店長とラミア
~0~
お腹空いたー。お腹空いたー。
◆
「ふぁ・・・。」
あまりの緊張に動かない俺の身体を尻目に、呑気に欠伸をしながら身体を伸ばしている彼女の身体は実に扇情的だった。
「ぁ」
きらきらと朝日が反射するかの様に煌めく金色の長髪が動きに合わせてさらさらと身体の表面を滑る様に流れていく。
綺麗だ・・・。
ただその感情を赴くままに、自然体でくつろぐ彼女に近付く。
昨日初めて知り合い契約して仕事を1度頼んだだけの相手。親しい間柄でも、頭を触られるのは苦手な人が多いと知っていながら。俺はその髪の毛に触れた。
「?」
彼女は抵抗もしないし、嫌がるでもなく、ただ不思議そうにこちらを見ていた。
手櫛入れる様に触れると手をすり抜ける様にサラサラと流れる髪。
俺は無意識の内にもう一度手を伸ばして
「てーんちょーー!おっはよー、今日の分のトマト持ってきたよーーー!」
止まった。
「って、あれー?いない。まだ寝てるのかな? 珍しいー、久々に新メニューでも作ってたのかなぁ?」
階下からの声。正気に戻った俺は慌てて彼女へ伸ばしていた手を引っ込める。俺の手を見ていた彼女は相変わらず目立った動きがない。
近付いてくる1階からの声。
気が動転している俺。
なにを考えているのか分からない彼女。
ノックもせずに勢いよく開かれる扉。
「てーんちょー!朝ですよー、おっはようございまぁーーー・・・・・・・・・した。」
そっ、と閉じられた扉をただ見ていることしか出来なかった。
◇
「んで、店長。この子誰?」
あの後に取り乱した彼女を宥めるのに骨が折れたが、やっと落ち着いたらしい。
ラミア族。上半身は女で下半身には蛇の身体を持つ、人間と一緒に暮らしてはいるが、体温は変温動物のそれだし、成長すれば脱皮もする、生態としては蛇に近い魔人。
ミラが、ドアに視線を向けたままの俺の背後から訪ねてくる。
ちなみに魔法使いのお嬢ちゃんはミラに手伝って貰いながら着替え中だ。
「昨日偶然知り合った魔法使いだよ」
聞こえない聞こえない、衣擦れの音なんか俺には聞こえない。極力意識しない様にしながら答える
「昨日?ってか、魔法使い?何してたの?」
「いやー、毒持ちの蠍モンスターいるだろ。あれを食べるのに解毒の魔法やらで手伝ってくれてたんだよ。」
「はぁ!?アレ食べたの?」
まあ店長の悪食癖は知ってるつもりだったけとさー、なんて呆れたような声が聞こえてくる。
悪食とはなんだ悪食とは、ただ味が気になるだけだ。全部この好奇心が悪いんだよ、俺は悪くねぇ!
「はい、かんせー」
「ありがとう」
その声から察するに着替えが終わったらしい、俺は二人に向き直る。
「そもそも俺が1階にいないからって、独り身の男の寝室に女が1人で来るなんてなに考えてんだお前は」
「へー。店長って、こんな見た目の私でも1人の女として扱ってくれるんだー?」
蛇の下半身をいつもより大袈裟に、そして必要以上にくねらせ這って近付いてくる。
「町では遠巻きに見ている人なんかも未だにいるだろうが、元々俺はそんなの気にしない。何回言わせんだよ、そもそももう長い付き合いだろうが」
この町に定住しているような人からは当たり前だとしても、やはり外から来る人には魔人の身体は物珍しいらしく、未だに視線を感じることがあるらしい。
世の男性諸君、女性は男の視線には敏感だぞ!気を付けろよ!
と、さっきまで魔法使いの身体をじっくりと観察してた変態が世の男性に対して心の中で偉そうに語っている。
どうやっても俺だった。
「えっへー」
そしてミラは満面の笑みを浮かべ尻尾の先端をゆらゆらと左右に揺らしている。
本人は気付いていないんだろうなぁ。俺が昔指摘してからは気をつけているみたいだが。今でも尻尾に感情が現れていることがある。
「よいしょ」
ぽすん、と俺のベッドに座る音が聞こえた。二人でそちらに視線を向ける。
そこで今まで黙っていた。彼女がお腹を触りながら
「それで、あんなに私を使ったんだから出来たわよね」
爆弾を落としたのだった。
◆
時は少し遡る。
「おっはよー。はー、今日はいい天気だなー!」
部屋の窓を勢いよく開け、思わず声を上げる。
天気が良いのは本当に素晴らしい、ラミア族である私の体温は変温性なので。天気が良くて暖かい。
もうそれだけで気分も体調も機嫌も良くなる。
「おはよー、母さん!」
「あらあら、今日は早いわねミラ。」
移動の邪魔にならない程度の短めのスカート、体温を維持しやすい長袖のシャツに着替え。顔を洗い肩に掛かるくらいの萌える様な翠の髪の毛。そこに出来た寝癖を直す。
そうして身だしなみを整え、外に出ると既に起きている母さんが麦わら帽子を被って野菜の手入れをしていた。
「うん、とってもいい天気だね」
「ええ、暖かいと助かるわね」
そんな母さんに近寄ると、いつも使っている宅配用の袋が既に置いてあった。どうやら中身も既に見繕ってあるみたいだ。
「あ、もう今日の分もう出来てるんだね」
「ええ、後は届けるだけよ。ミラ、お願いね」
中身を改めると、相変わらずの真っ赤なトマトをメインに色々と詰め合わせられた野菜の袋。
「うん、おっけー」
「ええ、頑張ってねミラ」
中身を確認し外へ、見送りに来てくれた母さんがウインクをしながら私の肩を叩く。うぅむ、ただ配達をしているだけだってのに母さんは何を期待しているのだろう。
私達ラミア族には男性は居ない。だから他所の人間や他種族の魔人に相手を見つけてくる他無い。
私ももう結婚出来る年齢になったが、私には男っ毛がなかった。それが拍車を掛けているのか、最近は妙に私用の恥ずかしい服とかを買ってくる母さん。なんでも誘惑するための勝負服、らしい。
恥ずかしすぎて1度も着てはいないが、最近更に増えていっている気がする。
「もう!いつもの店長さんのところに行くだけでしょ!」
「ええ、そうね。昔から忙しい私の代わりによく貴方の面倒見てくれたわよね。ずっとあの人にベッタリで母さん悲しかったわ」
「ちょっと、母さん!」
よよよ、と分かりやすい泣き真似をしながら過去を蒸し返している母さんの言葉に顔が熱くなる。
「ミラがあのお店に居るのが当たり前になって。お礼も兼ねて隣町の実家に招待して。そしたら・・・。」
「あー、帰り道の道中で野生のトマトを見付けたときの店長のテンションが凄かったね」
「ウチの特産品よりも喜んでて、少し残念だったわよね」
二人でその時の男の様子を思い出し、呆れながらも笑う。
「それで、帰ってきて早々にトマトの生産出来ないかって始まって」
「自分の店で辛いだろうに資金援助までしてくれて」
「本当に」
「ええ・・・。」
「「変な人だよね」」
そう言って二人でカラカラと一頻り笑いあった後、私はいつもの野菜の配達に出発した。
いつもの荷物、いつものコース、いつもすれ違うおじさん、朝から活気溢れる大通り、少し大通りから逸れて毎日配達に来るお店、仕込みをしながらいつも笑顔で出迎えてくれる店長は
「てーんちょーー!おっはよー、今日の分のトマト持ってきたよーーー!」
今日はまだいないみたいだった。
稀に。いや、たまにこういった出来事はある。何せあの店長だ、おかしなもの食べて体調不良起こしたり。
新メニューを夜通し作っていて寝過ごしたりなんかは、たまに・・・。
いや、そこそこの頻度で起きる。
その場合だと私のお昼が質素になる。店長の身体を気遣った私は、彼を起こさずに1度自分で料理をした事があったが。
その日私は決意した。
あの惨状を経験し、傷心した自分は他の何を置いても朝にきちんと店長を起こすと心に決めたのだった。
勝手知ったる他人の家。
昔から面倒を見てくれていた店長のお店兼自宅の構造は完璧に把握している。
2階へ上がって、一番奥の部屋。
どうせまた得意の創作料理で寝不足なのだろうと決め付け、彼の寝ぼけ眼を思い出し勝手に笑みが漏れる。
ドアの前で軽く身嗜みを整える。
ステンバーイ ステンバーイ
よし!
ゴー‼
「てーんちょー!朝ですよー、おっはようございまぁーーー・・・
「・・・。」
「・・・。」
・・・・・・・・・した。」
私の頭は部屋の中の出来事を把握出来ずに、理解することを放棄し何も見なかった事にして退室したのだった。
それから部屋から出てきた店長から色々と説明された気がするが良く覚えていない。
まあ、とりあえず彼女とかではなく、知り合ったばかりで昨日一緒に仕事をした。だけ、らしい。
うーむ・・・。
今日は天気が良い。
暖かくて体温だってそこまで下がってない、活動しやすい状態を維持してる。
けれど、何故かモヤモヤする。身体の動きに違和感が残る。上手く動かせない様な、そんな気がした。
その後、二人で部屋に戻ると未だに裸の魔法使いさんがいた。
朝が弱いのだろうか?一向に着替えようとしない彼女の着替えを私が手伝ってあげた。
「はい、かんせー」
「ありがとう」
今の今までほぼ全くの不動のまま動かない彼女の着替えを終え、最後の仕上げに彼女にとんがり帽子をポスンと頭に乗せる様に被せて完成を告げると。こちらを見上げ真っ直ぐに視線を会わせたままお礼が言われる。
大人になると感謝の念を真っ直ぐと人に向けることも向けられることも減る。
そんな中、どこへも剃らさずにこちらをじっと覗き込み。ただひたすら真っ直ぐに伝えられる感謝の言葉に私は面食らった。
「かわいい・・・。」
「?」
思わず漏らしてしまった言葉と、変わらない態度でいる魔法使いの彼女を見ていて気恥ずかしくなった私は、いつの間にかこちらを見ていた店長から掛けられる声にそちらに寄って行く。
「えっへー」
そこでまるで保護者みたいに色々と注意してくる店長。まだまだ子供だー、って前は良く言われたけど最近は私を1人の大人として扱ってくれる。
昔から私の事を知っている人が自分の事を1人の大人として扱ってくれることに自然と顔が綻ぶ。
「よいしょ」
魔法使いさんが自分のお腹を撫でながら、ベッドに座った。
「それで、あんなに私を使ったんだから出来たわよね」
ぇ・・・?
◇
空気が凍った気がした。
顔をそちらに向けておらずとも、隣にいるミラが固まっているのが手に取るように分かる。
あー、なんか本来は暖かいはずなのにこの部屋寒すぎない?冷房効きすぎだよ、ミラの体温下がって動けなくなってるじゃん。
もちろん冷房なんてこの世界にはない。
が、気分的には絶対零度だ。
「一夜を共にして付き合ったのに出来なかったの?」
あ、また下がった。
こてん、と首を可愛らしく傾げているがその威力は計り知れない。
「ててて店長?」
「いや、ちょっと待て!何もしてないぞ!」
「あんなに頑張ったのに出来なかったの?」
ちょっと黙って!いや何も喋らないで下さいお願いします!!
「裸で店長のベッドに・・・。そうだ・・・!私も同じことすればもっと大人に」
ミラはなにやら呟きながら、ごそごそと荷物をひっくり返している。
「さっき、中身の確認してたら母さんが勝手に荷物に紛れさせたのが。」
取り出したのは向こう側が透けて見えるくらい薄いネグリジェだった。え?なにそれ?服の意味なくない!?
ミラが体温を簡単に下げないために暖かくても、肌を極力露出させない長袖の服を愛用し、着用している事が多い。それらは今、本来の役目を放棄され投げ捨てられている。
「お前はちょっと落ち着け!」
薄手の上着を脱ぎ下着が露出される。スカートはそのままだが、その豊満な肉体を覆うブラっぽい下着に手を伸ばしている。
それ以上いけない!それを必死になって止める。
「ねえ」
「なんですか!?今手が離せないんですけど!」
「てんちょー離してー!」
そんな目がグルグルになって視点が定まって無いような、混乱しきってるやつ放っておける訳ないだろ!
「お腹すいたわ」
「そんな状況ですか!」
はーなーしーてーとか叫びながら暴れるミラを取り押さえ、抑えて・・・。
つえぇ!抑えられん!魔人強すぎるだろ!!
あっ、ブラに手が掛かってる
第2防衛ラインも突破されましたー!
脳内もうるせぇ!
「あー、もう仕方ない!」
頭を抱え込むように抱きすくめる。
いくら種族の違いによる地力が敵わなくとも、上半身だけとは言え、身体は俺の方が大きい。
ミラが子供の頃、愚図ってしまった時に良くやっていた手段だった。昔は良くアイツにもやったものだ。
彼女が大きくなって、所謂第二次性徴を迎えた頃からやらなくなった。抱き寄せ、頭を固定すると最初は暴れていたが。次第に大人しくなっていった。
未だにむーむー唸ってはいるが大人しくはなった。なんか俺の身体に、蛇の部分が絡み付いてるけど気にしない。多分気にしたら負けだ。
落ち着いて来て動かなくなったミラを抱き締めたまま、俺の頭も徐々に冷えてくる。
「夜中まで眠気を押して、あんなに魔力使ったの久し振りだったもの。あの新作でもいいから食べたいわ」
「なあ」
そしてその言葉を聞いて、一つ思い当たった。
「なに?」
「さっき何て言ってたっけ?」
「お腹が空いた」
お嬢ちゃんが自分のお腹を撫で擦りながら問い掛けに答える。ちょうど俺が今ミラの背中にやっているみたいに、ゆったりと撫でていると腕の中の抵抗は更に小さくなった。
「その前」
「それで、あんなに私を使ったんだから出来たわよね」
腕の中でビクリと跳ねる身体をより強く抱き締めて密着させる事によって動きを封じ、拘束する。
気にしない気にしない、抱き締めて俺の腹辺りに当たって。尚且つ変形している膨らみなど気にしない。
だが。うん、把握したわ。
「あんなに私の魔力を使ったのだから、新作料理出来たのよね?
で、合ってる?」
「最初からそう言ってるわ。」
「主語が足りねぇよ・・・。」
はぁー、と大きく溜め息を漏らして脱力してゆく俺。
その脱力した俺を振り解く事なく、茹で蛸の様に真っ赤になったままのミラは俺の胸に顔を埋めたまま暫く動かなかった。
◆
「うん、美味しいわ」
「ねー、見た目悪いけど」
あの爆弾発言を処理したあと、ミラが落ち着くまで結構な時間が掛かった。
俺の身体を締め付けていたのも本人は気付いてなかったみたいで、我に帰った後の取り乱し方は筆舌に尽くしがたい。
まあ、具体的に少しだけ例を挙げると。俺の腕の脱臼と一部家具の破損とだけ言っておこう。
まあ、どっちもお嬢ちゃんに直してもらったんだけど。魔法使いって凄い。
「そりゃ、元は魔物だからな」
で、治療魔法使いながらも繰り返される。「お腹すいた」コールに若干呆れながらも。お嬢ちゃんとミラに朝御飯を提供していた。
昨日作ってた新メニューだ。
蠍の素揚げ。試行錯誤してた中で結局一番最初のここに戻ってきた。
食感がポテトチップスみたいにパリパリでどこまでも食べれる様な感じだ。毒抜きされた事によって旨味成分に似たものが残ったらしい。
処理されたベニテングダケみたいな感じなのだろう。
「トマトスープ?」
「作れる?」
そして素揚げが半分減った頃に突然告げられたものは、なんでも昨日の昼に売り切れてしまって食べ損ない。それからずっと気になってたスープの事らしい。
「そりゃ、メインの付け合わせとかで隔日でほぼ毎日作ってるけど」
「作って!」
ガタッ、と、椅子を倒しかねない勢いで立ち上がって詰め寄ってくる魔法使いのお嬢ちゃん。
それを横目で見ながらむくれているミラ。パリパリパリパリと、手と顎は止まっていない。
そんな彼女から野菜の詰め合わせの袋を受け取り、料理の準備を進める。
まだ開店前だと言うのにもうひと悶着ありそうである・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます