第31話

久しぶりに会った二人は、挨拶もそこそこに済ませ、早速本題に入り、そして雁刑事は、鷹田に答えを告げた。

「鳩山さんは、身代わりになったんだよ。」

雁刑事の話だと、あの強盗で奪ったお金を隠した口座に、偶然にも鳩山の妻名義の口座があり、それを鳩山妻が、一日も経たないうちに全部引き出した。鳩山は、妻にお金の一部を持たせて逃がし、そのお金で経営していた工場の借金や工員の給料等を払った。そして残ったお金を持って出頭した。それが表向きの理由だった。

「しかし真実は、強盗事件で入金されたお金は、ビタ一文も手をつけず、全て工場等の売却したお金で賄った。だが鳩山さんは、責めは自分一人が背負って、誰にも害をもたらさないようにしたんだよ!」

鷹田は、怒りを燻らせていた。そこまで解っていながら、今目の前にいる刑事は、冷淡に職務を行った事に、鷹田の感情は熱くなりかけていた。それを鳩山のという人物の誠実さを知る鷹田の理性の冷静さが、ブレーキ役となって、感情の熱さを冷やしていた。それでも鷹田の熱は、外に出ようと鷹田の冷たさを退くように膨らみ、ようやく言葉として外に出た。

「アンタ、そこまで解っていながら、どうして鳩山さんを…」

「それが、あの人の望んだ事だから。」

雁刑事は、溜め息をつくように答えた。それが鷹田の燻っていた怒りを、一気に燃え上がらせた。手を拳にし、腕を一気に振り上げ、後は雁刑事の顔を襲うだけとなった時、雁刑事の顔が、悲哀の表情になっていた事に鷹田は気づいた。しかし鷹田の行動の勢いは、鷹田の理性の制止も感情の躊躇も振り切り、雁刑事の顔を殴った。雁刑事は、力に流されるように、よろめきながら後退した。そしてそれが、雁刑事の人間の部分を表に出させた。

「俺だって、あの人を逮捕したくなかった。寧ろ、逃亡を促そうとした。しかし、あの人に叱られた。真面目に働く警察官への裏切りとか、安心を警察に預けている市民への裏切りとか言って、俺に刑事をやらせた!…刑事になって、いや警察官になって、こんなにも葛藤したのは、初めてだ。こんなにも仕事が辛いと思ったのは、初めてだ!…なぁ、教えてくれよ。あの時の俺に、どうすれば良かったか?て、あの時の鳩山さんを、どう説得したら良かったか、教えてくれよ!?」

雁刑事は涙を流しながら、鷹田に質問した。

鷹田は、鳩山という人間の良さを知っている事と今聞いた警察官・雁の本音で、居心地の悪さと戸惑いを覚え、バツが悪そうにする事しか出来なかった。しかし鷹田は、雁刑事の質問に対して、どう答えれば良いか考えた。答えを浮かばせては消し、浮かばせては消しを繰返し、自他共に納得する答えを考えた。そして考えた抜いた答えを、雁刑事に告げてみた。

「すみません。『解りません。』としか、答えられません。」

そう言いながら鷹田は、惨めになっていく自分を感じた。そう感じて鷹田は、その場から逃げようとした。しかし雁刑事が、鷹田の腕を掴んで、それを許さなかった。雁刑事は、鷹田の腕を掴んだまま、もう一度、同じ質問をした。

「あの時、鳩山さんをどう説得すれば良かったんだ?」

「だから、『解らない。』と言って…」

「いいや、お前は知っている!ただ、気づいていないだけだ!!」

鷹田の腕を掴む雁刑事の手に、更に力が加わった。あまりの痛みに鷹田は振り払おうとしたが、その力が鷹田の想像以上の強さだったので、振り払う事が出来なかった。その間にも雁刑事は、鷹田の腕を握り潰すように掴み続けながら、鷹田に問いかけた。

「俺の見立てだと、鳩山さんとお前は、同種同類の人間だ。そのお前なら、答えられる筈だ!」

「何を根拠に、そんな事…」

「俺の勘だよ!長年培った俺の勘が、そう言っているんだよ!」

「!、当てにならない事を言うな!!」

雁刑事の問いかけに鷹田は、当初戸惑っていたが、雁刑事の今の台詞に怒り、堰を切ったように感情を爆発させた。

「アンタ、私より賢いから私以上の社会的地位を獲得出来たんだろ。なのに、どうして他人に答えを求める。どうして自分で答えを探そうとしない。どうしてだ!」

鷹田は、涙を流しながら、雁刑事に喰いかかった。その涙を見て雁刑事は、我を取り戻した。そして、鷹田に謝罪した。

「すまなかった。君の言う通りだ。」

雁刑事の言葉を聴いた鷹田は、一歩後ろに下がり、涙を拭いながら、落ち着きを取り戻そうと努めた。その姿を見て雁刑事は、自分も泣いていた事に気づき、鷹田にならって、自分の涙を拭った。

その時鷹田は、今頭の中で思ったと同時に、言葉にしていた。

「鳩山さんに会わせてください。」

その台詞を聴いた雁刑事は、得心した。

「やはり君は、答えを出してくれたよ。」

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雄飛の時 川崎涼介 @sk-197408

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