夏⑤

「おは――」

「おおおはようございます菜摘先輩! 部屋、フルートとクラリネットは別々にしたので把握お願いします!」

「あ、う、うん。ありがとう……?」

 すれ違っても一言も交わさない私たちのせいで、周囲に変な気を遣わせてしまっている。どうにかしなきゃ。そう思うのに、ごめんね、の一言も出てこない。昨日の一件は鈍感加藤の一言も酷いけど、それよりもなによりも私が悪い。謝るべきだということは分かってる。なんであそこまでヒートアップしてしまったのか、自分でも実はよくわかっていない。明後日は大会本番だ。何とかしなきゃ。そう思うくらいには私の音も加藤の音も酷いことになっているのが、部活開始前の自主練でわかっている。どうすればいいのだろう。そう思いながら迎えた昼休み。タイミングよく先輩は現われた。

「あ、菜摘ちゃん!」

 太陽のように温かくて懐かしい声に名前を呼ばれて後ろを振り向く。そこには私服姿で紙袋を持った灯香先輩が経っていた。真っ白なワンピースにサマーカーディガンという格好は、清楚な先輩の雰囲気によく似合っている。

「先輩! お久しぶりです!」

「久しぶり」

「フルートパートでしたら――」

「ああ、違うの、もうパートのほうは顔出してきたから!」

 案内しようとした私を慌てて制する先輩。チラッと見えた紙袋の中は空だ。恐らく、差し入れかなにかをフルートパートに配ってきたのだろう。少しうらやましい。

「今用があるのは、菜摘ちゃんなんだ」

「私、ですか……?」

 呼び出される意味が分からずに首を傾げると、先輩は頷く。

「クレープ屋さん、あるでしょ?」

「あ、はい」

 確かにすぐ近くにクレープ屋さんはある。でもそれがどうしたというのか。

「久しぶりに帰ってきたら、食べたくなっちゃったんだ。少し付き合ってくれると嬉しいな」

 ニッコリと微笑みながら言う灯香先輩に、断る理由もないので首を縦に振った。

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