07 論争と跳躍と
ヴェルクから漏れた言葉は、悲観的な情景を予感させるものだった。
『何を見た?』
「俺も遠目で確認しただけなんだが……」
息も絶え絶えに言葉を絞り出し、こちらの問いに答えるヴェルク。
「黒煙が上がってた。人が逃げ惑ってて、やばくて……! とにかくあれは、誰かから襲撃を受けてる感じだったぞ!」
「襲撃!?」
我々にとって不穏なワードである。
何を連想したのかヴェルカの表情も曇り、そうなれば良からぬことしか口には出来ない。
「まさか先程の盗賊たちが、わたくしたちを狙ってスランドールを?」
『……いや、考えにくいな。レオンから手酷い目にあったばかりだ。それに、スランドールを襲うのであれば、最初から馬車は狙うまい』
「だったら偶然だと言うのですか!?」
『それはそれで問題があるがーー』
私の予想通りなら、襲撃者の狙いはヴェルカたちだ。
それもスランドールからの反撃を意に介さない、盗賊より力を持った勢力の襲撃である。
ただの考えなしなら返り討ちも時間の問題だろうが、もしも、レオンのようなアホが襲撃者にいるならば、非常に面倒なことになる。
スランドールは地図から消えるだろう。
『結論から言うぞ』
「?」
ならば護衛として、下す判断は一つだ。
『スランドールは諦めろ』
「な、何を言っているのですか!?」
『お前こそ何を言っている。敵の目的がお前たちなら、わざわざ会いに行ってやる必要もあるまい』
「だからって!」
「スランドールを見捨てろって言うのかよ、マター!?」
反感はやむなし。
この双子は清き心を持った王族である。
ならば国民の危機に立ち上がろうとするのは想像に難くない。
だが、守る立場の我々にとっては、それはマイナスの思考に当たる。
私を見下ろす二人の姿は思ったよりも威圧的だが、私も感情に流されるつもりはない。
『そうだが?』
それに、回避する理由は他にもある。
助けに行くメリットがないからだ。
仮に、ヴェルカたちがシャノワーレの人間だと名乗り出たところで、万事解決という事態ではすでになくなっている。
ならばこのまま〝王刃の谷〟に向かい、事を為してしまったほうが、よほど敵の鼻を明かす結果となるだろう。
しかしーー
「出来ません!」
「出来ねぇ!」
さすがというべきか。
実際のところ、王族だから等という単純な理由以前の問題が、彼女らを突き動かしているのだろう。
『……ならばどうする?』
このような真っ直ぐな瞳と対峙するのは、果たして何度目か。
だが、私とて護衛の依頼を受けた以上、王族だろうが何だろうが好き勝手に動いてもらうわけにはいかないのである。
『当然、対策はあるのだろうな?』
「それは……」
『力を伴わない口先だけの反抗は、無駄な被害を生むだけだぞ。分かっているのか?』
「分かってます! でも、だけど……」
ヴェルカの声が弱々しく消えていく。
策はないのだ。遠目とはいえ、実際に現場を見たヴェルクですら勢いに任せた行動を取らないことが、その裏付けとなっている。
力任せではどうにもならない。それを感覚で理解できてしまっているから、二の足を踏む。
「……分かりました」
故に、その反応は少々想定外だった。
「分かりました、マターさん。ならば、わたくしたちはスランドールを放棄します」
「ね、姉ちゃん、何言ってんだ!?」
その突然の心変わりには、ヴェルクすら動揺している始末だ。
『どういう心境の変化だ?』
「不思議なことを言いますね? マターさんの説得に応じた、という理由では不満でしょうか?」
『不満だな。私の見立てではヴェルカ、お前は諦めの悪い女だ』
「そんなことはありません」
私の評価にヴェルカが見せたのは、自嘲の混じった笑みだった。
「わたくしは弱い女です。ヴェルクのように戦う力も持たない、口先だけの王女ですよ」
「姉ちゃん……」
「マターさんの意見はごもっともだと思います。今回の件は、わたくしたちじゃどうしようもない。だから、わたくしはスランドールを見捨てます」
自分で話を振っておいて何だが、こうもすらすらと自嘲され、諦めの言葉を吐かれると気味の悪いものがある。
本心ではあるのだろう。それは分かる。……だが、私は目的のために浮き沈みをする女というのが、あまり得意ではない。
そんな女はレオン一人で間に合っている。増えられても、困るだけだ。
つまり、何事も分かりやすいのが一番という話である。
「ーーですので」
「自分たちの代わりに、僕たちにスランドールを救ってくれって言うんでしょ?」
「!?」
ふいに背後から現れたレオンがそんなことを口にした。
何か言葉を続けかけたヴェルカは驚き、ようやく動き始めた我が相棒に、ニの句が継げない。
一方のレオンはあくびをし、頭をかきながら、片方だけ開けた涙混じりの瞳をヴェルカへと向ける。
「マターの提案はあくまで、僕たちが一緒に行動すること前提だからね。じゃあ、二手に分かれればスランドールを助けられるって算段かな?」
「……そうです。マターさんの意を汲みつつ、我を通すにはそれしかーー」
「回りくどい。素直に助けてくれって言えばいーじゃん」
「で、ですが、我々はレオンさんたちを護衛として雇いました。それ以外の問題で助けを乞うのは、理にかないません!」
「そういうのいいから」
レオンは、ヴェルカに向かいあったまま淡々と言葉を紡いでいく。
非を責めるような言動ではあるものの、レオンの場合、別にそういう感情は一切ない。ただ言いたいことを言っているだけで、相手に何か変化を求めているわけでもない。
「ーーじゃあ、行こうか」
だから、ヴェルカの言い分を完全にシャットダウンしたレオンは、勝手に動く。
「え?」
「は?」
ヴェルカを肩、ヴェルクを腰にそれぞれ抱え上げ、
『……レオン、お前まさか!』
「あ。ヴェルカ、マターのこと落とさないでね。落としたら僕、泣いちゃうよ」
まともな抵抗をさせる間もなく、一瞬で、スランドール目掛けて空高く跳躍した。
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