ダイヤモンドダスト

泡沫恋歌

序章 切ない夜のはじまり

 ねぇ、君に訊きたいんだ。

 人を捨てるってことは存在を否定すること

 それは居なかったと思うことなんだろうか? 

 必要ではないと切り捨てることなんだろうか?

 どちらにしても、僕は……

 笑えない人間になってしまった。


 ――真っ暗な空から、白い花弁がひらひらと舞い落ちてきた。ふと見上げた僕の頬に、ひと片触れて、それは哀しみの涙に変わっていく。


 マンションの七階のベランダから僕は雪を見ていた。ひとりで……そう、ひとりっきりで。君が出ていったので、この部屋には僕しかいない。

 ――突然のさよならだった。

 部屋に帰ったら、君と君の荷物がなくなっていて……僕宛の手紙が一通だけ残されていた。


   ごめんなさい。

   わたし、結婚よりも今やりたいことがあります。

   それは今しか出来ない、大事なことだと思っているから

   この部屋を出ていきます。


 それだけだった――。

 たった、それっぽっちの言葉で僕の心を捨てていった君。

 僕に対する不満ならまだ分かる。他にやりたいことがあるから、出ていくというのが……。まさか信じられない! 君のことを恨むより先に、僕は自分自身を憐れんだ。まるで物みたいに、簡単に捨てられてしまうほどの値打ちしかない、僕はその程度の人間だったのかと……。

 来月、僕らは結婚式を挙げる予定だった。

 未来にいろんな夢を託していたのに……ふたりで家庭を築き、子どもを育てていこう、年をとっても仲睦ましく暮らしていきたい。小さな夢だけど、僕はその夢を君と叶えたかったんだ。そんなことは、お構いなしに、君は自分の夢のために僕の夢を踏みにじった。

 残された手紙は小さく小さく千切って、ここから雪と一緒に降らせてしまおう。僕の掌から細切こまれになった紙切れがひらひらと飛んでいった。――ここから地上を目指して、この僕も落ちてゆきたい。……そんな衝動を抑えながら、今、ここに踏ん張っている。

 決して君のことを恨んだりしないさ。捨てられた者の最後のプライドとして、僕は君の存在を忘れる。

 そう、僕の中に君なんか、最初から存在していなかったんだ!


 雪が地上を目指して落ちていく。ひらひらと……行き着く先に何があるのか、分からないままに、雪はただ下へ下へと落ちていく。――切ない夜のはじまりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る