13:妄想タイム・リーファ
「なんというか、俺に対する態度とイルスに対する態度が、露骨に違うっていうか……やたらに、イルスにベタベタしていたんだよな。まるで、お前に惚れてでもいるみたいだったけど。でも、お前、あのミサキに惚れられる要素とかあんのか? ミサキを助けたとか……ミサキの見てる前で捨て猫を拾ったとか、そういう感じの」
「え? そうだなぁ……入学式のときに、荷物運びを手伝ったんだけど。そのくらいかな。あとはやっぱり、僕の奥ゆかしいところに惹かれたんじゃないかな!」
「お前の場合、奥に引っ込みすぎて気づいてもらえない感じだけどな……」
「ひどいっ!」
「だって事実だろ」
「ぅう……」
フランは教室を見渡した。
他の生徒はみんな、「世はなべて事もなし」と言った風にそれぞれ昼食や、他のクラスメートとの会話を楽しんでいた。
居留守とフランもけっこうでかい声で会話をしている。が、それに気づく者はいない。まるでこちらとあちらの存在している場所が、別世界、別次元にズレてしまっているかのようだった。
「別にお前らが仲良くしようが、付き合おうが構わないんだけどよ。なんだか、妙にいやな感じがするだよな、あの女……腹に一物、何か隠してるというか。だいたい変だろ? 部室にあんなにゴミを溜め込んで……あそこに暮らしてでもいるみたいだったし。かと思えば、オカルト関係にも、異様に詳しいしな」
「そうだねー、詳しかったね! きっと勤勉なんだね!」
「お前、そのお花畑な思考回路は素なのか? ……いいか。この際だから、俺の考えをはっきり言うぞ。あの女、ひょっとして怪しいところに関わってんじゃないか? たとえば、そう、どっかの新興宗教か何かにさ……」
奥ゆかしい(?)居留守とは違い、フランははっきりと意見を言う。豚肉を突き刺したままのフォークを、居留守のほうにむかって突き出した。
「ええええっ!? 何さ、それっ! いくらフランでも、言って良いことと悪いことが……!」
「まぁ聞けよ。普通、あれだけ美人で明るい感じだったら、もう彼氏の一人や二人いて当然だろ? なのにそんな様子もないし。なぜか、会ったばっかりのお前にやたらにアプローチしてるし」
「そ、それは、きっと美咲さんは僕のことを……」
「そう簡単に、一目惚れなんかするか? お前、別に何もしてないのに、そんなに都合よく? はっ! 恋愛ゲームじゃあるまいし」
「ううっ!」
(確かに僕、べつに美咲さんにいい所なんて見せてないような。いや、僕にいい所があるのか知らないけど……)
勉強はだいたい苦手、別に運動も得意というものはない。そして他人に認識さえしてもらえない――そんなのは、魅力的とはいえないだろう。居留守は、自分のこととはいえそのくらいは理解していた。
「それに、オカルトの説明のしかたも、やたらに手馴れていたよな? これはもう……あいつ、カルト宗教の勧誘員なんじゃねーの? イルスみたいに、大人しそうな奴を狙って……とかさ」
フランは声をひそめながらそう言った。
(そういえば……今考えると、美咲さんって最初からやたら友好的だったなぁ。かといって、フランには見向きもしないし。もしかして、本当に……僕だけを? ……影が薄くて、いなくなっても誰も気づかなさそうな僕だけを……狙ってた? 悪い意味で……?!)
考え始めると止まらなくなる。居留守は混乱していた。
(それに、あの『科学は嘘で、オカルトが本当』――とかいうやつも。……あの時は、頭がぼーっとしちゃってたけど、よく考えたらおかしな台詞だよなぁ。はっきり言って、いかがわしいというか、胡散臭いというか……なんであの時は、あんなにボーっとしちゃったんだろう……美咲さんに抱きつかれたら、妙に良い気分に……なったような)
「おい、どうした。よだれ垂れてるぞ」
居留守はじゅるるっ、とよだれを吸い込んだ。
「いやー、はははっ! 別に美咲さんのことを考えてたわけじゃあ――」
「いや、お前じゃなくて、リーファのほうな」
「え?」
居留守が振り返ると、なるほど、後ろの席のリーファがよだれをたらしている。
褐色の肌が紅潮して、目が妙にぎらついて。何か、骨を目の前にぶら下げられた腹ペコの犬のようだった。
居留守は、このリーファという子が自分からしゃべっているのを見たことがなかった。
後ろの席であるということ。
褐色の肌に、長い銀髪という変わった見た目。
居留守の存在を認識できるという、貴重な能力。
それらがなければ、居留守は彼女のことを覚えてはいなかっただろう。
リーファも、教室に友達らしい友達はいないらしい。 昼休みは、いつも自分の席で弁当か購買のパンを食べている。居留守は愛想だけはあるため、たまに彼女に話しかけることもある。しかしいつも、うつむいてばかり。答えが要領を得ない――というのが常だったのだが。
「……ぁ…………が…………で、ふふっ……………ひ…………!♪」
今は居留守とフランのほうをじっと見つめ、何かをブツブツつぶやいている。居留守はリーファの横に立った。そっと耳を近づけてみる。
「はぁっ、はぁっ……居留守さんと、フランさん……見た目どおり、居留守さんが受けなのかなっ? ……ああぁっ、ダメぇ! フランさんっ、そんなに強引にっ、力強く抱き寄せたら! ……でも、でもっ、でもぉっ! ……居留守さんのヘタレ攻めも、捨てがたい、かも……! あぁ、どきどきっ、どきどきっ……ドキドキしちゃう……あぁうぅんっ……! え、ええっ!? 私!? 私、ですか……? ダメですっ、私は……み、見ているだけで……! おおおお男の子なんかに、言い寄られる資格は……だ、ダメです、ダメですって! ……ああああんっ!?」
――と、ものすごい過呼吸ヴォイスで、都合のいい妄想を垂れ流していた。
「……リーファさん、それはちょっと……やめて……うえぇっ!」
「えぇっ、い、居留守さん、いつの間にっ! 」
「昼休みの最初からずっと席にいたんだけどな……」
「あぁ、ごめんなさいっ、ごめんなさい! 私の汚らわしい妄想を他人に……本人に、聞かせるつもりはっ……! すいません! ごめんなさい! この汚らわしい妄想とともに、私はプールに沈んできますっ! ごめんなさいぃっ!」
「それはもっとやめてっ!」
ずどんっ! ずどんッ! とおでこを机に打ち付け始めるリーファを、無理やり止める。居留守は、この昼休みで気疲れが倍になったような気がした。
放課後、居留守は部活棟へ歩いて行く。
「ふふふっ。いいなぁ。ようやく僕にも友達が出来たか。これぞ高校生活って感じだ!」
居留守は、スマホを片手にしている。さっきから、勝手に顔が緩んでしまった。
スマホの画面には、"FACEtalk"というアプリケーションが表示されている。
これは大体、2020年代前半から流行っているアプリだった。小学生から老人まで、誰でも使っている。用途も、単なる暇つぶしの会話から、企業の宣伝まで何にでも使われている万能ぶりだ。
若年層向けに流行っていた、会話用アプリケーション。
それから、ビジネスマン向けに使われていた、顔有り・実名出しのSNS。
それらを統合し、いいとこどりしたものだという。もはや、このアプリを使ってなければ人間じゃない――とでも言うような風潮の昨今。居留守は、ようやく自分が人間になれた気がしていた。
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