雄飛の時

川崎涼介

第1話 鷹

「暑い!」

外に出て、開口一番に鷹田そう叫んだ。立秋も秋分の日も過ぎたにもかかわらず、今日の予想最高気温は35度。それを裏付けるように午後の太陽光が地上の色々なものを刺した。刺されたものは、煙りを出していつも以上に発光している。そして鷹田も今、そのうちの一つとなった。

しかし鷹田は、それでもその灼熱地獄を進まなくては、ならなかった。

「クソー、まさか口座の残高が一万切っていたなんて・・」

鷹田は、思い出していた。昨夜、ネットオークションでお目当てのモノをやっと見つけて、いざ落札に臨もうとしたら、オークション用の銀行口座の残高が落札最低金額を下回っていて、結局手に入れ損ねた事を。しかし、その時の鷹田の感情は、悔しさより疑問が強かった。鷹田は、オークションのやり取りを几帳面にメモをしていた。そのメモと口座の残高を何度見比べても、計算が合わなかった。

「兎に角、銀行に行こう。こういう事は、直接会って話した方が確実だ。」

そして翌日、鷹田は灼熱地獄の中に身を投じた。

鷹田は、中学高校と剣道部に所属していた。腕前は、六年間やって二段までしかなれず、大会に出ても大した成績も残せなかったが、本人にしてみれば充実した青春時代で、当時は心身が漲っていた。しかし社会に出てからは、荒んでしまった。世間の荒波に呑まれまいと、我武者羅に馬車馬のように働いた。しかし30歳の時、重い鬱病を発症させ入院してしまい、半年後に退院した時には、仕事は解雇され、お金は貯金を含め殆ど治療費に消えた。そして鷹田に残ったモノは、ボロボロな心とその心の影響で動きが鈍い身体だけだった。

そんな折り生活費を捻出する為に、昔購入した玩具をネットオークションに出品したら、予想以上の高値で売れた。それがキッカケで、鷹田はネットオークションにはまった。暫くは売り専門だったが、やがて複数のオークションサイトで商品を転売するようになり、2年経った現在では、それなりに人並みの生活出来る程の利益を上げるようになった。

しかし鷹田は、いつからか虚無感に侵されていた。いくら利益を上げても喜べず、オークションサイトでの評価が上がっても喜べず、時々会う知人達に羨望されても喜びにならなかった。その中ではっきりしていた事は、このままだとまた鬱病になる、という未来だった。しかし鷹田は、為す術を思いつく事が出来なかった。

そんな日々の中で、あの銀行口座の件が発生した。電話で問い合わせをしても良かったのだが、直接行って確かめろ、と鷹田の中の何かが本能に働きかけてきたのでた鷹田は銀行に向かった。

そして鷹田は、自分が非日常の刺激を求めている事を、初めて察した。

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