店長と魔法使い
~0~
「・・・。」
「おはよう、朝よ」
◇
窓から差し込む光に瞼が刺激され、目が覚めた。
どうやら朝になったらしい。欠伸をして、そのまま身を捩る。腰付近の骨がボキボキと音を立てる。あまり良くないのは知っているがいつまでたっても、これは辞められない。
「うん?」
身体を捻っていると視界の端に何かを捉え、違和感を覚える。布団が盛り上がっているようだ。
俺の隣に誰か寝てる?
ガキの頃ならこうゆうことが定期的にあった。うちに泊まりに来たアイツが1人で寂しくなった、怖い夢を見た。そんな様々な言い訳じみた理由を聞いてもいないのに告白し、有無を言わさず潜り込んできていたのが懐かしい。
あと、こんなことする知り合いは、ラミアの女。ミラが居るがこのベッドの膨らみとは明らかにサイズが違う。
第一、俺が寝坊した時に朝起こしに来てくれることもあるが。流石に一緒に寝る仲ではない。
では、誰なのだろうか?
寝起きの、あまり働かない頭で悩んでいても埒が明かない。俺に怪我や身体の不調がないのだから危害を与える何かではないのだろう。そう辺りを付けて中を確かめようと、毛布を持ち上げる。
さらさらの金髪。
しなやかな身体。
起伏は小さいものの。
しっかりと女を感じさせるラインの肢体。
丸くなった裸の女の子がいた。
そっ、と何も見なかった事にして毛布をもとに戻す。
冷や汗が吹き出してきた。
っべぇー。っべぇよ、これ。
いや、っべぇよ。とか言ってる場合では無い、よく考えろ。現実逃避したところで状況は何も変わらん。
状況確認。まずは俺だ。
俺の姿は寝間着に着替えずに寝落ちでもしたらしい普段着だ。っていうか外行き兼仕事用の服。断じて裸ではない。セーフ!!
そして次。この女の子誰だ?
何故かおぼろげな記憶の糸を手繰り寄せ、自分の行動を思い返す。
頑張れ、思い出せ俺の脳細胞。酒もほとんど飲まない俺なら記憶をなくすことなく大概のことは思い出せる筈だ。
仕事に行き、帰宅して趣味の時間に没頭して寝る。休日には馬鹿やれる学生時代からの友人と遊びに・・・。
明らかに遠すぎる過去だった。今の俺が生まれるどころか影も形もないわ。
『兄さん!』
ああ、これも遠い昔だ。こっちで生まれ変わって、同じ村の近所に居た6つ年下のアイツ。血の繋がりは無いが小さな農村、全員が顔見知りで家族みたいなところだ。
いかん、落ち着け俺。前世からの不治の病DOUTEIに屈するな!世を越え未だに俺を苛むとは恐ろしい難病だ。
裸の女の子見たからって動揺するな、感動するな。頑張れ男の子(24)
えぇっと・・・。
昨日は確か露店を出してそこで商売をしてたんだ。んで、予定より早く捌けた。ここまではハッキリと覚えてる。
で、馬車どころか歩きでも行けるくらいの近くにある隣町。
交易都市ハーフが恐ろしいスピードで発展する中、変わらずに畜産を主流に細々と、しかし細かい所まで徹底した管理で育成。そこでしか卸せない高級な肉類や鶏卵が強いところだ。知り合いのラミア親子の故郷でもある。
予定よりも早く時間が空いたのを理由に1人で仕入れに向かい。その途中で運悪く魔物に襲われた。
うん、思い出してきた。
で、ついでに味も見ておこうと思って解体してた。そこで話し掛けて来たのが・・・。
「こいつだ。」
目線を動かしてスヤスヤと規則正しく上下する毛布を見る。
今こいつ裸なんだよなぁ・・・。いかん変な気分になってきた。思考に没頭しよう。そうしよう。意義なし。意義なし。意義あr
脳内の悪魔(本能)は天使達(理性)によって串刺しにされた。KOWAI。
よし、アホな事考えてたら少し落ち着いてきた。我ながら単純だ。
で、だ。魔物の部位を譲ってくれって言われたのを、俺が断った。理由は単純明快。食ってみたいから。
そうしたらこのお嬢ちゃんも立ち去るでも会話するでもなく、俺の失敗だらけの手探りの作業を飽きもせず観察していたんだった。
「まずは、毒袋から遠い位置にある部位の素揚げだ。
うん、食感がいいな、実に良い。パリパリしてて美味っゲフッ!」
「身もしっかり毒持ってるみたいね」
「煮込んでみたんだが、明らかに途中から毒が滲み出てるなこれ。」
「煮汁が固形物になってるわね」
「さっ、と熱湯消毒してみるか!」
「解析。逆に毒性が強くなってるわね。感心するわ」
「・・・。」
「この部位なら生でいけるんじゃね?」
「流石にそれは止めなさい。」
「そうか、じゃあプランBで」
「ないわ」
etc.etc...
そうして、普段から別段多めに常備する物でも無い為か。俺が3体居る内の1体を使いきった辺りで。
手持ちの毒消し草、それを使った調合済みの解毒薬が無くなった。荷物をひっくり返してみるが、やはり無いようだ。
そこで諦めようとして
「私、解毒の魔法使えるわよ。
三種類に区分されてる。上、中、下、全て。」
渡りに船。
何故、初対面の俺にそこまで協力してくれるのかは分からなかったが。折角なので頼むことにした。
料金は要らないとの事だったが、今度うちの店に来たときになんでも奢ると言うと、少し硬直したのち彼女ははにかむ様に笑ったのだった。
今日知り合ったばかりだが、基本的に無表情な彼女が見せる。その笑顔は大変魅力的だったと心に留めておく。
そのあと俺が食べ、彼女が俺の解毒を行う作業を繰り返し。ひたすら試行錯誤したのだった。
毒を喰わば皿までとは言うが流石に食い過ぎたか、そこらへんから記憶に靄が掛かったように曖昧だ・・・。
それにしても俺が言えた話ではないが、昔の人間って変態だよなぁ。
この世界では体内から綺麗さっぱり毒を消す魔法やら薬があるけど。何人も死にながらそれでも食べるのを辞めないで試行錯誤したんだよな。確かこんにゃく芋とかもそのまま食べると胃に出血を伴ったりと、完全に毒だったらしいし。
ふぐとか幾人もの犠牲によって毒の部分を特定したのは凄いことだと思う。取り除くのは分かるが、なぜその内臓まで糠漬けにして食べようと思うのか。
ベニテングダケとか毒抜きするとめっちゃ美味いらしいな、じゃあ仕方ねぇや。
結局、理解できる俺も変態だったと言うことなのだろう。
思考が逸れた、考えを戻そう。
「それから。」
成果を得られないまま2匹目を完食したところで、確か一端作業を切り上げた。
場所はあくまで町と町を繋ぐ休憩所みたいな所だ。簡単な調理器具ならあるがどれも店の物と比べるとお粗末な物だ。
いくら魔法で解毒が完璧に行われていても舌の痺れまでは取れないっぽいな。ピリピリする。
ってか、こいつらでかすぎるわ。腹一杯だよもう。
舌の休憩と腹ごなしの運動も兼ねてラスト一匹の魔物を手に交易都市ハーフにある俺の仕事場まで帰ってきた。競歩で。
本来であれば隣町での仕入れを行う予定だったが。それよりも、まずは俺の探求心を優先した。
「ただいまー、っと」
「・・・。」
俺の城へ帰ってきた。お嬢ちゃんも付いてきている。
契約はまだ生きてるらしい。
俺の後ろで鍔の広いとんがり帽子の埃を払っている。魔法使いとかが被ってるアレかわいいよな・・・。
うちは1階と2階で役割がハッキリと別れている。2階の居住スペースに行き、手荷物を寝室に放り投げる様に置き仕事着に着替える。
そして、1階の仕事場へと戻る。
先程と比べるとなんと調理器具の豊富な事だ。まさしく実家の様な安心感。実家じゃないけど。
調理を始めようとした時に、仕事場兼自宅のここなら解毒薬あるんだよなぁ。例え使いきったとして町には知り合いの薬師がいる。
先程の蠍を手にそんな事を考えながら1階の4分の1を占める調理場。そこのカウンター席の端っこに、ちょこんと座る彼女を眺る。
視線が絡み合い、小さく首を傾げる彼女を見ていたらふと思い付いた。
「なあ、こいつの毒性。それ事態を弱体化させることは出来るか?」
俺の状態異常を直すためではなく。
魔物の体内の毒自体を弱めることが出来ないかを提案。
鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしていた彼女は、暫し硬直したのち心底面白そうに笑みを浮かべ
「解毒・下。効果なし。解毒・中。こちらも同じ。上も効果なしと予測。解呪・下を試行。芳しくない。新たな属性を付与、強化の一括解除。毒性の若干の不安定化を確認。この切り口で作業を継続。」
矢継ぎ早に魔法を展開。生き生きとした顔で試行錯誤している。すげぇ良い表情だ。基本的に無表情な彼女が見せた新たな一面。
周囲やら手元に現れる魔方陣かっけぇ、なんて頭の悪いことを考えながら観察し、結果彼女はそれをやってのけた。
そして、それが終わったのは、近所の酒場から人が疎らになる様な。結構遅い時間だった。
「そこから確か・・・。」
パッと見たところ若い彼女が、独り身の男の所に遅くまでいるのも不味いだろうと。
今更ながら状況の不安定さを認識した俺は、彼女の家の場所を聞き送って行こうとしたら断られた。
「寝る・・・。」
勝手に2階の居住スペースに上がって行ったのを尻目に、俺も散々食いまくった毒で判断力が鈍っていたのだろうか?
それとも毒性の弱まった新たな食材への高揚感と期待感が、先程の心配事を綺麗さっぱりと忘れさせたのか。
「おー。」
おざなりな返事をして、特に彼女の行為を咎める事なく。調理に専念し始めたのだった。
ここでもう一度繰り返すが俺は独り身だ。ベッドが1つしかないのも当たり前であった。
◆
「眠い・・・。」
唯ひたすらに眠かった。
少し魔法を使いすぎたのか、ただ単に疲れただけなのか。上手く働かない思考で今日出会ったあの男の事を考える。
面白い人間だ。
それが私の。彼に下した総評。
単独で魔物と戦うところを見たわけではない。だが3体の魔物と闘い掠り傷1つ無い身体を見れば、腕がたつのは分かる。
単純に数が多いと言うのはそれだけで前衛の脅威になりえる。
実際に使う他の武器があるのかどうかは分からないが、包丁も魔物の解体作業も見事な物だった。手慣れた解体の動き、それの補助に使われた包丁は下手な剣よりも切れ味も良い業物であるのが分かる。
「・・・。」
寝室にたどり着く。大きなベッドだ。
そしてあの突拍子もない行動。
普通の野生にいる蠍だったのならば針から人体に注入され初めて効果の発揮する神経に作用する毒。食べても問題はないハズだ。もちろんこれは本で得た知識。試したわけではない。
だが魔物へと、毒の性質自体が変わり。果てに身体の構造の一部までも変異したモノを食べようとする行為。
耐え難い飢餓感に襲われた末の行動ではなく、ただひたすらに食欲と言う好奇心の赴くまま。行われる行為。
彼が自分のポーチを漁っている。
手持ちの解毒薬がなくなったのを状況から理解した私は、彼がどんな答えを出すのか気になって仕方がなかったのだろう。
『私、解毒の魔法使えるわよ。
三種類に区分されてる。上、中、下、全て。』
そんな言葉が自然と口から出ていた。
「熱い・・・。」
服を脱ぎ捨てる。
部屋が、荷物が、服が、ベッドが濡れない様に風の魔法で薄く丈夫な膜を張り。それから水を少量生み出し身体を濡らし布で拭き取る。
魔法使いになり寿命が延びた。成長を置き去りにした身体から汗と汚れを拭き取るが。
老廃物、垢は出ない。
私は彼を観察し、彼は調理に没頭する。生き生きとした表情で調理し味見を繰り返す。いきなり「毒だ!」等と当たり前の事を叫んだ時は思わず吹き出してしまった。
そうして2匹目が終わった時、一端作業を切り上げ帰るらしかった。
まだ彼の出す答えを見ていない。
私も歩いて彼に付いて行く。歩幅が大きく置いていかれそうだったので、途中から風の魔法を使用して浮遊し追従していった。
やがて、小さな食堂にたどり着く。
2階へ行く彼を見送り、私はカウンターの1番端座り回りを見渡す。いたって普通の調理場だ。蠍の魔物以外は。
そうして彼が清潔な服に着替えバンダナを頭に巻いた姿で現れた。
先程の解毒の魔法の時にご飯で釣られた訳ではないが、どうやら彼は本当に料理人だったらしい。
そうして料理に入るのかと思った時に、ピタッと彼が包丁と蠍を持ったまま行動が止まった。こちらを凝視している。
不思議に思い私も彼を見ていると、突然すっとんきょうな提案をしてきた。
曰く、毒そのものを無害な物に変質させられないか?との事だった。私は自分では決して至れないであろう提案に思考が停止。
まずそもそもの発端、魔物を食べようとすら私では思い付かない事だが。
再稼働するのに間が出来たが、理解してみると。成る程面白い考えだと、知らず知らず笑みが漏れる。
そして、私は新しい切り口で魔法の実験を行う機会と発想を得た。
思い付く限りの魔法を片っ端から試す。解毒、解呪、付与、解除、減退、強化、増幅、軽減、無効化、解析。時にはそれらを組み合わせる。
体内の魔力がゴリゴリと音を立てて減っていくのが分かる、だが構うものか・・・!
魔力を練り上げる身体が怠い。
それを行使する手が震える。
なんとも労力に見合わない。
応用の可能性が全く見えない。
身体が熱を持ち、脂汗が滲み出る。
だが、辞めない。止められない。
こんなに楽しいのは。
こんなに愉しいのは。
久しぶりだ。
そうして、私は作業を終え新しい魔法を編み出した時には。魔力がほぼすっからかんの状態だった。
対象の毒、ひいては身体の構造をほんのちょっとだけ弄る、新しい魔法の完成。
それが、今回成功し得られたもの。
なんとまあ努力と労力に見合わない成果だ。軽く自嘲気味に笑う。
苦笑いを浮かべながらも、決して悪くない気分だった。
「寝る・・・。」
身体から水分と汗を完全に拭き取り綺麗にしたあと、部屋を覆う風の魔法で作った膜を解除。ワンピースとローブを適当に畳み。その上に帽子を乗せる。
どうでもいいが、私は寝るときは裸派だ。他にそんな人がいるのか知らないがとにかく楽で良い。
ベットに倒れる様に潜り込み、掛け布団をすっぽりと被る。自分以外の人の匂いに包まれた。
今日初めて出会った彼の匂いは不思議と不快ではなかった。
あぁ、世界はまだまだ未知に溢れている。
そんな心地好い倦怠感を全身で感じ。
自分以外の人の匂いに包まれながら、私の意識はあっという間に溶けていった。
◇
うーむ、成り行きを思い出せたんだが。
間違いなく俺が寝に行く彼女を止めなかった事が原因だ。で、昨日の俺は弱めて貰った魔物の毒抜きと料理を完成させたのが夜が明けかけている頃。
終わった後の俺は部屋に戻るや否や、着替えもせずに床に着いたのだった。
「うん、思い出した。よし完全に俺が悪い。彼女が起きる前に脱出しよう、そうしよう。」
今の自分の姿を見やる、昨日からそのままの服だ。ただでさえ熱いのに調理で流石に汗がヤバイ、最低限の着替えを持って脱出。
ドアを開け掛けた所で、モゾモゾと布団が動く気配
あ、ヤバ。間に合わ
「うぅん。」
布団が捲り上がる。身体のラインが透けて見えるぐらい薄いシーツで辛うじて隠れる身体。目覚めた彼女は暫くの間、うとうととしていた。
ボーっとしていた彼女は、ゆらゆらと身体を揺らし視線を泳がせている。やがて大きな欠伸と共に伸ばされる身体。そして隠れていた魅力的な身体が露になり目が奪われる。
そうしている間にバッチリと目が合った。視線が絡み合う。動かない俺の身体。
「・・・。」
「おはよう。」
そうして、彼女は揺らしていた身体をこちらに向けて挨拶をしてきたのだった。
まったく隠していないせいで、色々と丸見えになっている。その行動に俺は固まってしまい。何も言えなかったのだった。
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