第四話 冬~片桐遥香と相葉歩幸の場合~
冬①
「先生、ふざけないでください!」
「無理に決まってんだろ!」
進路指導室で、二つの怒鳴り声が響く。瞬間、私たちは睨み合っていた。
「は? それは、わ・た・し・のっ! セリフなんですけど!」
「ああっ? こっちのセリフだゴラ」
「はーい、二人ともとりあえず椅子に座ろうかー」
いつの間にか立ち上がっていた私たちは、お互いを視線で攻撃しながら席に着く。そんな私たちを見て、
「先生は、
可愛らしい丸眼鏡ごしに、つぶらな瞳で見つめられる。が、無理なものは無理だ。
「それが無理な話です!」
「どうして?」
「そもそも! 授業中に寝てばかりで、ノートすらまともに取ってないような、意欲のないやつに教えられることなんてありません!」
遅刻ギリギリに登校してきたと思えば、隣からはすぐ寝息の音。どれだけ起こしても起きない。先生はついに見捨てたのか無視。抜き打ちの小テストはいつも再テスト。なのにそれをすべてサボる。せめてもの救いは課題を忘れずに提出してくれることと、定期テストで赤点を取らないこと、そして今のところ毎日サボることなく学校にちゃんと出席していること。その三つくらいだ。こいつはいったい何のために学校に来ているのか。一度問いただしてみたい。何回も叩き起こして、何回も説教をして……。その結果。私は皆から、相葉の保護者として認知されている。誰が保護者だ。もし誰かの子どもを生むことになったとしても、間違ってもこんな奴は生まないし、こんな風には育てない。
「しょうがねえだろ! ねみーもんはねみーんだからよっ!」
開き直りやがった!
「なんてこと……っ! そんな理由で大切な授業で睡眠学習してるわけ?!」
「わりーかよ」
「悪いに決まってんでしょ! 学生の本分は勉強よ!? それを眠いからやりませんじゃ駄目に決まってるじゃない!」
「うっせえ、お前にそんなこと言われる義理もなにもねえだろ!」
「はあ?! こっちは集中して授業受けてんのに、隣でグウスカ気持ちよさそーに寝息を立てられてたら気が散るのよ!」
「はっ! お前のそのご自慢の集中力が全然役立ってねえってことなんじゃねえの?」
鼻で笑われてカチンとくる。バンッと音を立てて両手を机に叩きつけて立ち上がり、私は奴を見下ろす。
「そんなに眠いんならちゃんと夜に寝なさいよ! 自己管理もできないなんて、あんた子供なの?」
フンッと鼻で笑い返すと、奴は椅子を蹴り倒して私を見下ろす。
「よく言うぜ、お前のほうが背が低いくせによっ!」
男女の差があるから当たり前ではあるのだが、奴のほうが高いことに腹が立つ。そして、それをわざわざ見下ろしながら言われたことに、さらに腹が立つ。
「そういう、身体的なことでしか私と張り合えないなんて、そのかろうじて形はあるのに使ってもらえない脳みそがとてもとても可哀想ね。涙が出そう」
「んだと――っ!」
「はい、着席」
静かだけど有無を言わせない響きを持った声に、私たち二人は肩を震わせる。鈴村先生がこういった声を出すのが、長いお説教が始まる警告の意味であることは、この半年以上の経験で嫌と言うほどお互いに身に沁みついている。私たちは顔を背けると、その勢いのまま椅子に座った。……はずだが、横で盛大に素っ転ぶ音がする。思わず隣を見ると、どうやら自分で椅子を蹴り倒したことを忘れていたらしく、倒れたパイプ椅子の上に無様な格好で座り込んでいる奴がいた。
「――っ」
流石に笑っては失礼だ。そう思って堪えようとしたのだけど――。
「っはははははっ!」
駄目だった。頑張って強く引き結んだ唇から一度笑い声が漏れてしまえばそれまでで、私はお腹を抱えて大声で笑う。そんな私を見て、奴は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
「おまっ、お前! 人の失敗見て笑うとか、どうかと思うぞっ!」
「ははっ、だ、だって! ふふふ、そんな、予想外なこと! 笑わずにいられるはずっ、ないでしょ! はははっお腹、痛いぃっ」
「てめ――っ!」
ガシャンッと私とも、奴とも違う方向から音がする。同時に、私の笑い声も、奴の怒鳴り声もピタッと止んだ。恐る恐る私たちがそちらを向くと、先生が立ち上がっていた。その後ろにあるべきパイプ椅子の背もたれが見当たらない。
「おい、おめーら。ちゃーんと席に着いて話聞くことすらできんのか」
結果として。私たちはそれから、完全下校時刻である十九時まで長々とお説教を喰らってしまった。
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