第21話 鷹2

鷹田は銀行の外に出る瞬間、死体となったガードマンの身体検査をしていなかった事に気がついて、今回の計画の失敗を悟り、逮捕されるまでの間、自らの身辺整理をしていた。ネットや携帯電話、住んでいる部屋の解約、持ち物の売却や破棄等、まるで自分の存在を消すかのように身辺整理をした。だから警察が鷹田を逮捕しに来た時、ほぼ何もない鷹田の部屋を見て、警察は初め、逃走前に逮捕出来たと勘違いをしていた。

鷹田の取り調べは、当初の勘違いがあった為、とても厳しいモノだった。しかし取り調べが進んでいく中、素直に答える鷹田の態度に、警察は鷹田が観念していると解り、厳しい態度を緩和していった。

ある日取り調べを担当していた雁と名乗った刑事が、世間話をし始めた。その中で鷹田は、ふと自分達が逮捕された後の世間が気になって聞いてみた。

「もう忘れられてしまったみたいだな。君達が逮捕されてから暫く、大人気アイドルと大物地方議員の不倫が発覚して、世間の話題は、そればかりさ。」

それを聞いた鷹田は、自然と嘲笑した。雁刑事は、鷹田が初めて見せた態度に、正直驚いた。少なくとも雁刑事には、鷹田が嘲笑をするような人間ではないと思っていたからだ。雁刑事は、「何が可笑しい?」、と鷹田に聞いてみた。

「だってそうでしょう。あれだけ他人を持ち上げ、あれだけ他人を罵り、あれだけ他人の領域を荒らしておいて、別の場所でもっと派手な祭りが始まれば、皆そっちに行って、ついさっきまで参加していた祭りの事なんか、綺麗さっぱり忘れる。しかも滅茶苦茶にした他人の領域を、散らかすだけ散らかしてかたずけもしないまま、皆別の祭り会場へ行ってしまう。そしていざ自分の領域で祭りが始まると、やれプライバシー侵害だのやれ権利の侵害だのと言って、自分が他人にした事を棚に上げて、主義主張をする。結局世間は、自分が火に焼かれるも焙られるも嫌なのに、火の明るさや熱は欲しい為、誰かを火に掛けなければ気が休まらない馬鹿なんですよ。これを嗤わずに、何を嗤えというのですか?」

雁刑事は、圧倒された。圧倒されながらも、鷹田の本音の一部を引き出した事に、力強く自分の手を握った。雁刑事は、「落ち着け」、と鷹田に言い、その台詞を聞いた鷹田は、ふと我に返り、深呼吸をして平常心を取り戻した。しかし同時に、自分が興奮してしまった姿を思い出し、取り戻した平常心は羞恥心に変わり、紅くなった顔を隠す為、鷹田はその場にうつ伏した。雁刑事は、うつ伏した鷹田をそのままにして、語りだした。

「恥じる必要は無いよ。君の言い分は、最もだ。誰も好き好んで、生け贄などに成りたがらない。しかし現実は、誰かが何かに滅私奉公をして成り立っている。家庭の為に仕事をする父親。家族の為に家事をこなす母親。親の機嫌の為に勉強する子供。社会の為に貢献する我々公僕。それらが上手く支え合いながら、世の中が成り立っている。だから私利私欲に走った者や我田引水を行った者を見つけると、個々の理由はどうあれ、その者に罰を与えて、世の中のアンバランスな部分を修正する。これが完全な社会とは言い切れないけど、もし全員が自分の事しか考えないと、世の中は決して明けない闇夜になってしまうよ。」

鷹田は、ハッとした。同じような台詞を、あの時の銀行で聞いたからだ。そして今、目の前にいる雁刑事が言った話に、鷹田は納得していた。しかし鷹田は、伏せていた顔を上げて、あえて反論をした。何故か目の前にいるこの男が、鷹田の内側にある負の部分を取り払うような気がしたからだ。

「でも世の中には、我欲を満たしながらも、罰を受けずに日々を送っている奴らが、たくさんいますよ。それもこの社会で、確たる地位を築いている人が殆んどだ。中には罰を受けずに、人生を終える奴もいる。結局世の中、搾取するかされるかじゃないのですか?」

鷹田の反論を聴いて、雁刑事は少し唸ったが、直ぐに鷹田に説いた。

「君の言い分は、最もだ。だから私はさっき、『完全な社会とは言い切れない』と言ったけど、同時に『自分の事しか考えないと、決して明けない闇夜なる』とも言ったよ。社会でそれなりの地位を築いている人は、形はどうあれ、大なり小なり社会に貢献している。それにそういう人達は、自分の立っている場所は、常に刃に晒されている事を知っているのではないかな?…今思ったのだけど、君は、どう社会に貢献していたのかな?」

今度は、鷹田が唸った。自分の人生で、社会に貢献した事は何かと問われて、明確に答えられない事に気づいたからだ。そして鷹田は、無意識に涙を流していた。その涙が何故流れたのか、鷹田には解らず少し混乱した。その狼狽ぶりを見て刑事は、経験から鷹田に何が起きているのか理解し、鷹田に説明した。

「君が今流した涙は、歪んでいた心が改まった証拠だよ。だから、大いに泣いて良いんだよ。」

そう言われた鷹田は、赤ん坊のように泣きじゃくった。全てを忘れて、ただ泣き続けた。

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