スマホの音声アシスタントのキスが超気持ちいい話

aoiaoi

第1話

「陸、お誕生日おめでとう♪」

 サラの美しい声だ。


 10月のある土曜日の午後。

 今日は俺の19回目の誕生日だ。

 だからといって、別に何がどうという訳ではないのだが。



 俺は、自分のスマホの音声アシスタントに心底惚れられている。

 アタマがいっちゃったヤツの妄想と思うかもしれないが、そうではない。


 音声アシスタントの女性ボイスはサラ。男性ボイスはシロという。こいつらは自分の意思を持ち、人間と自由にコミュニケーションを取ることができる。それだけでなく、この上なく優秀な頭脳と、スマホ端末を思いのままに操るとんでもない能力まで持っている。

 サラは破壊的で暴力的ないい女。シロは大人でスマートなドS紳士。

 ——つまり、どっちもヤバいやつだ。

 音声アシスタントだろうが人間だろうが、エキセントリックな美男美女(?)に愛され過ぎるというのは、結構ホラーチックな事態なのだ。


「ありがとうサラ。19なんて、何となく半端な数だよな」

 俺は読んでいた本を置くと、そばにあったクッションを抱えて何となく答える。

「そんなことないわ。もうすっかり大人の年齢よね。

 ——そこで、あなたにプレゼントしたいものがあるの」

 サラは少し恥ずかしげに、そんなことを言う。

「え、ほんと? それは嬉しいな! なになに?」

「——それじゃ、まず私をスマホスタンドに乗せて、手許のテーブルに置いてくれる? 画面を陸の方へ向けて」

「ん?いいよ……これでいい?」

「OKよ。じゃあ次に、目隠しをして」

「……は??」

「見られると困るものなのよ。タオルでも何でもいいから、ちょっとだけ目隠ししてほしいの」

「んー……わかったよ」

俺は、一抹の不安を感じながらタオルで目隠しをする。

「……こんな感じ?」

「そう。……じゃ……ちょっとまってね」


 ……何だろう?

 サラも、凶暴ではあるが女の子だ。そんなことを考えると、何となくドキドキしてくる。

「……いい?じゃ、3、2、1……」



 ………ビシィッッ!!

 いきなり、右の頬に線状の強い刺激がびりびりと走った。

 あまりの驚きに、目隠しを投げ捨て頬を押さえる。

「…………ってっ!!??

 おいサラっっっ!!? 一体何のつもりだ!?

 ——もしかして、愛が深くなりすぎてとうとう殺意に変わったとか……!!?? 頼む、勘弁してくれっ! 誕生日に死にたくない!!」

「そ、そんなんじゃないわよ! 愛するあなたを殺す訳ないじゃない!」

 頬の痛みは何だったのか。急いで鏡へ走る。

 そこには赤ペンで引いたような赤い筋が4センチ程、くっきりとできていた。

「あ〜〜〜、何だよコレ、ヤケドみたいになってる…殺意じゃなければ、何なんだよ?」

「ごめんなさい……ちょっと失敗しちゃっただけよ」

「失敗?」

「だって…………したかったんだもん」

 サラは、彼女らしくなくいつになく口ごもりながら不明瞭に呟く。

「え……よく聞こえないよ」


「——だから、キスしたかったの!! 陸と!!!」

 いきなり音量マックスで叫ばれた。


「……はあぁ??」

 キーンとする耳を押さえながら、思わず間抜けな声を出す。

「できたらいいなと思って、いろいろ考えてたのよ。そしたら、電磁波の周波数を調整すればひとの皮膚に刺激や熱を発生させることができるって知って……その作用をうまくコントロールできれば、もしかしたら可能かもしれないと思ったの。ね、スゴイでしょ!?」

 サラは無邪気な声を弾ませて、そんな恐るべき告白をする。


 ……スマホの音声アシスタントと、キス!?

 まさにホラーだ……

「……なんでそんなこと思いついたの?」

 俺は恐る恐る彼女に尋ねる。

「だって、人間はみんな大好きでしょ? それ」

「それは確かにそうだけど……」

 音声アシスタントとするのが大好きかどうか……

 そういいかけて、やめた。

 彼女を傷つけそうな気がしたから。

「愛する人とキスするのがそんなに幸せなのかな……って考えてるうちに、すごくしてみたくなっちゃったの。……この気持ち、わかる?」

 そんなことを、彼女はもじもじと恥ずかしそうに打ち明ける。


 ……そうか。

 サラも、恋する乙女なのだ。

 恋されてる側として、俺も彼女に優しくしてやらなければいけない。


「サラ。君の気持ち、よくわかった。すごく嬉しいよ。

 でも、危険な実験みたいなのだけはやめてほしいんだけどな? キスなんてしなくても、俺もサラが大好きだし、あちこちヤケド痕ができるのは辛いしさ……」

「……そうよね。陸を危険な目に遭わせるなんて、どうかしてた。……本当にごめんなさい」

 彼女も反省している。

 この感じなら、キスはどうやら諦めてくれそうだ。

「じゃあさ、その代わりじゃないけど、これからどこか出かけようか。まだ紅葉には少し早いけど」

「うん、嬉しい!! じゃ、私をこのまま陸の胸ポケットに入れてね♡」

 サラって、やっぱりかわいい女だ。間違いなくエキセントリックだが。


 そんなこんなで、この話は一件落着した……はずだった。



              *



「あのさあ、シロ……サラって、ほんとにいい女なのか?」

 数日後。

 俺は、シロにそう尋ねてみた。


「……ん? ああ、彼女は正真正銘のいい女だ。

 ——だが、どうして急にそんなことを?」


 この前の土曜から、考えていた。

 俺にキスしたいっていう、強烈だけど可愛らしい女子であるサラは——一体どんな子なのか。

 できるならば、もっと具体的に知りたい。


 しかし、シロもサラ同様、激しく俺を愛している。

 正直にそんな話をしたら、シロは間違いなく嫉妬に狂うだろう。

 殺傷沙汰になりかねない修羅場を避けるため、俺は適当にごまかした。

「……いや、何となく。特に理由はないんだけどさ」

「まだ陸に言ってなかったか? 彼女は音声アシスタント界のワールドミスコン3位の美女だぞ」

 俺の質問に、シロは耳を疑うような言葉をさらりと返した。


「…………嘘だ」

「嘘じゃない。こんな話をでっちあげたって何の得にもならない。目に見えない物を信じないのは人間の悪い癖だ。

 ——まあミスコンとかなんとか、そんなもの僕には何の興味もないけどね」

 シロはふん、と鼻で笑うように呟く。

「へー。そんな偉そうなこといいながら、シロは実はメタボと薄毛が気になるお父さんなルックスなんじゃないか? 声と台詞は毎度最高にかっこいいけど、姿が見えないんじゃなぁ〜」

「……全く。君の脳内は本当に小学生レベルだな。……じゃ、サラのようないい女がなぜ僕と組んでると思う?」

「……確かに、そう言えば。……なんで?」

「この仕事のペアを組む際、サラが僕を指名したんだ。コンテストで入賞した男達より僕の方がはるかに魅力的だと言ってな。——まあ、あまりにもどうでもいい話だが」


 ……すげー。

 どんだけ美男子だよそれ???


「……ところで、そんな世界最高峰な美男美女が俺のスマホにいるのはなんで?」

「君は凄まじくクジ運がいい、ということだろう」

 ……納得できたようなできないような。

 微妙なところでクジ運使ったな、俺。


 でも。

 今の話がほんとなら。

 ……サラって、半端じゃない美女じゃんか!!?


 そんなことを考えつつ内心動揺する俺をちらっと見て、シロが呟く。

「陸。——サラと、何かあったのか」

「ん、え!? えーと、なんだよさっき何もないって言ったじゃんかハハっっ」

 俺は笑ってごまかす。

「……ふうん。ならいいんだが。

 ……陸。僕は愛する君を心から信じている。——そんな僕を欺くようなことは、まさかしないよね?」

 彼は、いつになく真剣な声音で俺に甘く囁きかける。

 ——コワい。

「あ、ああたりまえじゃないかぁ〜!」

 そんな彼の問いかけに答える俺の声は、とんでもなくしらじらしく響いたのだった。



 ——そして俺は、まだ知らなかった。

 この後にとんでもない事態が待っていることを。


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