賞味期限切れの料理
「今日の夕飯はやけに豪勢だな」
食卓には二人では食べきれない量の皿が並んでいた。
既に軽く食事を済ましていた私は、テーブルの下でベルトを一つ緩めた。
「賞味期限の問題でね。勿体ないから腐って食べれなくなる前に、今日食べてしまおうと思って」
キッチンから現れた妻は、赤ワインの入ったデキャンタを手にしていた。
「記念日とかではないんだよな?」
「違うわよ。また忘れちゃったの?」
「20年も前のことを覚えている、お前の記憶力がすごいんだよ」
そんな冗談を交わして、私達は食事をはじめた。
賞味期限と妻は言ってはいたが、料理はどれも美味しいものだった。
とはいえ、
2度目の夕食は、流石に苦しかったので私は早々にフォークを置いて、腹をさすった。
「口に合わなかった?」
「いや……ワインのせいかな、少し酔ったみたいだ」
「そう。ワインの味はどう?」
妻もワインに口を付けていたが、味に関しては良くわからなかったのだと思う。アルコール耐性の無い妻は、普段、酒を口にしなかった。
「微妙かな。変わった味……どこのワインなの?」
私に質問された妻は、キッチンから空になったボトルを持ってきた。
ボトルに貼られたラベルを見て、私は唖然とした。
それが私達が結婚した年に購入した、記念のワインだとわかったからだ。
「お前、それは銀婚式に一緒に飲もうって……」
「……賞味期限切れみたいだったから」
私の疑問に対する妻の返答は素っ頓狂だった。
適切な温度と湿度で管理されていれば、ワインに賞味期限はないのだ。
「何言ってるんだ。ワインに賞味期限は……」
妻は私の言葉を遮って言った。
「知ってるわよ」
理解できなかった。
「ワインの話なんてしてないのよ」
妻が何を言っているのか。
混乱した私の目には、妻の顔が歪んで映った。
いや、
…妻だけではなかった。
私の視界の中の全てが、つまり家具やシャンデリア、部屋の壁までもが、グネーっと渦を巻くように歪んで見えたのだ。
「ガシャーーンッ」
気付くと、
私は椅子から転げ落ちていた。
テーブルクロスの端を掴んで倒れたのだろう、床には食器や食べ物が散乱してしまった。
「ゴホッ、ゴホッ」
咳き込むと、先ほど飲んだ赤ワインが……
いや、口から吹き出したのは、
自分の赤い血だった。
倒れた私に近づき、間近に顔を覗きこむと、
妻は静かに言った。
「ごめんなさい。やっぱり口に合わなかったみたいね」
「…えっ?」
「賞味期限切れ……が、作った料理は」
……そういうことか、
目蓋が自然に閉じてから、意識が途切れるまでの間に、私は妻が発した言葉を思い返した。
「……腐って食べれなくなる前に、今日食べてしまおうと思って」
なるほど、
そうか、
確かに、その通りだ。
私は最期にそう思った。
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