乙女よ拳を語れ
空国慄
一学期編
第1話 大留志文は最強である
文武両道・品行方正、おまけに容姿端麗と非の打ち所がない。
並み居る男子生徒達を抑え、女子人気は群を抜いて首位。
通学路では黄色い声が飛び交い、下駄箱を開けばラブレターが山ほど吐き出される始末。
泡の如く溢れかえる『好きです』『好きです』『好きです』の文字列。いずれも目を通しはしない。だが最後の一通だけは強烈に目を惹き、見間違いを疑わせた。
「突きです」
背後からただならぬ気の高まりを感じ、ひらりと首を捻る。〇,二秒前まで志文の頭があった位置へ正拳が叩き込まれる。間髪入れず第二の突きが背中へ繰り出されるが、これも軽く避けてしまう。
奇襲を仕掛けたのは短髪の垢抜けない女子生徒だった。
「私の名前は
名乗りを上げつつも間断なく打ち込まれる突きをことごとく躱し、志文は溜息を吐いた。
恋慕が過ぎるあまり手合わせを申し入れてくる生徒も珍しくはない。
面持ちに焦燥を滲ませる掌子は一旦腕を引き、その場に力強く足を踏み直す。それから身体全体に大きく回転を加え再び飛び掛かると、燕が滑空するかの如き驚異的な速度を見せる。この時初めて志文は徒手を以って掌子の手刀を防いだ。
続く連撃は回転を交える毎に威力を増し、上下左右あらゆる角度から切り込まれる。それら全てを的確に打ち止め、流し、衝撃を殺す。
「見たことのない動きね。何かしらの武器術の応用? 八卦も少々織り交ぜてるのかしら」
足取り、目配り、間合い、息遣い。あらゆる要素を記憶と照合するも解答はない。ごった煮の独自技法と見える。
未知の術理を目の当たりにし、久しく忘れていた興奮が志文の中に蘇る。
反撃せず防御のみに徹していたため、志文は徐々に壁際へと追い込まれていた。やがて、とどめとばかりに一層の速度と鋭さを増した掌底が迫る。
これを避けも流しもせず、あろうことか志文は真っ向から人差し指をむける。
人差し指に直撃する寸前。ぴたり、と掌子の手が止まった。
「こ……これが先輩の秘めたる内功……!?」
高度に練り上げられた内勁が形なき壁へと変じ、直接触れることなく掌底を押し留めたのだ。
然る後に全身より解き放たれた勁は下駄箱を薙ぎ倒し、床タイルを巻き上げ、掌子を吹き飛ばすほどの波となる。
玄関口へと叩きつけられた掌子の身体にはしかし一つたりと生傷は見当たらない。
急速に意識が微睡みゆくなか、掌子は、構えを解く志文が告げた言葉を聞き逃さなかった。
「悪くない腕よ。何度なりと挑みなさい。私に片膝を突かせることがあれば、交際を許してあげてもいいわ」
片膝を突かせる。確かに覚えた。そう小さく呟いたきり、掌子の意識は途絶える。
見届けた志文は髪を払い、颯爽と歩き出す。
いつか私を越える強者に成るだろうか。そんな期待に頬を緩ませながら教室へと向かった。
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