唯少女論ユイショウジョロン

椎名ニーオ

唯少女論 プロローグ

 ねえ、アナタは憶えていますか?

あの夏の日のこと。

アナタがいなければ、私はきっとここに立ってはいられなかった。

アナタは私にとって、光。

その行き先を照らす光があったから、私はここまでやってこれた。

一人でもがんばっていられた。

もし、もう一度アナタに出会えたら何て話しかけたらいいだろう。

地元の駅で、都会の真ん中で、偶然アナタとすれ違ったら、アナタは私に気付いてくれるだろうか。

そんな奇跡なんてあるはずもないのに、ついつい考えてしまっていた。

だから、だからこそ、視線の先にいるのがアナタだとは信じられなかった。

奇跡は私のような地味で目立たない人間には起きたりしない。

だから、ただキレイな女の子がいるなと思っていた。

大学のキャンパスを歩く女子の集団の中で一際ひときわ目を引く背の高い女の子。

誰もが美人だと思う顔立ちに薄っすらとメイクをしたその子は、りんとしたところがアナタに似ている。

彼女は、七月の風だった。

爽やかに吹き抜けて、私の心にみ着いた。

集団とすれ違う瞬間、その子の視線が私を捉える。

けれど周りの女の子が視線を遮った。

私は、立ち止まる。

彼女は、私の初恋だった。

私は、振り返る。

離れていく集団から抜け落ちるように、彼女が立っていた。

見つめ合うその瞳に私は思う。

ああ、彼女に違いない。

今は女らしく胸よりも長く伸びた黒髪も、あの頃のつややかさを失ってはいない。

だから、私は君に名前をたずねる。

「あの、———アナタの名前は、何ですか?」

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