第二章 ぬり替えられた日常

1 惹かれる心

「今度真実さんが休みの日に、一緒に遊びに行こう」

 と海君と約束した日は、眩しいくらいの晴天だった。

 六月の終わり。

 確かまだ梅雨の真っ最中のはずなのに、もう何日も晴れの日が続いている。

 くっきりと白い大きな雲がいくつも浮かぶ夏色の空の下。

 少し前を歩く頭一つぶんだけ背の高い背中を追いかけて、私は今日ものんびりと歩く。

 

「海君が現れてから、なんだか毎日がいい天気な気がする……」

 思わずもれた呟きに、

「何だよ、それ」

 立ち止まってふり返った彼が、夏の太陽にも負けないくらいの笑顔で笑った。

 

 大袈裟じゃなく本当に目が眩みそうになる。

  そんな自分に負けないように首を振って、

「だって本当だもん」

 強気に言い返す。

 

 夜のネオンが輝く街から、昼の太陽の下へと海君が私を連れだした。

  あの日から、ちゃんと朝食を食べるようになった。

 日づけが変わる前に眠るようにもなった。

 だから――

 

「もうそろそろいいかもしれない……」

 私は、ずっと伸ばしていた髪を切ることにした。


「本当にいいの?」

 美容室のお姉さんは腰まである私の髪を持ち上げて、何度も確認したけれど、

「はい。いいです」

 私はしっかりと頷いた。

 

 幸哉とつきあいだしてから、ずっと伸ばした髪だった。

「真実の長い髪が好きだ」と幸哉は言った。

 だけど

 だから

 パーマが取れて痛んで変色したままになっている髪を、全部切ってしまおう。

 

(それが、私の幸哉との決別の儀式)

 

 そんなたいそうな決意がなされているとは知らず、

「じゃあ、切りますねぇ」

 お姉さんは大声で宣言してから、私の長い髪に大胆にはさみを入れた。

 


 近くの本屋で立ち読みをしながら待っていてくれた海君は、ふと雑誌から目を上げ、私の姿を見た瞬間に、大袈裟なくらいに瞳を見開いた。

「え? ひょっとして真実さん?」

 茶目っ気たっぷりに尋ねられて、思わずムッとする。

 

「ひょっとしてって……どういう意味?」

 彼の読んでいた雑誌を取り上げて、棚へと戻す私に、海君はおかしくてたまらないといった表情で笑いかける。

「だって……それじゃ俺とどっちが年下なんだか、わかんないじゃん……!」

 急に涼しくなった襟足を吹き抜けていく風があまりにも新鮮で、私だって自分でも、

(切りすぎたかな)

 と気にしていた。

 

 そこをズバリと指摘されて、

「私だって、ちょっとやりすぎたかなって思ってるもん!」

 思わず叫んでしまった。

 海君はすぐに肩を揺すって大笑いを始める。

(失礼だな、もう!)

 怒った私は、彼に背を向けて店から出た。

 そのまま足の向いた方向へと歩き出す。

 

「待って真実さん」

 後ろで自動ドアの開く気配がして、私を呼ぶ海君の声が聞こえたけれど、

(笑いながら呼んだって、止まってなんかやらないんだから)

 ますます足を速める私に、海君はようやく笑うのをやめたようだった。

 それでも走って追いかけるなんてことはせずに、大声で叫ぶ。

「待ってくれないと、俺は追いかけないよ」

 

 けっこう距離があるはずなのに、なぜかその声ははっきりと私の耳に届いて、ピタリと足が動かなくなった。

 広い舗道をそれぞれのペースで歩いている人の中で、あっという間に私だけが取り残される。

 通り過ぎて行くたくさんの人々。

 その中に一人佇んでいると、あの夜の、重苦しい気持ちが甦ってくる。

 足をひきずるように、夜のネオンの中を一人歩きながら、

(もう疲れたよ)

 そんなことをくり返し考えていた。

 今にも全てを投げ出してしまいそうな絶望感。

 どうにかなってしまいそうなほどの切迫した思い。

 

(もうあんな私に戻りたくはない。あの夜になんて帰りたくない……!)

 忘れかけていた苦しい思いをもう一度ふり払うかのように、何度も頭を横に振って、私は青い空を見上げた。

(辛くて、悲しくってどうしようもない夜に、私を見つけてくれたのは誰? そこから連れ出してくれたのは誰だった?)

 こみ上げる想いに唇を噛みしめて、私は海君をふり返った。

 

 太陽を背に、その人が立っていた。

 両手をジーンズのポケットにつっこんで、私に投げかけた言葉の重さとはまるで不釣あいに、いつもの調子で笑ってる。

 笑いながらゆっくりと歩いて、私のほうへやってくる。

 

 ふり返った私は、どうやらよほど情けない表情だったらしい。

 海君は瞳をグッと優しくして、ちょっと笑いをこらえたように私のことを見つめる。

 だけど、

「ゴメンね、真美さん。でも本当だから」

 ゆっくりと私に近づいてくるその表情は、近づけば近づくほど、真剣だとわかった。

 

 首を傾げるように、私の顔をのぞきこんで、

「俺と一緒にいるの、もうやめる?」

 彼が尋ねた言葉が、また胸に刺さった。

 考えるより先に、体が動く。

 ほんのさっきまで体が硬直していたはずなのに、海君の質問に必死で首を横に振っている自分がいる。

 どうしようもない想いが、湧き上がる。

 私が抱いてはいけない想いが、心の奥から溢れ出ようとする。

 それを打ち消すように、私はせいいっぱい背伸びして、海君の頭に手を伸ばした。

「何言ってるのよ。可愛いのは海君のほうでしょ」

 

 どさくさに紛れて触った柔らかい髪に、胸が高鳴った。

 笑いながら私の髪をかき混ぜる笑顔を見上げて、 

(……もう駄目だ)

 と思った。

 

 楽しそうに輝く瞳が、すぐ近くから私を見つめる。

 

(大好きだ。どうしよう……)

 涙が出そうなくらいの想いを自覚した。

 

(ホントに馬鹿だな……どうしようもないな……)

 俯くと泣いてしまいそうだったから、私は必死に顔を上げ続けた。

 やんちゃな顔で私の髪をくしゃくしゃにしてしまう海君に負けないように、その髪を力いっぱい触ってやった。

 本当はただ触れていたいだけの気持ちを隠して、両手で思いっきりかき混ぜてやった。

 

「今日は動物園に行きたい」

 

 照れ隠しも兼ねて、強気で主張した私に、

「はい、かしこまりました」

 海君は、わざと神妙な面持ちで頭を下げる。

 

 気がつけば、もうすでに日が高くなりつつあった。

 このままだとせっかく作ったお弁当が、お昼の時間に間にあわなくなってしまう。

 

「じゃあ急ごっか?」

 笑う海君に私は頷いて、晴天の下、一緒に動物園へと向かった。

 頭一つぶん私より背が高い背中を、いつものように、とっても嬉しい気分で追いかけた。


 

「今日も俺の一番の楽しみは、真美さんのお弁当」

 海君は急いで歩きながら、背中を向けたままそんなことを言って、私を喜ばせてくれる。

 

 それなのに、目的地に着いた途端、

「真実さん、あれ見てよ。ほらほら」

 小学生に戻ったみたいなはしゃぎっぷり。

 あっちへこっちへと、動物たちの動きにあわせて、実に忙しく動き回っている。

(いつもは私より大人っぽいくらいなのに、今日はまるで子供みたいだね……)

 私は内心笑いながら、彼に気づかれないようにその姿を飽きることなく見つめていた。

 

 そんな私を知ってか知らずか、海君の

「真実さん、見て見て!」

 は、対象の動物が変わるごとに果てしなく続く。

(うーん……いつも余裕たっぷりの海君自身に、この姿を見せてあげたいなあ……)

 まるで動物の檻から離れようとしない子供を待っているお母さんのように、近くのベンチに腰を下ろした私は、食い入るように動物の入った檻にしがみついている海君を見ていた。

 はしゃぐ背中に、笑いながら声をかける。

「まるで、初めて動物園に来た子供みたいだよ。海君」

 

 その呼びかけに、ふり向いて頷きながら、

「うん。俺、初めてなんだよ」

 と海君は笑った。

 

 思ってもみなかった返事に、思わず、

「えっ? 本当に?」

 と聞き返さずにはいられない。

 

「本当」

 輝く瞳に、少しだけ寂しそうな影が過ぎった。

 

 海君はきっと嘘を吐かない。

 私はそこのことに、なぜか強い確信を持っている。

 だから彼がそう言うのなら、本当に今日が初めてなのだろう。

 

(でも普通、子供の頃に誰だって来たことあるよね? 家族でとか、遠足でとか……それが全然って……)

 考えこんでしまった私に、海君が何か言おうと口を開きかけた時、

 

「ひょっとして真実?」

 後ろから聞き慣れた声がした。

 

 ふり返って見てみると、たくさんの幼稚園児に囲まれた愛梨が立っていた。

 愛梨はどちらかというと華やかな雰囲気の美人で、スタイルもいい。

 いつも流行の服を着て、楽しげにキャンパスを闊歩してて、男子から声をかけられることも多い。

 

 その愛梨が、ノーメークでお下げ髪。

 ジャージの上にアップリケのついたエプロンをして、小さな子供たちに囲まれている。

 

 かたや私は、いつも派手なメイクと服で、大学ではちょっと近寄り難い雰囲気だったと思う。

 長い髪とハイヒールがトレードマーク。

 それなのに今日はジーンズにスニーカー。

 しかも切ったばかりの短い髪。

 

 自然とお互いに笑みが零れた。

「愛梨。ひょっとして教育実習? 誰だかわかんないよ、それ」

 笑う私に、愛梨も、

「真実こそ。どこの高校生カップルかと思ったわよ。彼氏?」

 笑って返して、海君のほうにチラリと視線を流した。

 ドキリと鳴った胸をごまかすように、

「ち、違うわよ。そんなんじゃないわよ」

 大袈裟なくらいに、私は手を振って否定した。

 

 愛梨は、

(本当にそう?)

 表情だけで私に確認してきたけれど、あまりに焦る私の様子に、

「でも、元気そうで良かった」

 と、話を変えてくれた。

 本当に安心したように私を見つめる優しい瞳に、思わず泣いてしまいそうになる。

「愛梨……」

 

 その時、愛梨を囲む子供たちが、

「せんせえ、せんせえ」

 と口々に騒ぎ始めて、彼女は慌てて子供たちに向き直った。

「はいはい、ごめんね」

 

「真実、大学出ておいでよね」

 後ろ姿のまま、私に向かってかけられた言葉に、

「うん」

 私は小さく返事する。

 

「そっちの彼」

 ふいに海君に声をかけた愛梨に、跳ねる胸を懸命に抑えながら、

「海君だよ」

 と私が教えてあげて、愛梨は改めて彼のほうをふり返った。

 

「海君、真実をヨロシクね」

 

 私は大慌てで、

(何言ってるの! ほんとにそんなんじゃないんだから……!)

 愛梨に向かって叫ぼうとしたけれど、それより早く背後から、

「はい」

 と海君の返事が聞こえた。

 

 その潔さ、迷いのなさに胸を衝かれて、また泣きそうな気持ちになる。

 

 縋るような思いで愛梨の顔を見た私に、彼女は

(良かったね)

 とでも言うように満足げに笑って、子供たちと共に行ってしまった。


 

 愛梨と子供たちが手を振って行ってしまっても、私はなかなかベンチから立ち上がる勇気が出なかった。

 ふり返って、海君の顔を見る勇気もない。

(愛梨が変なこと言うから、どんな顔していいのかわからないよ……)

 

 一人で硬直する私に、

「そろそろ、移動しようっと」

 海君は独り言のように言って、私の隣に置いてあったお弁当のバッグを取り上げた。

 ホッとして立ち上がった私は、歩き出した彼の後ろを黙ってついて行く。

(海君が何か話してくれたらいいのに……)

 前を向いてズンズン歩いていく背中を見ながら、そう願った。

 

 だけど海君は何も言ってくれない。

 それどころかふり返ってさえくれなくて、どんどんどんどん歩いていく。

 そのペースに一生懸命ついて行こうとしていたら、だんだん息が切れてきて、さすがに私も、

(何か変だぞ)

 と気がついた。

 

「海君?」

 必死で呼びかけた声に、

「何?」

 返ってきた声が、素っ気ない。

 

(やっぱりそうだ……怒ってる)

 私はため息を吐いた。

 

「海君? 何か怒ってる?」

 率直に聞いてみても、

「別に」

 短い返事しかない。

 

「だって変だよ。どうして一人で先に行っちゃうの?」

 せいいっぱい息を吐きながら話す私に、海君は、

「サルが俺を呼んでるから」

 と答えた。

 

(サル?)

 思わず足を止めた私は、そこからは、どんどん遠ざかっていく背中に、ただひたすら大きな声を出すしかない。

「何よそれ。さっきまで並んで歩いてたじゃない」

 海君の背中は答えてくれない。

「そんなに急いだら、私、ついて行けない」

 泣きそうな声になったと、自分でも思ったその時、彼が立ち止まった。

 

「しょうがないな、はい」

 ふり向きざま、さし出された左手。

 私はちょっと首を傾げる。

(お弁当のバッグは、海君が持ってる。他に荷物はない。だから、もしかして……?)

 

 その瞬間、

「早く繋いで下さーい」

 海君が、まるで園内アナウンスのようにすまして言って、いたずらっ子みたいに笑った。

 その笑顔に、私がどんなにホッとしたかなんて、彼にはきっとわからない。

 だから、

「あと十秒で締め切りまーす」

 の声に、慌てて、

「やだっ、待って!」

 走り出した私を、もっと優しい顔で待っててくれるんだ。

 

 私は急いで、その手を掴んだ。

(どうしよう。この手をずっと放したくないよ)

 切ないばかりの気持ちを感じながら、私は初めて、海君と手を繋いで歩いた。


 

 海君はサル山の前に着くと、本当にサルを眺めたまま、かなり長い時間ずっと立ち尽くしていた。

 手を繋いだままだから、自然と私もそれにつきあって、ずっと立っていることになる。

(何がそんなにおもしろいのかな?)

 そっと横顔を見上げてみると、彼の目は別にサルを見ているわけではなかった。

 

「海君?」

 呼びかけた私に、視線はそのままで問いかけてくる。

「俺は真実さんの何?」

 いつもとずいぶん調子が違う声に、私はハッとした。

 

 私と愛梨のさっきの会話に、海君はひっかかってるんだと、その時初めて気がついた。

(彼氏なんかじゃ……そんなんじゃないって言ったことだ……)

 私は恥ずかしくなって俯く。

 

(だって本当だもの……でも、それじゃいったいなんなんだろう? 私と海君の関係は……?)

 何も答えることができず、俯いたままの私に、海君がやっと視線を向けてくれた。

「ゴメン。答えにくいよね。それじゃ、質問を変える。真実さんは俺をどう思ってるの?」

 聞かれて思わず、息をのんだ。

 なんと答えたらいいのだろう。

 なんて答えることができるのだろう。

 

 思い悩んで黙りこむ私を、海君は目を離さず、ただじっと見下ろしている。

 そんな真っ直ぐな目で――私の憧れる曇りのない瞳で――私を見つめるのは反則だ。

 私には権利も資格もないって、自分が一番良く知っている。

 いくらそう望んでも、それを口に出したらいけないとわかっている。

 

 それなのに、海君の瞳はズルい。

 嘘を許さないその瞳は、私をただの怖いもの知らずに変える。

 

「好きだよ。大好き」

 どうしようもない想いに抗うことができず、搾り出した私の答えに、海君はふうっと息を吐いた。

 私から真っ直ぐな瞳を逸らさずに、繋いだ手に力をこめて、

「俺もだよ」

 確かに呟いた。


 

 誰かを手に入れるのは、失うのよりも怖い。

 今はどんなに大切でも、その先それがどんなふうに変化していくのか。

 一瞬先も安心できない、人の気持ちの変化を、私は知っている。

 その原因を作るのは自分かもしれない。

 ひょっとしたら、何度恋をしても、どんな人を好きになっても、私が私である限り、私の恋はいつも同じ結末にたどり着くのかもしれない。

 

 そんな思いが私を苦しめる。

 一歩を踏み出すことをためらわせる。

 

 だけど自分ではなく、彼のことなら信じられると思った。

 私を真っ直ぐに見つめて語られる言葉には、決して嘘はないと感じた。


 

「真実さん、こっちこっち。ほらあそこに真実さんがいる」

 海君が指差したほうを何気なく見てみると、木々の間に腕の長い黒っぽい動物がぶら下がっていた。

 説明が書いてあるプレートを呼んでみると、『ナマケモノ』の文字。

「こらーっ!」

 怒ってふり上げた右手は、海君と繋いだままになっていて、彼はしてやったりとばかりにニヤッと笑った。

 

(だったら、左手があるのよ!)

 すぐにふり上げた左手も、笑いながらかわされてしまった。

「ほんとにもう!」

 怒った声を出しながらも、本当はどんなことにも腹は立たない。

 笑いながら私を見つめる海君の顔を見るたび、ドキドキが止まらない。

 

 だから私はわざと、冷静さを保った顔を作る。

 最後の抵抗。

 年上の意地。

(負けてなるものか)

 とがんばる。

 本当は、初めて会ったあの夜からどうしようもないほどに彼に囚われていることは、自分でも痛いほどにわかっていた。


「私……大学に行こうかな」

 何の脈絡もない私の話にも、海君は決して驚いたりしない。 

「うん。いいんじゃない」

 まるで私の考えていることが全てわかっているかのように、すぐに返事をしてくれる。

 それは初めて会ったあの夜から変わらずに、ずっと。

 不思議なほど、当たり前に。

 

「その時は俺が送っていくよ」

 当然のように返される言葉に、

「歩いて?」

 思わず一矢報いたくなる。

 

 でも私のそれくらいの問いかけでは、一枚上手な彼の顔色一つ変えることはできない。

 

 真剣な顔で、

「もちろん歩いて。それが無理なら電車かな」

 そう返されるから、私のほうが笑うしかなくなってしまう。

「なにそれ」

「はははっ」

 

 顔を見あわせて、二人で大笑いしながら私は、

(うん。海君がそう言うんだったら、本気でがんばってみよう)

 と思った。

 彼と一緒なら、どんなことだってできる気がした。

 

 でもそのためには、先に片づけなければならない問題がある。

 大好きな海君を守るため。

 そして自分自身の自由を取り戻すため。

 

(戦ってみよう)

 ひさしぶりにそう思えただけで、私にとっては大進歩だった。

 その進歩はまちがいなく、年下のこの男の子が私に与えてくれた。

 

「ありがとう」

 私の言葉に、やっぱり海君は、

「何が?」

 とも聞かずに、当たり前のように、

「こっちこそ、ありがとう」

 と返事する。

 

 余計な言葉が要らないその関係が嬉しくて、私は、繋いだ手にギュッと力をこめた。

 負けないくらい強い力が彼から帰ってきて、またどうしようもないほど嬉しくなった。

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