冬③

「ちょっとあんたっ!」

「ああん?」

 放課後。SHRが終わって担任の鈴村先生が出ていくと同時にリュックを背負って教室を出ようとする奴の腕をすれ違いざまに引っつかむ。奴は面倒くさそうに私を見下ろしてくるが、それに負けないように、私は睨み上げた。

「今日、このあと自習室で一緒に勉強するって約束したでしょう?」

「あ? 俺、予定あんだけど」

 そのまま行こうとする奴の腕に、なんとかしがみついて踏ん張る。

「嘘。昨日は頷いたじゃない!」

「しょうがないだろ。あそこで頷いとかないと、鈴村絶対帰してくれそうになかったんだから!」

「なにそれ! じゃあ嘘ついたの!?」

「はっ! 俺がお前と仲良くお勉強なんかするはずねぇだろ!」

「別に仲良くなんか――」

「ああもうまじうぜぇっ。離せよっ!」

 力強く奴の腕がブンッと振られる。あっ、と思ったときには、すぐ近くにあった机に体をぶつけて、床に尻餅を付いた。カツンと音を立てて眼鏡が落ちる。

 ぶつけたところが、ジンジンと痛みだす。

 それを堪えながら眼鏡を掛け直して顔をあげると、驚いたように間の抜けた表情をしている奴と目が合った。

「あ……わ――」

遥香はるか! 大丈夫!?」

 何か言いかけた奴の言葉を遮るようにして、私と奴の間に彩香あやかが割って入ってくる。彩香ごしに、こちらに背を向ける奴が見えた。

「ちょっ、待――つっ!」

 立ち上がろうとした瞬間、右足首に痛みが走る。思わず顔をしかめると、彩香が心配そうに私を見つめる。

「遥香。肩貸すから、保健室行こう?」

「でも――」

神崎かんざき

 突然名前を呼ばれた彩香は視線を上げる。つられて私もそちらを見ると、田口たぐち君が立っていた。

「女子じゃ大変だろうから、俺がイインチョー連れてくよ」

「え、でも……」

「大丈夫、何もしないし」

「いや、相葉じゃないし、そういう心配はまったくしてないよ? ただ、田口に悪いなぁ、って」

 とりあえず、相葉も私になにかすることはないと思う。

「二人とも、私は大丈夫。自分で保健室に――」

「いや、どう考えても無理でしょ」

「遥香、無理は良くないよ!」

「……」

 左足首を動かしてみても痛みはないから、おそらく右足を引きずっていけば行けないこともない。そう思ったのだが、私をどっちが運ぶかについて二人が話し始めたので、ため息を吐いて諦めた。

 代わりに私は教室のドアの方へ目を向ける。そこで初めて、周りの視線に気がついた。心配そうにこちらに目を向ける人もいれば、コソコソと何かを話している人もいる。なにを話しているのか予想がついてしまい、私は俯く。おおかた、奴の悪口を言っているのだろう。

 まさか振り飛ばされるとは思わなかった。

 ズキズキと、心が痛む。私、もしかしてショック受けてる?奴に拒絶されたから?

 でも、拒絶するのも、されるのも、今更だ。だから、なんでこんなに心が痛むのか、わからない。頭の中に浮かぶのは、奴の間の抜けた表情。どうして奴の顔なんか……。

「遥香、決まった!」

 彩香の言葉に、私は顔を上げる。

「私が左肩担いで」

「俺が右肩を担ぐよ」

「私は宇宙人か」

「え? 遥香は日本人だよね?知ってるよ?」

キョトンとする彩香に、私は呆れて息を吐き出し、田口君は苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る