第16話

鷹田は、目を疑った。つい先程まで少女だと思っていた娘が、いつの間にか女性になっていたからだ。

鳳は、自分を疑った。自分が彼女の正体を明かしたから、少女が女性に変身してしまったと思ったからだ。

雛形は、驚いた。自分以上の変貌を成し遂げた人物が、目の前にいたからだ。

鶏冠井は、感心していた。子供が大人になる階段を一段上がった瞬間を目の当たりにしたからだ。そして鳳に、確認した。

「支店長。沼兎さんは、本当に鵜兎沼頭取の娘さんですか?」

鶏冠井の質問に、鷹田と雛形はハッとして、鳳に注目した。鳳も質問されて正気に戻り、答えた。

「・・・そうだ。2年前、頭取自ら、『娘の事を宜しくお願いします。』と言われた。」

「やはり支店長は、父から私の事を聞いていたのですね。」

鵜兎沼が、口を挟んできた。

「確かに私は、A銀行頭取・鵜兎沼の娘です。沼兎というのは、それを悟らせない為の偽名です。」

「そんなお嬢様が、どうしてここに?」

雛形が、俗っぽい質問を鵜兎沼にしてきた。しかし鶏冠井が、鵜兎沼の代わりに答えを言った。

「大方、遅い反抗期でしょう。親の監視下から抜け出そうとして失敗してここにいるか、逆に親への当て付けでここにいるか、そのどちらかでしょう。」

「先輩、鋭い!!」

鵜兎沼が、感嘆な声を上げた。

「私の場合は、前者です。本当は、某電機メーカーに就職したかったのですが、父に言い負かされて・・・」

「ま、その話は置いといて、今の問題は、アナタが鷹田さんの告白を受け入れるかどうかよ。」

鶏冠井の台詞に鷹田は、ハッとした。鶏冠井に触発され、鳩山らを気絶させた勢いで、つい心の内を晒してしまった。鷹田は、自分の顔が真っ赤に染まっていくのを、体感の上昇で実感していた。冷静さを取り戻そうと、頭を振ったり、顔の筋肉を意味なく動かしたりしたが、余計に気持ちを昂らせてしまった。

「鷹田さん、落ち着いて。まずは計画を成功させるのが、先決ですよ。」

鳳にそう宥められて、鷹田はようやく落ち着く事ができ、感情の整理がついた。そして鷹田は鵜兎沼に対して、

「返事は、全てが終わった後で貰うよ。」

と告げ、鶏冠井に計画の確認しようとした。しかし鵜兎沼は、鷹田の前に立ち、鷹田に質問してきた。

「どうして、あんな事を言ったのですか?」

鷹田は、「すみません。」と謝り、後回しにしようとした。しかし鵜兎沼はそれを許さず、鷹田の両腕を掴み、もう一度同じ質問をして問い詰めた。鷹田は困った表情をして、自分の心の中に答えを探したが、見つける事が出来なかった。結局、「自分でも解らない。」と鵜兎沼に正直に言った。言った瞬間に鷹田は、何か大きなものを失った感覚に見舞われた。鳩山を裏切った時、自分の中に罪悪感はあったが、これはそれよりも自分の心の中心部に響いた。その証拠に、周りが戸惑う程に、鷹田の顔から生気がなくなっていった。鷹田の耳に、鶏冠井が鵜兎沼に「謝りなさい!」、と怒鳴っている声が微かに聞こえたが、それ以上に鵜兎沼の一言が、鷹田自身を捉えた。

「鷹田さんの条件を叶えるには、私の条件を叶える必要があります。」

鷹田は鵜兎沼の顔を見つめ、その条件を聞いた。鵜兎沼も真剣な眼差しで鷹田の顔を見つめ返して答えた。

「この計画が成功した後、私を殺して欲しいのです。」

「!、今、何て言ったんですか!?」

「だから、私を殺して欲しいのです!」

鵜兎沼の答えに鷹田や周りでやり取りを見ていた3人は、各々声を上げて驚いた。その反応を見て鵜兎沼は、慌てて補足した。

「勿論、本当に殺して欲しい訳ではないです。ただ私は、親から自立したいのです。」

その台詞を聞き、鷹田達は、一先ず胸を撫で下ろした。そして鷹田は、鵜兎沼に理由を聞いた。

「先輩が言い当てた通り、私は2年前まで親に反抗した事がありませんでした。けど2年前、初めて親に逆らいましたが、結果は失敗。そして未だに、父親の目の届くにいます。しかし今日、転機が目の前に起きました。私も『人生に散らない華を咲かしたい!』と思いました。しかしこの計画を成功させたとしても、その後の事が、私一人では、どうすれば良いか解りません。解らないまま、先輩に言われた事をしていた時、鷹田さんからの告白があったのです。」

「その条件、私が何とかしてみましょう。」

鵜兎沼の話に、鳳が割って入ってきた。

「その為には沼兎さん、もとい鵜兎沼さん。計画を先に進めましょう。」

鳳の発言を受け、鷹田も便乗した。

「鳳さんの言う通り、まずは計画を進めましょう。正直、僕も計画が気になって、アナタの問いかけにキチンと答えられない。最初に話をした以上、キチンと答えたい。」

「・・・。」

鵜兎沼は、釈然としない面持ちで鷹田の話を聞いていたが、鵜兎沼自身も、全ては計画の成功があって初めて成り立つ事だと気づいていたので、仕方無く鷹田の話を受け入れた。そんな態度の鵜兎沼に鶏冠井が、声を掛けた。

「沼兎、アナタが答えを先延ばしされるのが嫌いな性格は知ってるけど・・・」

「わかってます。全ては、計画の成功あっての話でしょう。」

「その通り。・・・そろそろ外の警察が、動く頃よ!、急ぎましょう!!」

それからは、計画成功の為、全員慌ただしく動いた。

鶏冠井は、銀行システムに足跡を残さぬように入り、架空の人数分の口座とそれを隠す為のダミーの口座を作り、そこに不自然にならないように金額を入れた。

鷹田、鳳、雛形、鵜兎沼の4人は、偽装工作に余念がなかった。鷹田と雛形は、警察の取り調べに対する回答を色々考えていた。特に警察に逮捕される雛形は、入念に回答を考え頭に叩き込んだ。そしてその回答の裏付けの為に鳳は、実行犯の死亡時刻を少しでもこちらの都合に合うように、実行犯の死体を暖めたり冷やしたりしていた。鵜兎沼も銀行内のモノの配置を回答にほぼ合うように、室内を色々と弄った。

各々が、それぞれの自分の人生に散らない華を咲かせる為、必死になった。

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