと、恐怖とやっと憎しみから解放される確かな期待とで

手が震えた。


同窓会は地元の小さな居酒屋の二階部分を借り切って行われているようだ。

炉辺と呼ばれる類の居酒屋なのだろう、一階には常連客な様な人達の声が聞こえる


カウンターで同窓会のメンバーであると伝えると受付の女性が二階まで案内をしてくれた。


階段を昇る度に元クラスメイト達の声が大きく聞こえるようなった。


今から奴に復讐を遂げる事を考えると脳の端っこあたりがムズムズする。

怖い、憎い、嬉しい、殺せる、開放される、色々な感情を渦巻かせながら会場に入る。


同窓会開始の時間にはまだ少し時間はあるのだが、懐かしい顔をみた参加者たちは

思い思いに会話していた。


「そういえば今日、、あいつも来るんだっけ?自主退学した奴」


「おい、あそこに来てるぞ、ほら」


「ああ、本当だ確かにあいつだわ」


「聞こえちまうだろ、声のトーンを落とせよ、馬鹿、、」


全部聞こえていたが視線は別の場所に措いて置く下手に絡まれて計画を台無しにしたくなったからだ。


やがて乾杯の音頭を元担任教師が取り同窓会が始まった。


誰に構われる事無く一人ビールを飲み、その時を待つ。


’まだだ、まだダメだ。もっと皆が酔ったタイミングか、奴がトイレに立った時がチャンスだ’

’焦るな、奴はこっちに気がついていない’


食事には殆ど手を付けず奴の動向だけをずっと見ていた。


もうすぐ奴の人生は終わりを告げる。


僕の人生も終わりを告げる。


手に汗が滲むがきにしては居られない。


やがて、同窓会の時間も過ぎ、皿の料理も無くなり掛けた頃

僕が立ち上がり、これから起こる惨劇に手を震わせていた時


奴は立ち上がった。


「皆さん、忙しい中これ程の人数が集まるとは思っていませんでした。ご参加有難う御座います。

 今日は皆さんの近況を窺え、また壮健に過ごされている事に大変嬉しく思いました。

 ここで、皆さんにもう一つ提案があります。

 皆さんも覚えていると思います。

 私はあるクラスメイトに皆さんと一緒に謝りたいと思っています。

 フタツイハジメさん。

 彼に心の底から謝罪したいと思います。」


奴は僕の方に向き直りながら話を続けた。


「学生時代に貴方への仕打ち、嫌がらせ、本当に申し訳御座いませんでした。

 あの頃の私達は虐めを止める事による虐め対象が他に移る事を恐れていました。

 誰かが止めてくれるの待っていたにも関わらず、誰にも止める事が出来ませんでした。

 私以外の誰かが貴方を虐めている時、私は貴方を見て笑っていましたが本当は次の対象が

 私になってしまったらどうしよう?と恐怖を感じていました。

 貴方が学校を辞めてしまった時、次の対象は誰なのか?ここに居るクラスメイト全員が

 恐怖を感じていたと思います。

 だけど、次の対象は現れませんでした。

 貴方が学校を辞めた後は極々普通と言って良いか分かりませんが虐めのないクラスでありました。

 そして私達は貴方にしていた数々の仕打ちを隠すようになり、何事も無かったように

 卒業したのです。

 貴方には大変申し訳の無いことしたと此処に居るクラスメイト全員が思っているはずです。

 もうあの頃に戻れませんが、このまま何も無かった事にしたく在りません。

 皆さん御起立お願いします。」


小さな拍手が起こる。


頭の中がキナ臭くなる。


コイツハ イマサラ ナニヲイッテイルンダ


僕は忘れていないぞ?笑いながら体操服の話をする醜悪な顔を

僕は忘れていないぞ?日々の暴力による痛みを

僕は忘れないぞ?お前達への憎しみの心を


何故そんな風に話が出来る?


フザケルナ


僕の周りの元クラスメイト達が一斉に立ち上がる。


「ヒトツイハジメさん、あの頃は申し訳ありませんでした」


奴の声に続き元クラスメイト全員が頭を下げる。


「すいませんでした」

「ごめんなさい」

「ホントごめんな」

「・・・」

「ゆるしてね」


軽い言葉や謝罪の言葉が会場中に広がった。


フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ


フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ


フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ


僕は今日ココに、お前と過去を殺しに来たんだ。

いまさら謝るとか在り得ないだろ。


ナンダソレ、お前は、、お前等は謝って気が済むだろう。

僕は???気が済むわけ無いだろ???考えろよ??そのくらい。


お前等は高校を卒業し、進学し、其れなりの会社に就職をして、家庭を築いた奴もいるだろう


ボクハ???


虐めらた事による高校中退

進学も出来ず未だに無職


謝って手打ちにしたお前等は今ある幸せをまた明日から当たり前の様に享受して

謝られた僕は、ずっと引きずりながら怠惰な日常に戻る。


不公平だろ!

理不尽だろ!


謝罪を受け入れられないが、受け入れないとまた僕はダメな人間と揶揄され続ける。

脳が裏返る様な感覚、頭が絞られるような感覚に苛まれながら僕はギコチナイエガオで立っていた。





そして懐に仕舞っていたナイフを取り出し





自分の首に当てて






力の限り引き抜いた。






薄れる意識の中、やっと解放されたのが判った。

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