春④
「ね、ね」
バス停までの道のりを遠回りして歩きながら、彩香が私のブレザーの袖を引っ張ってくる。彩香のほうを向くと、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「結局さ、二人はどうなってるの?」
「どうって?」
「付き合ってるの?」
「は?」
わけがわからなくて彩香に睨むような視線を投げるが、彼女には伝わらなかったらしく、キョトンとしている。
「私と誰が付き合ってるって?」
しょうがないからわかりやすく言うと、ああ、と納得したように彩香は手を叩く。
「相葉だよー! あれ、もしかして別の人と付き合ってるとか?」
「いや、私誰とも付き合ってないし、何故相葉――」
「あ、もしかして田口とか!」
「人の話を聞け!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
頬をつねると私の手をパシパシと彩香が叩いてくる。手を放してやると、彩香は痛そうに頬を擦る。
「私は誰とも付き合ってないから」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
ケロッとした表情で言われて、なんだか力が抜ける。
「やっぱりってなによ……」
分かってるなら訊くな。
「別に付き合ってはいないんだろうなあ、とは思いながらも、噂になってたら気になっちゃって」
てへへっと笑う彩香。
「……すごく不本意ではあるけど、相葉と噂になるのはなんとなく理解できる。だけどなんでそこで田口君が入った」
「え? ……あ」
「あ?」
しまった、と口を塞ぐ彩香。なにがどう、しまったなのかはよくわからないが、田口君が関係していることは確かだろう。
「なに? また噂?」
「あー、うん! そう噂! いやあ、遥香がモテ期に入り始めたのかなあ、なんて思って」
「なにそれ、くだらないんだけど?」
「ソウデスヨネー」
ははは、と笑うと、でもでも、と彩香が身を乗り出し気味に訊いてくる。
「相葉のこと、どう思ってるのかは少し気になるかも!」
「どうって……」
それが分かっていたら、きっと今朝の相葉の問いに言いよどむ、なんてことはなかったわけで。私は腕を組んで首を傾げた。
「嫌いではない」
「ほうほう。じゃあ、好き?」
「わからない」
私の返答に、彩香は目を瞬かせる。予想していなかったらしい。
「あ、でも気になりはする」
「例えば?」
「ちゃんと夜は眠れてるのか、課題や予習復習はしてきてるのか、受験勉強はちゃんと進んでるのか、授業中寝てないか、ちゃんとノートは取ってるのか……」
「うん。とりあえず、遥香はやっぱり相葉の保護者なんだってことが良くわかるね」
「保護者じゃない……って言いたいけども、そうかもしれない」
今自分が言ったことはまるで口うるさい母親のようで、思わず笑ってしまう。隣で彩香も笑っていた。そしてふと、今日の帰りの出来事を思い出した。
「あのさ、彩香」
「なに?」
「相葉にとって、私と付き合ってるんじゃないかっていう誤解は、迷惑なもの、だよね」
彩香は目を丸くしてじっと私をしばらく見つめると、口角をにんまりと上げる。
「さあ? 私は相葉じゃないしわかんないなあ」
「ちょっと彩香!」
からかう口調の彩香に、少し厳しめの声を飛ばす。すぐに彼女は少し真面目な顔をすると、私を指差した。
「逆に遥香はどうなの?」
予想外の問いかけに、今度は私が目を丸くする。
「私?」
「そう。遥香にとってその誤解は迷惑なもの?」
「そんなの――」
――迷惑に決まってる。
そう言えなかったのは自分の中で、本当に迷惑なのか、という疑問がわいたから。
「遥香?」
「迷惑、だよ。迷惑なはず、なんだよ……」
動かしていた足は、気が付けば止まっていて。交互に動いていたはずの両手は頭に添えていた。思い出すのはいつか私の髪の毛を梳いて頭を撫でたがっしりとした手、抱きしめた身体の体温。すぐに赤くなる頬に、たまに遠くを見つめる目。そして、最近よく向けてくれる笑顔。
顔に熱が集まっていく。両手で顔を覆う。
「ああ、もう、なんで……」
迷惑って言えない自分にイライラする。いったいこの感情は何なのか。掴めそうな、でも掴みたくないような。そんなよくわからない状況。
「もう、遥香可愛い! 抱き着いても――」
「よくない」
強く言うと、はーい、と彩香はいい子の返事をする。
「遥香」
「ん?」
「なにかあれば、話ならいつでも聞けるからね」
「……ありがとう」
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